発表者
黒倉壽 (東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 教授、東京大学大槌イノベーション協創事業 代表)
池内克史 (東京大学生産技術研究所 先進モビリティ研究センター 教授)
碇川豊 (岩手県上閉伊郡大槌町 町長)
太田与洋 (東京大学大槌イノベーション協創事業 運営代表者、東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 特任研究員)

発表のポイント

◆どのような成果を出したのか
「東京大学大槌イノベーション協創事業」(代表、黒倉壽)を発足させました。
池内・大石研究室により大槌町旧役場庁舎をデジタル計測し、精緻な3次元CGを構築しました。
◆新規性(何が新しいのか)
被災地の一つの自治体と「多様な産業と生活の復興・発展」を目指す産学公民連携の取り組みは他にない事業です。また、震災遺構の3次元映像化は本件が初めてです。
◆社会的意義/将来の展望
被災地から距離のある首都圏にある総合大学が復興・発展に貢献しようとする新しい産学公民連携のモデルです。震災遺構の保存か解体か、その保存手法はどうするべきか等の課題が広く存在します。被災した大槌町旧役場庁舎は、最新の技術により、その姿を3次元データとして残すことになります。

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科 黒倉壽 教授らは、平成25年4月、「東京大学大槌イノベーション協創事業」(代表、黒倉壽)を発足させました。本事業は「多様な産業と生活の復興・発展」を目指し、大学と企業とが連携して岩手県大槌町への支援を行います。経済産業省「産学連携イノベーション促進事業」に採択された事業です。平成24年度の産学コンソーシアム立上げ事業に続き、平成25年度、26年度は運営事業を実施します。

本事業には、フィールド研究活動を重視する林学、水産学、老人学、情報工学の20名近い専門家と30社を超える企業が参画し、大槌町行政と住民の協力を得た新たな「多対多型産学公民連携体制」を構築し、新しいアイデアに基づく技術・サービス・ビジネスモデルの開発実証を行い、新産業・雇用創出に発展する汎用性あるイノベーションモデルの創出を目指します。

具体的には、主要な産業である水産業、豊富な資源を持つ林業、地域への交流人口増加を目指す観光産業などの「産業の復興・発展」、また高齢者割合の多い町で超小型モビリティや新しいコミュニティ形成及び生活関連製品・サービスによる「生活の復興・発展」をICT技術等の活用により目指し、実証研究を行います。

東京大学生産技術研究所の池内・大石研究室は、本事業に協力し、旧大槌町役場庁舎の3次元CGを構築しました。庁舎の内外を形状計測機などで計測し、研究室で開発したソフトウェアで統合したものです。震災遺構の3次元データ化は今回が初めてです。今後の利活用については防災教育等が考えられます。本手法が震災遺構の記録として有効であることを知っていただき、さらに展開することが期待されます。

発表内容

平成16年の国立大学法人化を契機に大学の社会への貢献がうたわれ、その一環として東京大学においても産学連携に関する規則・体制などの整備がされてきたところです。これまで、多くの産学連携においては、技術やリサーチスキルを持っている特定の大学研究者とそれを実用化・ビジネス化することに関心を持つ企業との「1対1産学連携」モデルが中心でした。一つの技術を事業化するには、限定された企業がある程度専有的に開発努力することが必要という側面があるためです。しかし、震災復興などの社会的な課題に対して産学連携で取り組むとき、被災地の広範囲なニーズに応えるためには、幅広い分野において、フィールド研究活動を重視する研究者と実績に裏打ちされた事業実現力やノウハウを有する企業の参画が必要になります。

また、大学研究者は教育と研究に多くの時間を割いており、限られた時間の中でそれ以外の活動を行っています。そのため、被災地復興・発展という大きな社会的な課題に取り組む場合、その調整・企画・推進・実行業務などのマネジメントを研究者単独ではこなせないという問題がありました。

これらの課題に取り組むため、東京大学大学院農学生命科学研究科 黒倉壽 教授らが中心となり、従来個々の研究者や企業によって行われていたさまざまな分野の活動を連携し、企業と大学の緩いネットワークを形成する場として、「東京大学大槌イノベーション協創事業」(代表、黒倉壽)を平成25年4月に発足させました。本事業では、岩手県大槌町を中心として町行政、住民、事業主と連携する「多対多型産学公民連携」モデルを構築することを目指しています(参考1)。大学の研究者を代表として、そのもとで、調整・企画・推進・実行業務とマネジメントに専念する運営代表者と10名近いプログラムマネージャとを大学側に配置して事業を推進しています。つまり、1000年に一度と言われる震災被災地の復興・発展の場において、「多対多産学公民連携」で総合大学がいかに社会課題解決にむけて貢献することができるのかを試行していることになります。

本事業には、フィールド研究活動を重視する林学、水産学、老人学、情報工学の20名近い専門家と30社を超える企業が参画し、震災復興研究の一環として以下分野での実証研究が展開されています。

東京大学生産技術研究所先進モビリティ研究センター(ITSセンター)の池内・大石研究室では、震災復興研究の一環として、観光(スマートツーリズム)のプロジェクトに協力し、大槌町旧役場庁舎の現状を精緻な3次元データとして記録し、CGにより表現しました。町の許可を得て庁舎の内外を計測し、研究室で開発したソフトウェアで統合のうえ、可視化・体験できるようにしたものです。このような3次元CGは、劣化もなく、記憶の風化防止や防災教育、交流人口の拡大に活用できると期待されます。

なお同研究室では、過去にも、鎌倉・奈良大仏や、カンボジアのアンコール遺跡内のバイヨン寺院などで同様に古い建物をCGにより再現した実績があります(参考2)。

庁舎の計測は、平成25年4~5月に行われました。細かな凹凸を含む全体形状は、3次元計測機により取得します。1回の計測(数分程度)で1000万点相当の凹凸を記録でき、これを約300箇所で行いました。研究室で開発したソフトウェアにより、個々の計測結果を適切に整合させつつ繋ぎ合わせ、重なりや欠損を処理すると、全体が統合された3次元形状が構築されます。また、これと並行して、360°全周囲を収めることができるカメラを用いて、庁舎の内外を細かく撮影しました。この画像を3次元形状の各表面に貼り合わせれば、色の伴った3次元CGとして再現されます。3Dテレビのように左眼・右眼映像を撮影したものではなく、形状そのものをデータ化しているため、完全に自由な視点から見ることができ、断面図を作ることもできます。計測期間中には、地元、特に復興後の主力となる次世代の方々に情報を開示し、関心を持って頂きたいとの思いから、高校生を対象とした見学時間を設け、3次元データ化の説明や簡単なデモを行いました。

震災に関連した遺構の3次元データ化は今回が初めてです。今後は、大槌町役場を通じて地元の考え方と調整を図りながら、記憶の風化防止・防災教育、交流人口の拡大等に役立てられるよう、このデータを提示・体感する仕組みを実地に展開していきたいと考えています。

問い合わせ先

(事業全体について)
東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻
東京大学大槌イノベーション協創事業 運営代表者
特任研究員 太田 与洋 (おおた ともひろ)
Tel: 03-5841-8228
E-mail: atm-ohta[アットマーク]mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

(震災遺構の3次元データ化について)
東京大学生産技術研究所 先進モビリティ研究センター 池内研究室
特任准教授 小野 晋太郎 (おの しんたろう)
Tel: 03-5452-6242
Fax: 03-5452-6244
E-mail: cvl-staff[アットマーク]cvl.iis.u-tokyo.ac.jp

参考情報

(参考1)
平成24年3月19日、東京大学と大槌町との震災復旧及び復興に向けた連携・協力に関する協定書に調印しています(平成27年3月末まで)。 連携・協力の内容は以下のとおり。
(1)震災復興に係る施策への助言
(2)地域の社会・産業・文化の発展への寄与
(3)まちづくりに向けた教育及び人材育成に関する取組みの推進
(4)相互に必要な情報の収集及び共有
(5)その他震災復旧及び復興に関し必要な事項

(参考2)
以下のTodai Researchウェブサイトで、池内・大石研究室の成果を紹介しています。
「今、そこにある「過去」 三次元デジタルデータ化技術で挑むサイバー考古学」
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/todai-research/feature-stories/permanence-in-an-impermanent-world/
また、研究室のWebサイトもご覧ください。
http://www.cvl.iis.u-tokyo.ac.jp/