東京大学大学院農学生命科学研究科塩田邦郎らの研究グループは、多能性幹細胞(マウスES細胞、およびヒトiPS細胞)からオレキシン神経細胞を作り出すことに世界で初めて成功した。これは、様々な疾病や老化に伴う睡眠障害や食欲減退、さらには過眠症(ナルコレプシー)の治療を目指した再生医療や創薬研究に繋がる成果である。
世界中で創薬や再生医療を目的に、iPS細胞や胚性幹細胞(ES細胞)などの多能性幹細胞から、様々な神経細胞が作り出されてきた。オレキシンは睡眠・覚醒および摂食行動の制御をコントロールしている神経ペプチドであり、様々な疾病や老化に伴いオレキシン神経細胞が減少することが知られている。オレキシン神経細胞がどのようにできるのかは不明で、これまで作出に成功していなかった。今回、塩田邦郎らの研究グループは、マウスのES細胞から分化誘導によりオレキシン神経細胞を作り出すことに成功した。また、その成果をヒトiPS細胞にも応用してヒトiPS細胞からもオレキシン細胞を作れることが分かった。
実験では、マウスES細胞から神経細胞を作る際に、糖代謝中間体を加え様子を見た。その結果、中間体の1つであるN-アセチルマンノサミン(ManNAc)を添加するとオレキシンを作る遺伝子(Hcrt遺伝子)が発現することが明らかになった。従来の培養方法で作った神経細胞では、Hcrt遺伝子の制御部分には様々な抑制性の因子(ヒストン脱アセチル化酵素Sit1、および糖転移酵素Ogtなど)が結合しており、その結果、DNAがメチル化(注1)され遺伝子を利用できない―いわゆる眠った状況にある―ことがわかった(図)。一方、ManNAcを加えるとDNAの脱メチル化が進み、ヒストンのアセチル化(注2)を促進することで、Hcrt遺伝子が利用できる状況が出来上がった。この時、Hcrt遺伝子の制御部位に結合していた抑制性因子(SirtとOgt等)は促進性因子(Mgea5等)に置き換わり、ヒストンがアセチル化されていた。このようにして作られた神経細胞は脳内のオレキシン神経細胞で見られる他のマーカー遺伝子も発現しており、またオレキシンを分泌する能力もあり、その分泌は他の神経ペプチドであるレプチンやグレリンなどに反応することも明らかになったため、この神経細胞はオレキシン神経細胞であることが確認された。
細胞の分化にはエピジェネティクス(注3)状況を変えることが必要になるが、ManNAcにはエピジェネティクス機構に働きかけオレキシン神経細胞を誘導する働きがあることが明らかになった。
オレキシン神経細胞の作出に成功し、同神経細胞への分化のメカニズムも明らかになったため、食欲改善、睡眠障害、モチベーションの回復などの治療薬の開発、再生医療への道が開けた。
本研究は独立行政法人医薬基盤研究所の先駆的医薬品・医療機器研究発掘支援事業の資金により行われた。
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 細胞生化学研究室
教授 塩田邦郎
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