発表者
神谷 岳洋(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 講師)
Monica Borghi (Institute of Biological and Environmental Sciences, University of Aberdeen, United Kingdom)
Peng Wang (Institute of Biological and Environmental Sciences, University of Aberdeen, United Kingdom)
John M.C. Danku (Institute of Biological and Environmental Sciences, University of Aberdeen, United Kingdom)
Lothar Kalmbach (Department of Plant Molecular Biology, University of Lausanne-Sorge, Switzerland)
Prashant S. Hosmani (Department of Biological Sciences, Dartmouth Colledge, United States of America)
Naseer Sadaf (Department of Plant Molecular Biology, University of Lausanne-Sorge, Switzerland)
藤原 徹(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)
Niko Geldner (Department of Plant Molecular Biology, University of Lausanne-Sorge, Switzerland)
David E. Salt (Institute of Biological and Environmental Sciences, University of Aberdeen, United Kingdom)

発表のポイント

◆植物の根における栄養吸収に重要な構造であるカスパリー線形成をオンにする遺伝子を同定しました。

◆複雑なステップよりなるカスパリー線形成がたった一つの遺伝子により制御されていることを明らかにしました。

◆根の栄養吸収の理解や、効率的に栄養を吸収する作物の作出に有用な知見を与えることが期待されます。

発表概要

植物は土壌中の栄養を主に根から吸収します。この吸収にはカスパリー線と呼ばれる根の構造が重要な役割を果たしています。カスパリー線は、根の内皮細胞(注1)と内皮細胞の間の特定の場所にリグニン(注2)が蓄積した構造体です(図A, B, C)。カスパリー線は1865年にロバート・カスパリーにより発見された構造ですが、その形成過程は複雑であり、全容は明らかになっていませんでした。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の神谷岳洋講師、英国アバディーン大学のデイビット・ソルト教授らの研究グループは、シロイヌナズナの変異株を用いた解析により、カスパリー線形成の鍵となる遺伝子(MYB36)の同定に成功し、世界に先駆けて、これまで謎であったカスパリー線形成の全容を明らかにしました。MYB36はカスパリー線形成に関与する複数の遺伝子の発現を同時にオンにすることにより、局所的なリグニン蓄積を可能にし、カスパリー線を形成していることを明らかにしました。さらに、MYB36を本来カスパリー線が形成されない細胞で発現させることにより、カスパリー線様の構造を形成させることに成功しました。以上の結果は、MYB36がカスパリー線形成のスイッチであることを示すものです。今回の研究成果は、カスパリー線が植物の栄養吸収に果たす役割やその制御機構の理解、効率的に栄養を吸収する作物の作出技術に大きく貢献することが期待されます。

発表内容


図1 (A)植物の根の模式図。カスパリー線は内皮細胞に形成される。
(B)内皮細胞の拡大図。カスパリー線は内皮細胞を取り囲むように形成され、隣り合う内皮細胞間の隙間を埋める。そうすることにより、障壁として機能することができる。
(C)顕微鏡で撮影したカスパリー線。横から見ると線状に、根の断面では点状に観察される。横から見た図の中央の点状の構造は栄養を運ぶ導管(維管束の一つ)。
(D)MYB36は、リグニンの重合に重要な遺伝子と、形成位置の決定に必要な遺伝子の発現をオンにしている。これら、MYB36により制御される遺伝子群の働きにより、カスパリー線が形成される。(拡大画像↗

植物は土壌中から生育に必須な元素(必須元素)を選択的に吸収し、生育に害を与える元素や物質、生物が植物体内に入らないようにしています。このことを可能にしているのがカスパリー線と呼ばれる構造体です(図A, B, C)。カスパリー線は根の維管束(注3)の周囲にある内皮細胞と内皮細胞の間に形成され、細胞の間を通ってくる物質の輸送を内皮細胞でブロックする障壁として機能しています。カスパリー線はドイツの研究者ロバート・カスパリー(Robert Caspary)によって1865年に発見された構造体ですが、その形成過程やどのような物質より形成されているのかはわかっていませんでした。

近年、ようやく解析が進み、カスパリー線はリグニンよりなること、また、その形成には少なくとも5つの遺伝子が関与していることが明らかになっています(図D)。これらの遺伝子には、カスパリー線の実体であるリグニンの重合に関与する遺伝子や、これらタンパク質をカスパリー線が形成される位置に固定するタンパク質が含まれていました。また、これら遺伝子の解析により、カスパリー線の形成にはこれら複数の遺伝子が同じ場所で、なおかつ、同じタイミングで発現する必要があることがわかってきました。しかしながら、最も重要であるその発現制御機構は全く分かっていませんでした。

今回、本研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナを材料にした変異体スクリーニングによりカスパリー線形成のスイッチとして機能する転写因子であるMYB36を同定し、複雑なステップよりなるカスパリー線形成がたった一つの遺伝子により制御されていることを明らかにしました。本研究グループは、シロイヌナズナを材料にして葉の元素含量が野生型と異なる変異株を探しました。得られた変異株の一つを解析すると、MYB36と呼ばれる転写因子(注4)の機能が壊れていることがわかりました。この植物では、カスパリー線の構造が壊れており、物質輸送の障壁としての機能が失われていました。マイクロアレイ解析(注5)等により、カスパリー線形成に必要な一連の遺伝子の発現をMYB36が直接的に活性化するスイッチとして機能していることを発見しました。さらに、カスパリー線の形成過程で重要な、形成位置の決定に必要な遺伝子も含まれていることを明らかにしました。驚くべきことに、MYB36をカスパリー線が形成されない細胞で発現させたところ、カスパリー線のような構造が細胞間に形成されました。以上の結果は、MYB36がカスパリー線形成の鍵となる、非常に重要なスイッチであることを示しています。

カスパリー線は栄養吸収に重要な機能を果たしています。今回の発見は植物の栄養吸収の理解や、効率的に栄養を吸収する作物の作出に重要な知見を与えるものと考えています。また、同時にリグニンの重合やタンパク質の局在化機構という基礎科学に関しても重要な知見を与えるものと考えています。

本研究は日本学術振興会 若手研究(A)(課題番号26712008、代表:神谷岳洋)、日本学術振興会 基盤研究(A)(課題番号 25221202、代表:藤原徹)、日本学術振興会 新学術領域研究(課題番号 15H01224、代表:藤原徹)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」
論文タイトル
The MYB36 transcription factor orchestrates Casparian strip formation
著者
Takehiro Kamiya, Monica Borghi, Peng Wang, John M. Danku, Lothar Kalmbach, Prashant S. Hosmani, Sadaf Naseer, Toru Fujiwara, Niko Geldner, David E. Salt
DOI番号
10.1073/pnas.1507691112
論文URL
http://www.pnas.org/content/early/2015/06/24/1507691112.abstract

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 植物栄養・肥料学研究室
講師 神谷 岳洋
Tel:03-5841-5105
Fax: 03-5841-8032
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/syokuei/

用語解説

注1 内皮細胞
根の土壌側から三番目の細胞層。シロイヌナズナの根は、土壌に接する側から中心に向かって、表皮細胞、皮層細胞、内皮細胞、維管束となっている。内皮細胞にはカスパリー線が形成されており、内皮細胞より内側には自由に物質が入らないようになっている。
注2 リグニン
フェノール性の高分子化合物(ポリマー)
注3 維管束
植物の栄養を運ぶ管。根で吸収された栄養は維管束を通じて体内に分配される。
注4 転写因子
遺伝子の転写発現を制御するDNA結合タンパク質。
注5 マイクロアレイ解析
遺伝子の発現量を網羅的に解析する手法。