発表者
小島 渉(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻博士課程3年 日本学術振興会特別研究員(DC2)(当時))
杉浦 真治 (神戸大学大学院農学研究科)
槙原 寛(独立行政法人森林総合研究所)
石川 幸男(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)
高梨 琢磨(独立行政法人 森林総合研究所)

発表のポイント

◆タヌキとハシブトガラスがカブトムシのおもな捕食者であることを明らかにしました。

◆これらの捕食者は、メスよりもオスを、角(つの)の短いオスよりも角の長いオスを多く捕食していました。

◆これらの発見は、カブトムシの角の進化に捕食者が及ぼした影響の解明につながる可能性があります。

発表概要

樹液(注1)が出ているクヌギ、コナラなどの広葉樹のそばに、何者かによって腹部だけが食べられたカブトムシの残骸が散乱していることがあります。これらの残骸は、おもにカラスによる仕業であると考えられてきましたが、実際に確かめられたことはありませんでした。
 東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程3年(当時)の小島渉氏を中心とするグループは、これらの残骸が、ハシブトガラスとタヌキによる捕食の結果であることを、樹液周辺の自動撮影により明らかにしました。また、それぞれの捕食者による食痕の違いを調べたところ、タヌキは歯型と思われる小さな穴を残骸に残すことがわかりました。これをもとに、関東の複数の地域から回収した残骸を分析した結果、タヌキに食べられたものは全体の残骸のうち6~8割にのぼると推定されました。また、タヌキやハシブトガラスは、カブトムシのメスよりもオスを、角の短いオスよりも角の長いオスを多く捕食することもわかりました。
 長い角をもつオスは、オスどうしの闘争では有利になる一方で、天敵に対して目立ちやすいため、高い捕食圧(注2)を受けて不利になると考えられます。本研究は、独立行政法人森林総合研究所と共同で行われました。

発表内容

図1 カブトムシの捕食者と食痕(拡大画像↗)

図2 バナナトラップで捕獲されたカブトムシと捕食されたカブトムシの性比とオスの角の長さ(拡大画像↗)

樹液が出ているクヌギ、コナラなどの広葉樹のそばに、腹部だけが食べられて、頭や角だけになったカブトムシの残骸が散乱していることは、カブトムシの採集者にはよく知られています。これらの残骸は、おもにカラスによる仕業であると考えられてきましたが、実際に確かめられたことはありませんでした。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程(当時)の小島渉氏を中心とするグループは、森林総合研究所構内(茨城県つくば市)の雑木林に赤外線センサーカメラを設置し、カブトムシの捕食者の撮影を試みました。その結果、日中にはハシブトガラスがカブトムシを捕食していることがわかりました。さらに、ハシブトガラスだけでなく、タヌキもカブトムシを食べるために頻繁に樹液を訪れていることがわかりました(図1左)。タヌキは、カブトムシの活動がピークとなる時間帯である0~2時頃に最も高い頻度で樹液を訪れていました。また、季節的にみても、ハシブトガラスとタヌキの両者ともにカブトムシの発生のピークに合わせるかのように、樹液を訪れる頻度は8月上旬に最大となりました。カブトムシは、これらの捕食者にとって大変魅力的な餌であると考えられます。ハクビシン、アナグマ、イエネコなども樹液を訪れましたが、カブトムシを捕食する様子は観察されませんでした。
 次に、生きたカブトムシを野生のタヌキおよびハシブトガラスに与え、それぞれの捕食者による食痕の特徴を観察しました。ハシブトガラスに対しては、プラスチック容器に入ったカブトムシを、タヌキに対しては、樹液のそばに紐でくくりつけられたカブトムシを提示し、捕食行動をビデオ撮影するとともに、残骸を回収しました。その結果、どちらの捕食者も、鞘翅や角、頭部などの硬い部分を残し、やわらかい腹部のみを器用に食べることがわかりました。しかしタヌキは歯型と思われる小さな穴を残骸に残すことが多く、ハシブトガラスに捕食された残骸と区別できることも明らかとなりました(図1右)。これをもとに、つくば市の調査地で回収したカブトムシの残骸を調べたところ、残骸のうち6割以上がタヌキに食べられたものであることが推定されました。また、つくば市だけでなく、西東京市においてもカブトムシの残骸を調査したところ、8割近くの残骸にタヌキものと思われる歯型が見られました。タヌキは、関東地方の複数の地域において、ハシブトガラス以上にカブトムシの重要な捕食者となっている可能性があります。
 つくば市や西東京市で回収したカブトムシの残骸の形態を、バナナトラップ(注3)で捕獲された個体のものと比較しました。その結果、残骸にはオスの割合が高いこと、残骸に含まれるオスはトラップで捕獲された個体に比べ長い角をもつことがわかりました(図2)。角の長いオスは、メスや角の短いオスに比べ、天敵に目立ちやすいなどの理由で、高い捕食圧を受けると考えられます。カブトムシのオスの長い角は、オスどうしの闘争において、武器や、力の強さをあらわす目印としてはたらくことが知られていますが、同時に、天敵から狙われやすくなるというマイナスの効果をもたらすといえます。このような、同性間での闘争における有利さと捕食者に対するコストのトレードオフ(注4)は、カブトムシの角の進化に影響を及ぼした可能性があります。

動画URL
カブトムシを食べるハシブトガラス http://www.youtube.com/watch?v=5YLjXIj_C0Y
カブトムシを食べるタヌキ http://www.youtube.com/watch?v=lfySxpXvE9o

発表雑誌

雑誌名
Zoological Science, Vol. 31, No. 3.
*本誌の表紙写真は著者らによるカブトムシの写真です
論文タイトル
Rhinoceros beetles suffer male-biased predation by mammalian and avian predators(カブトムシは哺乳類と鳥類によってオスに偏った捕食を受ける)
著者
Wataru Kojima, Shinji Sugiura, Hiroshi Makihara, Yukio Ishikawa, Takuma Takanashi
DOI番号
http://dx.doi.org/10.2108/zsj.31.109
アブストラクト
http://www.bioone.org/doi/full/10.2108/zsj.31.109

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 応用昆虫学研究室
教授 石川幸男
E-mail: ayucky@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
研究室URL:https://sites.google.com/a/utlae.org/jp/

用語解説

注1 樹液
クヌギやコナラなどの広葉樹の幹が傷つくと、木の内部を通っている液がしみ出します。この液は糖分を含むので、自然界の微生物の働きで発酵しますが、しばしばこれを樹液と呼んでいます。樹液には、数多くの昆虫が集まることが知られていますが、これらの昆虫を餌とする動物も集まってきます。
注2 捕食圧
捕食が同種個体の集まり(個体群)に及ぼす効果。捕食は動物の形態や行動の進化に影響を与えることがある。
注3 バナナトラップ
カブトムシやクワガタムシを捕獲するためによく使われる誘引剤。バナナをつぶして砂糖、焼酎等を振りかけ発酵させたもの。
注4 トレードオフ(Trade-off)
一方を追求すれば他方を犠牲にせざるをえないという両立できない関係のこと。