◆ジェランガム(注1;上図)から人工的に作製した硫酸化多糖類(注2)である硫酸化ジェラン(上図)が、熱帯熱マラリア原虫の増殖や赤血球侵入を抑制することを明らかとし、細胞毒性、抗凝固活性ともに低いことも明らかにしました。
◆熱帯熱マラリア原虫の増殖阻害薬の候補物質を新しく開発しました。
◆硫酸化ジェランは新規の材料から合成された熱帯熱マラリア原虫の増殖阻害薬の候補物質であるため、この薬剤機序の解明を行うことで、新たなマラリア治療薬の開発につながることが期待されます。
熱帯熱マラリアはハマダラ蚊によって媒介される感染症で、熱帯地域を中心に世界中で深刻な健康危害をもたらしています。これまでにワクチンは実用化されていませんが、有効な予防薬、治療薬は多数開発されています。しかし、薬剤耐性マラリア原虫が出現しており、さらなる薬剤の開発が求められています。
今回、帯広畜産大学原虫病研究センターおよび東京大学大学院農学生命科学研究科の加藤健太郎らの研究グループは、細菌から合成され、食品添加物として使用されているジェランガムを基に硫酸化ジェランと呼ばれる物質を作製しました。さらに、硫酸化ジェランが熱帯熱マラリア原虫の増殖や赤血球侵入を抑制することを明らかにしました。硫酸化ジェランは細胞毒性、抗凝固活性も低かったことから、新規の抗マラリア薬の候補物質として期待されます。また、この薬剤機序の解明を行うことで、新たなマラリア治療薬の開発につながることが期待されます。
(上図)ジェランガム及び硫酸化ジェランの構造
(下図)各種硫酸化多糖類とそれらの派生体(Hep;ヘパリン、GG;ジェランガム、SGG;硫酸化ジェラン、LA;λカラギーナン、HyLA;λカラギーナンの加水分解物、KP;κカラギーナン、OsKP;κカラギーナンの過硫酸化物)による熱帯熱マラリア原虫(3D7、Dd2クローン)の増殖阻害試験
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◆ 研究の背景
WHOの統計によると、マラリアは熱帯地域を中心に毎年2億人もの感染者が生じ、60〜70万人の死者が発生している、世界的にもきわめて深刻な感染症です。病原体である熱帯熱マラリア原虫は、ハマダラ蚊の吸血によってヒトに感染し、ヒトの血液中にある赤血球に感染して増殖します。近年は、媒介蚊であるハマダラ蚊によるヒトへの吸血に対する対策やマラリアの蔓延地域での抗マラリア薬、診断キット使用の普及によって、状況は改善へと向かっています。多くの種類のマラリア治療薬が臨床応用されている一方で、現在までに有効なワクチンが開発できていません。加えて、現在使われている主な予防薬、治療薬に対して、薬剤耐性マラリア原虫の出現が報告されており、さらなる予防薬、治療薬の開発が求められています。
ジェランガムは、食品添加物や薬剤輸送担体として使用されている多糖類です。これまでに、さまざまな種類の硫酸化多糖類がマラリア原虫の増殖を抑制することが培養実験や動物実験などの結果から報告されてきました。今回、人為的にジェランガムに硫酸基を付加することで作製した硫酸化ジェランについて、熱帯熱マラリア原虫の増殖に与える影響の解析を行いました。
◆ 研究内容
硫酸化多糖類として、ジェランガムの硫酸化物(硫酸化ジェラン)、κカラギーナンの過硫酸化物、λカラギーナンの加水分解物を各々人工的に作製しました。作製した硫酸化多糖類について、核磁気共鳴分光法と元素分析を行い、硫酸基の付加を確認しました。さらに、硫酸化多糖類とこれらの派生体を用いて、熱帯熱マラリア原虫の増殖抑制効果についてin vitroの解析を行いました。そして、一般的なマラリア薬であるクロロキンに対して感受性の熱帯熱マラリア原虫の3D7クローンと耐性のDd2クローンについて、増殖阻害試験と赤血球侵入阻害試験を行いました(下図)。その結果、硫酸化ジェランは、強い赤血球侵入抑制効果を示す硫酸化多糖類であるヘパリンと同程度の増殖阻害効果と赤血球侵入阻害効果を示しましたが、派生元のジェランガムは効果が見られませんでした。逆に、他の人工的に作製した硫酸化多糖類ついてはこの効果は低いのに対して、派生元の物質には既報通り、効果は見られました。
次に、硫酸化ジェランの薬剤としての使用について検討するため、細胞毒性試験と抗凝固活性試験を行いました。この結果、細胞毒性とヘパリン等の硫酸化多糖類が高い値を示す抗凝固活性の両者とも低い値を示しました。
◆ 社会的意義
本研究は硫酸化ジェランの抗マラリア活性についての初めての報告となります。硫酸化ジェランは新規の材料から合成された熱帯熱マラリア原虫の増殖阻害薬の候補物質と言えます。さらに、この薬剤機序の解明を行うことで、新たなマラリア治療薬の開発につながることが期待されます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究(A)、挑戦的萌芽研究、生物系特定産業技術研究支援センター(生研センター) イノベーション創出基礎的研究推進事業、厚生労働科学研究費補助金 地球規模保健課題推進研究事業、文部科学省 テニュアトラック普及・定着事業の支援を受けて行われました。
帯広畜産大学原虫病研究センター 地球規模感染症学分野 特任准教授
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授(委嘱)
加藤 健太郎
Tel:0155-49-5645
Fax:0155-49-5646
研究室URL:http://www.obihiro.ac.jp/~globalinfection/index.html