◆食品ポリフェノールは、細胞核内のDNA転写を調節するタンパク質に作用することで、アルコール摂取に由来する脂肪肝を緩和することをマウスで見いだした。
◆アルコールを摂取した群とアルコールとポリフェノールを摂取した群とでは、発現する遺伝子にも違いがあることが明らかになった。
◆食品ポリフェノールの作用は、抗酸化活性だけでなく、複数の遺伝子の統合的な代謝制御と関係している可能性が示された。
酒類には、アルコール類や糖質に加えて、果皮や樽由来の化学成分が含まれている。これらの多くは食品ポリフェノールであり、酒類に色や風味を与えるのみならず、生活習慣病のリスクを低下させるような効果があることが知られている。近年、食品ポリフェノールのような食品中の非栄養成分が、細胞核内のDNA転写を調節して、脂質代謝や解毒を活性化していることが明らかになってきた。したがって、酒類に含まれる食品ポリフェノールも同様な機構によって脂質代謝や解毒を活性化している可能性があるが、これまでに確かめられたことはなかった。
東京大学大学院農学生命科学研究科の三坂准教授らは、アルコールの摂取により生じる脂肪肝がアルコールとともに食品ポリフェノールの一種であるレスベラトロール(注1)やエラグ酸(注2)を摂取すると緩和することをマウスにおいて発見した。加えて、細胞核内のDNA転写を調節するタンパク質(構成的アンドロスタン受容体、Constitutive Androstane Receptor(CAR))を欠損したマウスにおいて、アルコールの摂取により生じた脂肪肝は、アルコールとともにトランスレスベラトロールやエラグ酸を摂取しても緩和されないことを見いだした。また、アルコールを摂取していない群、アルコールを摂取した群とアルコールとポリフェノールを摂取した群とでは、発現する遺伝子にも違いが見られた。
本研究により、食品ポリフェノールはアルコールの過剰摂取などにより生じる代謝ストレス(脂肪肝など)を緩和するというメカニズムの一端が明らかとなり、複数の遺伝子の統合的な制御が関与している可能性が示された。
図1 エラグ酸とレスベラトロールによるアルコール性脂肪肝の抑制(拡大画像↗)
対照食で5週間飼育したマウスに比較して、エタノール食で飼育したマウス(上右)では肝細胞(青い染色)に脂肪滴(赤い染色)の蓄積がみられた。エラグ酸あるいはレスベラトロールを共投与したマウス(下左右)では脂肪滴が少なかった。
図2 食品ポリフェノールが肝臓トランスクリプトームに与える影響(拡大画像↗)
対照食で飼育したマウスとエタノール食で飼育したマウスの間に明確な集団の分離がみられた(数字は個体番号)。さらに、エラグ酸あるいはレスベラトロールを共投与したマウスは、エタノール食で飼育したマウスと異なる集団を形成していた。
【研究の背景】
酒類には、アルコール類や糖質に加えて、果皮や樽由来の化学成分が含まれている。これらの多くはポリフェノールであり、酒類に色や風味を与えるのみならず、生活習慣病のリスクを低下させるような効果があることが知られている。例えば、赤ワインに含まれるレスベラトロールはフレンチパラドクスの要因とされ、抗酸化活性やサーチュインなどの標的タンパクを介した代謝制御が報告されている。近年、食品ポリフェノールのような食品中の非栄養成分が核内受容体を活性化し、脂質代謝や解毒を活性化していることが明らかになってきた。これまでに東京大学大学院農学生命科学研究科の三坂准教授らは、食品由来のフラボン類・カテキン類・レスベラトロール・エラグ酸などが、細胞核内のDNA転写を調節するタンパク質(構成的アンドロスタン受容体、Constitutive Androstane Receptor(CAR))を活性化することを明らかにしていた。このことから酒類の食品ポリフェノールもCARに作用し、代謝制御に関わっていることが予想されたが、これまでに確かめられたことはなかった。
【研究内容】
エタノール含有食による脂肪肝の誘導
東京大学大学院農学生命科学研究科の三坂准教授らの研究グループは、6週齢のマウスを4匹ずつ4群にわけ、固形食と水を1週間自由に摂食させた。次に、それぞれの群にエタノール非含有食(対照群)、5%エタノール含有食(エタノール群)、0.0073%エラグ酸を含む5%エタノール含有食、0.0073%トランスレスベラトロールを含む5%エタノール含有食(エタノール+ポリフェノール(エラグ酸あるいはレスベラトロール)群)を1週間自由に摂食させた。さらに、4週間それぞれの食を一日あたり12g与えた。
各マウスの肝臓の脂肪蓄積を染色で観察して、染色を定量したところ、エタノール食を摂取したマウスではエタノール非含有食を摂取したマウスに較べて4倍の脂肪が蓄積されていた(図1)。これに対して、エタノールとともにエラグ酸を摂取したマウスでは、脂肪量が低下していた。エタノールとともにレスベラトロールを摂取したマウスでは、エタノール非含有食を摂取したマウスと同程度にまで脂肪量が減少していた。次にこれらのマウスの肝臓で発現する遺伝子をDNAマイクロアレイ(注3)により解析した。その結果、対照群、エタノール群、エタノール+ポリフェノール(エラグ酸あるいはレスベラトロール)群の間では、肝臓で発現する遺伝子群が異なっていることが分かった(図2)。
DNAマイクロアレイによる脂肪肝の誘導に関わる遺伝子の解析
脂肪肝を起こしたエタノール群において対照群に較べて発現が上昇した遺伝子は1053個、抑制したものは1461個であった。そのうち、上昇がポリフェノールにより元に戻った(上昇が抑えられた)ものは323個、抑制が元に戻った(抑制が抑えられた)ものは287個であった。エタノール+ポリフェノール群においてのみ、発現が上昇していた遺伝子は514個で、発現が抑制していた遺伝子は742個であった。これらの遺伝子群中にどのような機能を持つ遺伝子が有意に濃縮されているかを分析したところ、エタノールによる発現上昇がポリフェノールによって抑えられた323個については、ストレス誘導性や解糖系に関係する機能分類に有意な濃縮が見られた。エタノールによる発現低下がポリフェノールによって抑えられた287個については、脂質の代謝に関係する機能分類に有意な濃縮が見られた。エタノール+ポリフェノール群においてのみ発現上昇が見られた514個については、概日リズム、脂質代謝、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド:ミトコンドリア内で電子の伝達に関わる物質)合成、TCA回路(クエン酸回路:ミトコンドリア内のエネルギー合成の過程で行われる反応)、葉酸とメチオニンの代謝に関係する機能分類に有意な濃縮が見られた。
次に、これらの機能分類に含まれていた遺伝子について、具体的にどのような代謝経路に影響をあたえるかを解析した(表1)。これより、エタノールは肝臓のストレス応答を引き起こし、解糖系からTCA回路への流れと胆汁酸合成を抑制するが、ポリフェノールはこれらの制御を元に戻し、β酸化を促進することにより脂肪肝を軽減していることが予想された。
上述の実験を、CARを欠損したマウスを用いて行ったところ、遺伝子欠損がない正常なマウスで見られたポリフェノールによる脂肪肝の緩和は、CARを欠損したマウスでは観察されず、肝臓の全体的な遺伝子発現についても、エタノール群とエタノール+ポリフェノール群とでは差が見られなかった。
表1. ポリフェノールによる代謝制御の予測
代謝経路 | エタノール群 vs 対照群 |
エタノール +ポリフェノール群 vs エタノール群 |
エタノール +ポリフェノール群 vs 対照群 |
クエン酸回路 | 抑制 | 活性化 | 活性化 |
ステロイド、胆汁酸合成 | 抑制 | 活性化 | 活性化 |
β酸化 | 抑制 | 活性化 | 活性化 |
α酸化 | 抑制 | 活性化 | 活性化 |
テトラヒドロ葉酸代謝 | 抑制 | 活性化 | 活性化 |
中心時計遺伝子(昼) | 活性化 | 抑制 | 抑制 |
グリコーゲン合成 | 抑制 | 活性化 | |
長鎖不飽和脂肪酸合成 | 抑制 | 活性化 | |
解糖 | 活性化 | 抑制 | |
ペントースリン酸経路 | 活性化 | 抑制 | |
糖新生 | 活性化 | ||
NAD合成 | 活性化 | ||
メチオニン代謝 | 活性化 | ||
尿素回路 | 活性化 | ||
中心時計遺伝子(夜) | 活性化 | ||
時計遺伝子からの出力系 | 活性化 |
【社会的意義・今後の予定】
以上により、エタノールという代謝ストレスによって生じる脂肪肝や肝臓の遺伝子変動に対して、食品ポリフェノールであるレスベラトロールやエラグ酸はCARを制御することによって緩和的に働いていることが示唆された。特に、NADや葉酸は遺伝子のエピジェネティック(注4)な修飾であるヒストン脱アセチル化やDNAメチル化とも関係しており、代謝ストレスとその緩和が細胞分裂後の細胞や子の世代に影響しうることを示唆している。今後、食品による現世代や子世代の健康維持という観点からのさらなる研究が必要とされる。
◇東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物機能開発化学研究室
准教授 三坂 巧 (みさか たくみ)
Tel: 03-5841-8117
研究室URL: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biofunc/index.html
◇公益財団法人神奈川科学技術アカデミー
安岡 顕人 (やすおか あきひと)
Tel: 044-280-2187
E-mail: fp-yasuoka@newkast.or.jp