発表者
杉達紀 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程4年、日本学術振興会 特別研究員、帯広畜産大学 特別研究学生)
小林郷介 (東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 宿主寄生体学分野 助教、日本学術振興会 特別研究員;当時)
竹前等 (帯広畜産大学 原虫病研究センター 特任研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科 特任研究員;当時)
ゴン海燕 (東京大学大学院農学生命科学研究科 特任研究員;当時)
石和玲子 (帯広畜産大学 原虫病研究センター 特任研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科 特任研究員;当時)
村越ふみ (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程3年、日本学術振興会 特別研究員)
Frances C. Recuenco (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程4年)
岩永達也 (東京大学農学部 獣医学課程 学部6年;当時)
堀本泰介 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
明石博臣 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 特任教授)
加藤健太郎 (帯広畜産大学 原虫病研究センター 特任准教授、東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授(委嘱))

発表のポイント

◆どのような成果を出したのか
トキソプラズマ原虫の増殖を特異的に阻害する「こぶつきキナーゼ阻害剤」への耐性の原因としてTgMAPK1遺伝子上の変異を見つけました。TgMAPK1の阻害により細胞分裂が抑制されます。
◆新規性
無作為変異で作出した耐性株を解析することによって、予測の範囲外の位置での耐性を与えるアミノ酸変異を同定しました。
◆社会的意義/将来の展望
「こぶつきキナーゼ阻害剤」を薬剤として開発する際の、耐性ができにくい化合物への開発に知見を与えました。無作為変異によるさらなる耐性変異の予測の重要性が示されました。

発表概要

帯広畜産大学原虫病研究センター及び東京大学大学院農学生命科学研究科の加藤健太郎らの研究グループは、トキソプラズマ症(注1)の新規薬剤候補として期待される「こぶつきキナーゼ阻害剤」への耐性変異が、トキソプラズマ原虫のTgMAPK1遺伝子上に起こることを発見しました。この発見は、将来における耐性のできにくい薬剤開発につながります。

トキソプラズマ症は、病原原虫のトキソプラズマ原虫に対するワクチンや特効薬が存在しないため、そのような薬剤の開発が求められています。「こぶつきキナーゼ阻害剤」は影響を受けるプロテインキナーゼが哺乳類ゲノムに非常に少なく、特異性高くトキソプラズマ原虫の増殖を抑える新しいトキソプラズマ薬として期待されています。しかしながら、この薬剤候補分子に対しての原虫による耐性獲得がどのような仕組みで起こるのかはよく分かっていませんでした。今回、無作為変異で作出した薬剤耐性株を解析することによって、予想外の位置のアミノ酸による変異によって薬剤耐性が獲得されることが明らかになりました。耐性株で見られたTgMAPK1遺伝子の変異により、トキソプラズマ原虫の細胞分裂抑制効果が変化することが明らかになりました。本研究は、予測外のアミノ酸変異での「こぶつきキナーゼ阻害剤」への耐性獲得を発見したものであり、この知見を利用して耐性の獲得されにくい薬剤の開発につながることが期待されます。

発表内容

〇研究背景

トキソプラズマ原虫はトキソプラズマ症の病原原虫であり、ワクチンや潜伏感染に至った原虫を排除する特効薬が存在しません。トキソプラズマ症が起こる免疫抑制状態(注2)になった場合には、原虫の排除ができないため、予防的に薬剤を長期にわたって使用しなければいけないことから、原虫特異的な薬剤の開発が求められています。

「こぶつきキナーゼ阻害剤」は、プロテインキナーゼ(注3)のATPと結合するポケットの入口にある「門番アミノ酸」の種類によって大きく感受性を変化させる阻害剤です。哺乳類のプロテインキナーゼとトキソプラズマ原虫のプロテインキナーゼの配列を比較することで、①「こぶつきキナーゼ阻害剤」が哺乳類のプロテインキナーゼには効果が少ないこと、②トキソプラズマ原虫には影響を受けるプロテインキナーゼがあることがわかっています。

そのため、「こぶつきキナーゼ阻害剤」はトキソプラズマ原虫に対して特異性高く増殖を阻害するとして、新規薬剤候補として期待がされています。薬剤としての可能性を評価するうえで、薬剤耐性が病原体に獲得されるのか、それはどのような仕組みで起こるのかについて知ることが重要です。これらの背景を踏まえ、研究グループではトキソプラズマ原虫による「こぶつきキナーゼ阻害剤」への薬剤耐性が起こるのか、それがどのような変異によって、どのような仕組みで起こるのかについて研究を進めました。

〇実験結果

元の株では薬剤によってトキソプラズマ原虫(赤色蛍光)の増殖が抑制され、潜伏感染で見られるのう胞壁(緑色蛍光)が観察される(下段左)。耐性株では薬剤でトキソプラズマ原虫(赤色蛍光を持つ)の増殖が抑制できなくなる(下段、中央および右)。 (拡大画像↗

〇考察

今回得られたTgMAPK1遺伝子の変異箇所は従来知られている「門番アミノ酸」の位置ではありませんでした。「こぶつきキナーゼ阻害剤」がトキソプラズマ特異的に作用する薬剤として開発が進められる中で、将来における耐性原虫の出現の予測と対策に対する知見を与えるとともに、さらなる予想外の耐性獲得変異の探索の重要性を示す結果であると考えられます。

〇注釈

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金若手研究(A)、挑戦的萌芽研究及び、特別研究員奨励費、生物系特定産業技術研究支援センター(生研センター)イノベーション創出基礎的研究推進事業、文部科学省テニュアトラック普及・ 定着事業の支援を受けています。

発表雑誌

雑誌名
International Journal for Parasitology: Drugs and Drug Resistance Vol.3, 93-101
論文タイトル
Identification of mutations in TgMAPK1 of Toxoplasma gondii conferring resistance to 1NM-PP1
著者
Tatsuki Sugi, Kyousuke Kobayashi, Hitoshi Takemae, Haiyan Gong, Akiko Ishiwa, Fumi Murakoshi, Frances C. Recuenco, Tatsuya Iwanaga, Taisuke Horimoto, Hiroomi Akashi, and Kentaro Kato
DOI番号
10.1016/j.ijpddr.2013.04.001
アブストラクト
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2211320713000080

問い合わせ先

帯広畜産大学 原虫病研究センター 地球規模感染症学分野 特任准教授
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授(委嘱)
加藤 健太郎
Tel: 0155-49-5645
Fax: 0155-49-5646
E-mail: kkato@obihiro.ac.jp

用語解説

(注1) トキソプラズマ症
感染動物由来の食肉やネコの糞便に由来するトキソプラズマ原虫の経口感染によって引き起こされる人獣共通感染症です。健康な成人が感染した場合は重篤になることはありませんが、胎児・幼児やHIV感染症で免疫抑制状態(注2)になっている者に感染した場合には重症化して脳炎、神経性疾患などを発症し死に至ることもあり、重篤な日和見感染症です。
(注2) 免疫抑制状態
トキソプラズマ原虫感染によって発症が問題となるのは、HIV感染によるTリンパ球減少などによって後天的に免疫抑制状態になった場合や、妊娠時の胎児など、急速に増殖しているトキソプラズマ原虫を排除できる免疫状態が発揮されない場合です。
(注3) プロテインキナーゼ
タンパク質のアミノ酸配列にリン酸化という修飾を加える酵素群を指します。プロテインキナーゼはリン酸化修飾によりタンパク質の性質が変わることを通して、細胞は様々な状況に応じてタンパク質の機能を調節するスイッチの役割を様々な細胞活動で果たしています。
(注4) MAPK
細胞増殖因子活性化プロテインキナーゼ群を指します。さまざまな刺激や細胞周期などに応じて多種多様な標的をリン酸化することで、細胞の分裂、分化、ストレス応答など多岐にわたった機能を果たすプロテインキナーゼが含まれます。