熱帯熱マラリアはハマダラ蚊によって媒介される感染症で、熱帯地域を中心に世界中で深刻な健康危害をもたらしています。これまでにワクチンは実用化されていませんが、有効な予防薬、治療薬は多数開発されています。しかし、薬剤耐性マラリア原虫が出現しており、さらなる薬剤の開発が求められています。加えて、ヘパリン(注1)等の硫酸化多糖類(注2)にはマラリア原虫の増殖を抑制する効果があるとの報告がある一方で、その増殖を抑制する仕組みは明らかではありませんでした。
今回、帯広畜産大学原虫病研究センターおよび東京大学大学院農学生命科学研究科の加藤健太郎らの研究グループは、硫酸化多糖類の一種であるヘパリンが、マラリア原虫メロゾイト(注3)の表面に存在する複数のタンパク質に結合することで、強力な侵入阻害を起こすことを明らかにしました。
本研究の成果は、将来硫酸化多糖類やそれに類似した化合物を用いたマラリア治療薬の開発を進めるうえでの基礎的な知見になるとともに、ヘパリンと同様の活性を持つ化合物を人工的に合成することができれば、有効な治療薬となると期待されます。
WHOの統計によると、熱帯熱マラリアは熱帯地域を中心に毎年2億人の感染者がおり、60〜70万人の死者が発生している、世界的にきわめて深刻な感染症です。病原体である熱帯熱マラリア原虫は、ハマダラ蚊の吸血によってヒトに感染し、ヒトの血液中にある赤血球に感染して増殖します。現在までに有効なワクチンが開発できていない一方で、多くの種類のマラリア治療薬が臨床応用されています。しかし、現在使われている主な予防薬、治療薬に対して、薬剤耐性マラリア原虫の出現が報告されており、さらなる予防薬、治療薬の開発が求められています。
これまでに、さまざまな種類の硫酸化多糖類がマラリア原虫の増殖を抑制することが培養実験や動物実験などから明らかにされています。しかし、なぜ増殖抑制が起こるのか不明でした。硫酸化多糖類は構造が不均一であったり、抗凝固活性などの副作用を示すことがあったりするため、これ自体を薬剤として用いることが難しい一方で、原虫の増殖を抑制する仕組みが明らかになれば、同様の効果を示す低分子化合物の合成が可能になるため、仕組みの解明が必要です。
メロゾイトが侵入する際、ヘパリンなどの硫酸化多糖類がメロゾイトの先端部に結合する(図左)。メロゾイトの先端部には、侵入時に赤血球表面分子に結合する分子群が存在するが、このうちDBLおよびRBLタンパク質ファミリーに属する多くの分子にヘパリンが結合することが分かった(図右)。そのため、ヘパリン存在下ではメロゾイト先端部と赤血球との結合が起こらず、メロゾイトは侵入することができない。 (拡大画像↗)
硫酸化多糖類が、実際にマラリア原虫メロゾイトの表面に結合するかを確かめるために、蛍光物質を結合させた硫酸化多糖類を用いて実験的に確かめました。硫酸化多糖類のモデルとして、ヘパリンと呼ばれる物質を用いて調べたところ、メロゾイト表面の先端部にヘパリンが結合することが分かりました。メロゾイトの先端部には、赤血球表面分子と結合するタンパク質が存在しており、このタンパク質はメロゾイトが赤血球に侵入する際になくてはならないと考えられています。
そこで、メロゾイトの先端部に存在する赤血球結合タンパク質がヘパリンに結合するか確認しました。ヘパリンを表面に結合させた樹脂のビーズを用意し、マラリア原虫の赤血球結合タンパク質を一度ビーズと混ぜることで、ヘパリンに結合するタンパク質を吸着・除去し、残った原虫タンパク質を赤血球と反応させ、赤血球に結合する原虫タンパク質の有無を調べました。その結果、一度ヘパリンビーズと混ぜることで、赤血球に結合する多くの原虫タンパク質が取り除かれたことから、赤血球にもヘパリンにも結合する原虫タンパク質が多数存在することが分かりました。
このような性質をもった原虫のタンパク質を見つけ出すために、ヘパリンを結合させた樹脂を充填したカラムを用意し、メロゾイトを多く含むマラリア原虫の培養液から抽出したタンパク質をカラムに吸着させ、吸着したタンパク質の種類を調べました。その結果、Duffy binding-like(DBL)タンパク質ファミリーやreticulocyte binding-like(RBL)タンパク質ファミリーに属する複数の分子が同定されました。これらのタンパク質ファミリーに属する分子は、メロゾイトの先端部に存在しており、赤血球との結合に重要な役割を果たしていることが知られています。
これらの結果から、ヘパリンをはじめとする硫酸化多糖類は、メロゾイトの先端部に存在する赤血球結合性タンパク質群に結合することで、メロゾイトと赤血球との結合を阻害しており、その結果、メロゾイトが赤血球に侵入できなくなっていることが示唆されました。
ヘパリンをはじめとする硫酸化多糖類のように複数のタンパク質と結合することができる分子やこのような機能を備えた薬剤は、耐性原虫の出現リスクが理論上低いと予想されるため、とても有望な薬剤標的であると考えられます。今後、ヘパリンなどの硫酸化多糖類の構造をもとに、複数の赤血球結合性タンパク質に結合する化合物の探索を行っていくことで、硫酸化多糖類よりも低分子で均一かつ副作用が少なく、薬剤耐性原虫の出現リスクも低い、新たなマラリア治療薬の開発につながることが期待されます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究(A)、挑戦的萌芽研究、特別研究費奨励費、生物系特定産業技術研究支援センター(生研センター) イノベーション創出基礎的研究推進事業、厚生労働科学研究費補助金 地球規模保健課題推進研究事業、文部科学省 テニュアトラック普及・定着事業の支援を受けて行われました。
帯広畜産大学 原虫病研究センター 地球規模感染症学分野 特任准教授
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授(委嘱)
加藤 健太郎
Tel: 0155-49-5645
Fax: 0155-49-5646
研究室URL: http://www.obihiro.ac.jp/~globalinfection/index.html