◆2型糖尿病の原因の一つであることが知られているインスリン抵抗性(注1)発症に、GKAP42という新規タンパク質が関与していることを発見しました。
◆インスリン抵抗性が発症する過程で、「GKAP42が分解されることによりインスリンシグナルが維持できなくなる」という新しい機構が存在していることを示しました。
◆GKAP42は、cGK-Iαという酵素が活性化されることで分解されることもわかりました。cGK-Iαの阻害剤はインスリン抵抗性を解除する新たな抗糖尿病薬の候補として期待されます。
インスリンは、糖代謝制御に重要な役割を果たしているホルモンです。しかし、肥満などによって脂肪組織からサイトカインの一つであるTNF-αが産生されると、インスリン抵抗性を発症し糖利用が低下、その結果、糖尿病が発症することが知られています。しかし、インスリン抵抗性の発症メカニズムの詳細は未だ不明な部分が多く、その解明は急務です。
東京大学大学院農学生命科学研究科の伯野史彦助教らの研究グループは、インスリンシグナルを調節する重要な因子として、GKAP42を見出しました。この分子は、インスリンの細胞内シグナル伝達に重要な役割をはたしているインスリン受容体基質(IRS)(注2)と相互作用し、インスリンシグナルを正常に維持していることを明らかにしました。さらに、TNF-αによって誘導されるインスリン抵抗性は、GKAP42のタンパク質が減少することで引き起こされることがわかりました。これらの成果は、インスリン抵抗性の発症機構に新しい観点を提供するとともに、全く新しい作用点を有する抗糖尿病薬の開発などに利用されることが期待されます。
図1 正常時においては、GKAP42がIRS-1をcGK-Iαによる攻撃から保護しているため、正常なインスリンシグナルが維持され、糖取り込みも正常に起こる。ところが、TNF-a処理などによってcGK-Iαが活性化されると、cGK-IαはGKAP42を分解してしまい、直接IRS-1を攻撃する。この攻撃によってIRS-1を介したインスリンシグナルが抑制され、糖取り込みが阻害されてしまう。(拡大画像↗)
インスリンは、糖代謝制御に重要な役割を果たしているホルモンです。膵臓β細胞からインスリンが分泌されると、筋肉や脂肪組織に働きかけ、血中の糖を細胞内に取り込ませることによって血糖値を調節しています。しかし、肥満などによって脂肪組織からアディポカイン(注3)と呼ばれるサイトカイン(TNF-αなど)が産生されると、血中に十分量のインスリンが存在するにもかかわらず、インスリンが正常に働かなくなるインスリン抵抗性が発症、糖利用が低下し、2型糖尿病を発症することが知られています。これまでの研究によって、インスリン抵抗性を発症した脂肪細胞では、インスリンのシグナルを細胞内に伝達するために重要な役割を果たしているインスリン受容体基質-1(IRS-1)が正しく機能しないことがわかっています。しかし、IRS-1を介した機能が阻害される詳細な機構は未だ不明な点が多く、インスリン抵抗性の発症メカニズムの解明は急務です。
東京大学大学院農学生命科学研究科伯野史彦助教らの研究グループは、IRS-1と相互作用する分子としてGKAP42を同定しました。そして、同定したGKAP42のインスリンシグナル伝達や生理活性発現に果たす役割を検討すると共に、インスリン抵抗性発症への関与を明らかにすることを目的に研究を進めました。まず、GKAP42のインスリンシグナルの活性化およびインスリン生理活性発現における役割を解析するために、脂肪細胞の内在性GKAP42をsiRNA(注4)法により発現抑制し、IRS-1を介したインスリンシグナル及び糖取込みを検討しました。その結果、GKAP42の発現抑制によってIRSを介したインスリンシグナルが抑制され、同時に糖の取込みも阻害されました。つまり、GKAP42はインスリンシグナルを維持する機能を有し、正常な糖取り込みに必要な分子であることがわかりました。一方で、アディポカインであるTNF-αの刺激を受けると、GKAP42のタンパク量が減少したことから、インスリン抵抗性を発症した脂肪細胞では、GKAP42のタンパク量が減少するためインスリン抵抗性を発症していることが明らかとなりました。GKAP42はcGMP-dependent kinase (cGK)-Iαと相互作用していることが知られているので、次にcGK-αIがTNF-α刺激によるGKAP42のタンパク量の減少に関与するかを調べました。脂肪細胞の内在性cGK-Iαを発現抑制するとTNF-αで誘導されるGKAP42タンパク量の減少が回復し、同時にTNF-αで誘導されるインスリン抵抗性も解除されました。さらに、TNF-α刺激によってインスリン抵抗性を発症した脂肪細胞内では、cGK-Iαの活性が増加することから「TNF-αはcGK-Iαを活性化し、この活性の増加はGKAP42の分解を促進する。これによりIRS-1を介したインスリンシグナル伝達が抑制され糖取り込みが阻害、その結果、インスリン抵抗性が発症する」という全く新しい機構の存在を示すことができました。
今回の成果は、インスリン抵抗性の発症機構に、これまでにない全く新しい観点を提供するものです。また、cGK-Iαのタンパク質を減少させることによって、インスリン抵抗性が解除されたことから、cGK-IαやGKAP42は抗糖尿病薬開発の標的分子として利用されることが期待されます。
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 動物細胞制御学研究室
助教 伯野 史彦
Tel:03-5841-1310
Fax:03-5841-1311
研究室URL:http://endo.ar.a.u-tokyo.ac.jp/