◆デクチン1を欠損させたマウスは炎症を起こしにくく、デクチン1阻害作用を持つ低分子βグルカンを摂取することにより炎症性腸疾患の発症を抑制できることを見出しました。
◆我々が日常摂取している食品成分としてのβグルカンは、腸内の微生物叢を変化させることによって免疫系に影響を与えており、その分子メカニズムを世界で初めて明らかにしました。
◆βグルカンの一種であるラミナリンを多く含む昆布やわかめなどの海藻や短鎖βグルカンを食品として摂取する事により、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患や食物アレルギーなどを予防・治療できる可能性が示されました。
私達の腸管は常に病原体や食品に含まれる様々な物質に曝されており、これらの中にはアレルギーを誘発したり、炎症を引き起こしたりする物質も含まれています。私達の免疫系はどのようにしてこのような有害な物質から身を守っているのでしょうか。私達の研究グループは東京大学医科学研究所に在籍していた時より、デクチン1とよばれる細胞表面上のC型レクチン様受容体に注目しており、これまでにデクチン1はカリニ菌など真菌の細胞壁に含まれるβグルカンを認識することによって、真菌感染防御に重要な役割を果たしていることを明らかにしてきました(Saijo et al., Nat. Immunol., 2007; Immunity, 2010)。ところで、デクチン1は大腸の免疫担当細胞上にも強く発現していることから、今回、大腸におけるデクチン1の機能について検討しました。その結果、デクチン1を欠損させたマウスは炎症を起こしにくく、デクチン1阻害作用を持つ低分子βグルカンを摂取することにより炎症性腸疾患の発症を抑制できることを見出し、その抑制メカニズムを解明しました。このことから、βグルカンの一種であるラミナリンを多く含む昆布やわかめなどの海藻や短鎖βグルカンを食品として摂取する事により、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患や食物アレルギーなどを予防・治療できる可能性が示されました。
図1 通常腸内では食物中のβグルカンによってデクチン1が活性化され、抗菌ペプチドが作られます。このため、乳酸桿菌の1種であるLactobacillus murinusの増殖は抑制されます。ところが、デクチン1を欠損させたり、デクチン1の阻害剤であるラミナリンを摂取したりした場合は、抗菌ペプチドの産生が抑制され、その結果、L. murinusの増殖抑制は解除されます。L.murinusは炎症抑制性のTreg細胞の分化を誘導することができるため、このマウスではデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)などで誘導した炎症が抑制されます。(拡大画像↗)
βグルカン(注1)は、真菌の細胞壁の主な構成成分としてキノコや酵母などに大量に含まれています。古くから健康を増進する漢方薬として使われ、食品添加物としても利用されています。しかし、これまで生体でどのようにしてその機能が発揮されるのかはよくわかっていませんでした。今回、唐らはβグルカンの受容体であるデクチン1(注2)の遺伝子欠損マウスを利用して、ヒトの潰瘍性大腸炎(注3)のモデルであるデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘導大腸炎、および未分化T細胞誘導大腸炎モデルを用い、デクチン1を欠損させると大腸炎に耐性となる事を見出しました。これは、デクチン1シグナルが大腸で抗菌蛋白質(注4)の分泌を促し、腸管内の乳酸桿菌の増殖を抑制するのに対し、デクチン1シグナルが入らなくなると、乳酸桿菌の増殖抑制が解除され、その結果増殖した特定の乳酸桿菌(Lactobacillus murinus)によって炎症抑制性のT細胞(制御性T細胞: Treg)(注5)の分化が誘導されるためである事が分かりました。この乳酸桿菌だけを無菌マウスに移入してやると、このマウスでもTreg細胞が増加し、DSS誘導大腸炎に耐性となる事や、未分化T細胞をL. murinusの増加したデクチン1欠損マウスに移植すると、Treg細胞が増えてくる事から、L. murinusがTreg増加に重要な役割を果たしているものと考えられます。また、ヒトのクローン病患者ではL. murinusと近縁の乳酸桿菌の腸内での数が少ない事も明らかとなりました。また、海藻に含まれるβグルカンの一つであるラミナリンは通常のβグルカンに比べ分子量が小さく、このため、デクチン1を活性化せず、むしろ酵母やきのこ由来の大きな分子量を持つβグルカンの結合を阻害する事が知られていますが、マウスにラミナリンを食べさせると、やはりデクチン1シグナルが阻害され、L. murinusが増殖し、Treg細胞が増える事によって、腸管炎症が抑制されることがわかりました。この結果、βグルカンが腸内細菌叢(マイクロフローラ)(注6)を変える事によって、腸管の免疫応答性を調節している事が明らかになりました。この結果は、我々が日常摂取している食品成分がどのように腸内の微生物叢に影響を与え、それが免疫系や健康にどのような影響を与えるかについて、初めて詳細なメカニズムを明らかにしたものです。また、この研究成果は、ラミナリンを多く含む昆布やわかめなどの海藻や短鎖βグルカンを食品として摂取する事により、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患や食物アレルギーなどを予防・治療できる可能性を示しており、今後ヒトでの検討を進める予定です。
なお、本研究は農林水産省の農食研究推進事業、科学技術振興機構のCREST、文部科学省の科学研究費補助金の補助を受けてなされたものです。心より御礼申し上げます。
東京理科大学生命医科学研究所 ヒト疾患モデル研究センター
センター長、教授 岩倉 洋一郎
Tel:04-7121-4104
Fax: 04-7121-4104
E-mail:iwakura@rs.tus.ac.jp
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 実験動物学研究室
准教授 角田 茂
Tel:03-5841-5037
Fax: 03-5841-8186
研究室URL:http://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/jitsudo/