植物ホルモン・オーキシンの生合成酵素の一種YUCCA6は、乾燥に対する耐性の制御にも寄与することが分かりました。ただし、分子内のアミノ酸置換により変異したYUCCA6ではオーキシン合成能を維持しながらも乾燥耐性に寄与しないことから、YUCCA6にオーキシン合成能と異なる別機能が備わっており、その機能を通じて乾燥耐性を誘導していると考えられます。
図1 乾燥耐性の向上にはYUCCA6のチオール還元酵素活性が必要
YUCCA6過剰発現体(YUC6-OX)においては、9日間の乾燥状態への耐性が認められるのに対して、オーキシン生合成酵素としての活性を維持したままチオール還元酵素としての活性を喪失したYUCCA6C85Sの過剰発現体(YUC6-OXC85S)では耐性が認められなくなった。(拡大画像↗)
図2 YUCCA6による植物の二重制御
YUCCA6は二つの異なる酵素活性を同時に携えており、植物ホルモン・オーキシンの生合成に関わる以外に、チオール還元酵素としての機能を持ち乾燥耐性に寄与している。(拡大画像↗)
フラビンモノオキシゲナーゼに属するYUCCAは、植物ホルモンである天然型オーキシン(インドール−3−酢酸)の生合成における極めて重要な酵素として知られています。実験植物シロイヌナズナにおけるYUCCA酵素は全部で11種存在し、今回の研究において焦点を当てたYUCCA6はその一つです。このYUCCA6酵素の遺伝子を過剰に発現させた形質転換体(YUC6-OX)を作出したところ、オーキシン内生量が増加した上に、乾燥ストレス(注1)に対する耐性が確認されました(図1)。そこで、オーキシンの不活性化に関わることで知られる微生物由来の酵素(iaaL)遺伝子も同時に過剰に発現させた二重形質転換体(YUC6-OX iaaL-OX)を作出して調べたところ、オーキシン内生量の増加を生じないにも関わらず、乾燥耐性は付与されることが分かりました。この結果は、乾燥耐性の向上が決してオーキシン量の増加に由来するものではないことを意味します。
YUCCA6分子内に別機能を示唆する既知領域は見あたりませんが、未同定の機能領域が含まれる可能性を視野により詳細に調べました。その結果、補酵素として広く知られるFADおよびNADPHに依存して機能するチオール還元酵素としての活性をYUCCA6が持つことが判明しました。そして、分子内85番目のシステイン残基をセリン残基に変えた変異YUCCA6C85Sについて試験管内実験系を用いて調べたところ、オーキシンの合成活性は維持するもののチオール還元酵素としての活性を消失することが判明しました。そこで、この変異YUCCA6C85Sを過剰に存在させた形質転換植物(YUC6−OXC85S)を作出して調べたところ、これまでの結果から予想されたとおりオーキシン内生量は増加したものの、乾燥耐性が認められなくなったことから、YUCCA6は自身のチオール還元酵素活性を通じて植物の乾燥耐性向上に寄与することが明確になりました(図1・図2)。
YUCCA6のようにもっぱら植物ホルモンの生合成に関わると考えられていた酵素が別の酵素活性を併せ持つ例は他にあまり知られておらず、オーキシンの量的な制御だけに留まらず本来なら他の植物ホルモンが制御するイベントにまで同時に影響を与えることにより従来考えられているよりもさらに迅速な環境応答ネットワークが多々存在するのかもしれません。本研究でその一端が明かされたと捉えれば、今後ますますこうした植物ホルモン間の交叉制御を把握・解明していくことの重要性が高まるものと考えられます。
本研究は、韓国・米国・サウジアラビア・スペインの各国に活動拠点を置く研究者らとの国際共同研究であり、日本側担当者は(独)科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)、グリーンイノベーション「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出(研究総括:磯貝 彰先生)」、平成24年度採択課題「植物ホルモン間クロストークと化学・生物学的制御技術を利用したバイオマス高生産性植物の開発(代表:浅見忠男)」として、研究活動の資金的サポートを受け遂行しました。
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物制御化学研究室
教授 浅見 忠男
准教授 中嶋 正敏
Fax:03-5841-8025
研究室URL:http://pgr.ch.a.u-tokyo.ac.jp