◆オボアルブミン(OVA)(注1)を食べさせただけで腸炎を発症するモデルマウスの炎症誘導には、腸管局所の免疫応答が必須である一方、全身性の応答は関与しないことを示しました。
◆食物アレルギー性炎症を制御する標的臓器としては、腸間膜リンパ節が重要であるが、腸管粘膜中のリンパ節様器官であるパイエル板(注2)も協調的に働くことを示しました。
◆食物アレルギーの炎症および寛容誘導(注3)の標的臓器を明確にし、単純化することは、食物摂取後複雑な免疫応答を示す食物アレルギーの安全で有効な治療法の確立に大きく貢献します。
東京大学大学院農学生命科学研究科附属食の安全研究センターの足立(中嶋)はるよ特任研究員と八村敏志准教授および東京大学医科学研究所清野宏教授らの研究グループは、食物アレルギーのモデルマウスであるOVA特異的T細胞受容体遺伝子のトランスジェニックマウス(注4)において、その腸炎発症にOVA特異的CD4陽性T細胞とそれが産生するIL-4が必須であることを示しました。このマウスは、炎症成立後の継続的なOVAの投与により、T細胞が無反応状態(寛容)になり腸炎を克服します。そこで腸炎の発症と抑制に関わる免疫組織を特定するため、各組織を欠損したマウスを作成し以下の成果を得ました。1)、腸間膜リンパ節は腸炎形成に必須であるが、腸管のリンパ節様器官・パイエル板は、摂取したOVAに対し迅速に反応し、腸間膜リンパ節と協調的に機能する。2)、全身性の免疫組織・脾臓はOVA投与後から寛容になり腸炎誘導には関与しない。3)、腸間膜リンパ節では寛容成立後も炎症反応が継続し、炎症の再発に関わる可能性がある。
投与した食品に対し免疫系は、炎症と寛容の相反する反応を同時に誘導します。この複雑な免疫応答のバランスが崩れることが食物アレルギー発症の仕組みですが、未だに詳細は解明されていません。本研究はこの仕組みを担う組織と、それらの相互関係を明らかにすることに成功しました。その成果は科学的根拠のある安全で有効な治療法の開発に必須であり、その進展に大きく貢献します。
食物アレルギーの患者数は、乳幼児に特に多く全年齢でも増加しています。有効な治療法は限られており、現在日本だけでなく世界的にも『原因食品を除去する』ことが有効であるとされています。しかし、その除去食療法のために子ども達の栄養不足による成長阻害が懸念され、また誤食による死亡事故も報道され問題になっています。食物アレルギーが発症するかどうかは、原因食品の体内への侵入によって誘導される炎症応答とそれと、同時に誘導される抑制性の免疫応答のバランスによって決まります。そしてこのバランスの制御を抑制性(寛容)に傾けることができれば治療が成功します。そこで現在除去ではなく、むしろ積極的にアレルゲンを食べさせて患者に寛容を誘導し、治療しようという経口免疫療法が有効で新しい治療法となると期待されています。この治療をより安全に有効的に行うためには、食物アレルゲンの侵入を受けた免疫組織の炎症と抑制応答における個々の役割と、それらの相互の関係を生体レベルでとらえ解析していく必要があります。しかし、そのメカニズムは複雑であり、いまだ解明されておりません。
東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命科学専攻の足立(中嶋)はるよ教務補佐員(当時)・八村敏志・上野川修一らの研究グループは、世界で初めて原因アレルゲンとなるOVAを食べただけで血中のOVA特異的IgE抗体価が上昇し、食物アレルギー性の腸炎を起こす食物アレルギーのモデルマウスを開発しました(J. Allergy Clin. Immunol.,2006;117(5),1125-32)。そのマウスは、OVAを食べるとアレルギー性の炎症状態に陥るが、その後も食べさせ続けると炎症状態が治まるという特徴を持っています。このマウスを用い本研究においては、まず原因となる細胞が、OVA特異的CD4陽性T細胞とそれが産生するサイトカイン・IL-4であること、OVAを食べさせ続けるとT細胞が寛容状態になるため、炎症が抑制され克服されることを証明しました。
この特性を生かし、腸管局所と(パイエル板と腸間膜リンパ節)と全身性の免疫組織(脾臓と血中IgE値)において、OVAを食べた後に誘導される免疫応答を、炎症から寛容に至る経過を追って解析しました。さらにそれぞれの臓器の役割を特定するため、各種臓器の欠損マウスを作成し、体重減少、腸管の組織学的変化、OVA特異的CD4陽性T細胞の応答を指標に正常マウスと比較解析しました。作成した臓器欠損マウスは、脾臓切除マウス、腸間膜リンパ節切除マウス、パイエル板欠損マウス、末梢リンパ節欠損マウス、腸間膜リンパ節切除およびパイエル板欠損マウスの5種類です。
その結果、以下の3点を明らかにしました。1)、腸炎の誘導には腸間膜リンパ節が必須の役割を果たすが、腸管粘膜中のリンパ節様器官であるパイエル板がOVAに対して、より迅速に反応し、腸間膜リンパ節と協調的に働くこと。2)、全身性の免疫器官である脾臓は、腸管局所の応答とは異なりOVA投与後から寛容状態に入り腸炎形成には関与しないこと。3)、腸間膜リンパ節のOVA特異的CD4陽性T細胞には、OVAの継続投与により寛容が強く誘導される一方で、他の組織に比べ若干の炎症反応が維持され、この炎症応答の維持がアレルギー性炎症の再発に関わる可能性があること。
経口免疫療法の標的臓器の決定は、治療の安全性と効率を高めることに貢献すると考えられます。本研究の成果は食物アレルギー性腸炎においては腸間膜リンパ節がその有力な候補となることを初めて明確に示しました。さらに腸間膜リンパ節での特にT細胞の免疫応答の制御は再燃を予防するためにも重要ですが、簡便な制御法としてはパイエル板も標的臓器になりうることを示しています。また、基本的には食べたアレルゲンに対しては全身性の免疫応答は抑制されたことから、多くの食物アレルギー患者でみられるような食品抗原に対する重篤なIgE依存的な全身性のアレルギー(アナフィラキシー反応など)は、腸管経由以外の感作経路が重要な働きをすることも、示唆しています。すなわち、食物アレルギーの治療において腸管以外の感作経路をコントロールすることの重要性を示しました。これらの成果は、侵入した食品に対して免疫系が複雑に応答するため、モデル系であるからこそ得られた結果です。今後は、こうしたモデル系を用い、食品成分に対する組織間の免疫応答をさらに動的に解析することにより、炎症と寛容の生体全体を考慮した誘導・制御の研究に大きく貢献するものと期待されます。
東京大学大学院農学生命科学研究科 附属食の安全研究センター 免疫制御研究室
特任研究員 足立(中嶋) はるよ
Tel:03-5841-5230
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/immunoreg/