発表者
若木 高善(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授;当時)
西増 弘志(東京大学大学院理学系研究科 助教)
三宅 将之(東京大学大学院農学生命科学研究科 修士課程2年;当時)
伏信 進矢(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)

発表のポイント

◆原始解糖系で働く3種類のモリブデン含有酵素(GAOR1-3)を単離精製し、GAOR2の結晶構造を決定した。

◆3つのサブユニットからなるヘテロオリゴマー酵素の機能と構造の解析から、「ホストマー・ゲストマー」原理を提唱した。

◆GAORは痛風に関わるキサンチン酸化酵素と類似していることから、今回の結果は医学的にも重要な酵素の理解につながることが期待される。

発表概要

生命の起源に近いと考えられている超好熱性古細菌(注1)は特殊な代謝経路をもっています。好酸好熱性古細菌の解糖経路(注2)では、グリセルアルデヒド(GA)がグリセリン酸に酸化されることが知られていましたが、この反応を担う酵素の詳細は不明でした。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の若木高善前教授らの研究グループは、好酸好熱性古細菌スルホロバスからGAを酸化する活性をもつ3種類のモリブデン含有酵素(GAOR1-3)を単離精製することに成功しました。3種類のGAORはキサンチン酸化酵素ファミリーに属するヘテロオリゴマータンパク質(注3)で、それぞれ3種類の異なるサブユニットL/M/Sから構成されていました。予想外なことに、GAOR2とGAOR3は、同一のMとSをもつ一方、異なるLをもち基質特異性が異なることが明らかになりました。3つのGAORのうち、GAOR2が高いGA酸化活性をもつことから解糖経路においてGAの酸化を担っていることが示唆されました。さらに、東京大学大学院理学研究科の西増弘志助教・東京大学大学院農学生命科学研究科の伏信進矢教授らと共同で、GAOR2のX線結晶構造解析(注4)を行い、その立体構造を決定しました。結晶構造から3種類のGAORの基質特異性、および、ヘテロオリゴマー構築の分子機構に関する知見が得られました。本成果は、生命の起源に関わる原始的な古細菌の代謝の理解、痛風の原因酵素であるキサンチン酸化酵素の理解、さらに、タンパク質の4次構造構築の理解においても重要な研究成果であるといえます。

発表内容

図1 GAORのヘテロオリゴマー構築原理
(拡大画像↗)

図2 GAOR2の結晶構造
(A)GAOR2の全体構造。酵素の活性部位を赤い点線で示した。
(B)補因子の構造。酸化反応における基質(グリセルアルデヒドなどの電子供与体)から電子受容体への電子の流れを矢印で示した。(拡大画像↗)

超好熱性古細菌の原始的な代謝系には他の生物には見られない特異な酵素が多数発見されています。若木高善前教授らの研究グループは、好酸好熱性古細菌スルホロバスからグリセルアルデヒド(GA)を酸化するモリブデン含有酵素(GAOR1)を2002年に単離精製していました。しかし、細胞内においてGAOR1がGAの酸化を担っているのか、または、別の酵素が他に存在するのかは不明でした。今回、好酸好熱性古細菌スルホロバスの菌体抽出液からGA酸化活性を持つタンパク質を詳細に単離精製したところ、GAOR1の他に、2種類の新規酵素(GAOR2とGAOR3)を発見することに成功しました。GAOR1-3はキサンチン酸化酵素ファミリーに属する酵素で、いずれも3種類の異なるサブユニットL/M/S(補因子としてそれぞれモリブドピラノプテリン(注5)、FAD、鉄硫黄クラスターを含む)から構成されていました。3つのGAORは異なるヘテロオリゴマー構造をとっており、GAOR1は4つのLMSヘテロ3量体、GAOR2は2つのLMSヘテロ3量体、GAOR3は1つのLMSヘテロ3量体から構成されていました(図1)。様々な基質に対する特異性を調べた結果、3つのGAORは異なる基質特異性をもち、GAを最も効率よく酸化するのはGAOR2であることがわかりました。この結果からGAOR2が糖代謝経路で働くことが示唆されました。驚くべきことに、GAOR2とGAOR3は共通のMSサブユニットに異なるLサブユニットを結合することにより基質特異性を切り替えていることがわかりました。さらに、GAOR2のX線結晶構造解析を行い、立体構造を決定しました(図2)。GAOR2の結晶構造とGAOR1、GAOR3の推定構造の比較から、3種類のGAORの4次構造や基質特異性の違いを生み出す分子基盤が明らかになりました。

土台となる共通のサブユニットを「ホストマー」、それに結合する多様なサブユニットを「ゲストマー」と名付けると、GAOR2とGAOR3はMSサブユニット、Lサブユニットをそれぞれホストマー、ゲストマーとしてLMSヘテロオリゴマーを構築していると考えられます。Gタンパク質ヘテロ3量体やヒトヘモグロビンなどの他のタンパク質も同様の原理によって複数のヘテロオリゴマーを構築し、多様な生理機能を発揮することが知られています。今回の結果から、原始的でシンプルな生物と考えられている古細菌から高等動物にいたるまでの多様な生物において、「ホストマー・ゲストマー」原理に基いて多様なヘテロオリゴマーが構築されることが明らかになりました。

共同研究・助成など:
X線回折データ測定には主に大型放射光施設SPring-8(兵庫県佐用郡佐用町)を用いました。本研究はJSPS科研費24580136の助成を受けたものです。

発表雑誌

雑誌名
「PLOS ONE」
論文タイトル
Archaeal Mo-containing Glyceraldehyde Oxidoreductase Isozymes Exhibit Diverse Substrate Specificities through Unique Subunit Assemblies
著者
Takayoshi Wakagi, Hiroshi Nishimasu, Masayuki Miyake, and Shinya Fushinobu
DOI番号
10.1371/journal.pone.0147333
論文URL
http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0147333

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 酵素学研究室
教授 伏信 進矢
Tel:03-5841-5151
Fax:03-5841-5151
研究室URL:http://enzyme13.bt.a.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 超好熱性古細菌(hyperthermophilic archaea)
生育至適温度が80˚C以上の超好熱菌の大部分を占める古細菌(真核生物Eukaryaや真正細菌Bacteriaとは分類上異なる微生物群)で、生命の起源に関わる原始的な代謝系をもつと考えられる。
注2 解糖経路(glycolytic pathway)
多くの生物のエネルギー源であるブドウ糖(グルコース)を、嫌気的に酸化してピルビン酸あるいはさらに酸化された乳酸などに分解する経路。
注3 オリゴマータンパク質(oligomeric protein)
ヘモグロビンなどのように複数のポリペプチド鎖から構成されるタンパク質。それを構成する個々のポリペプチドを「サブユニット」とよぶ。異なる種類のポリペプチドからなるオリゴマーは「ヘテロオリゴマー」とよばれる。
注4 X線結晶構造解析(X-ray crystallography)
酵素を含むタンパク質の立体構造を明らかにするための最も一般的な方法の一つ。目的物質の結晶にX線を照射し、回折データを測定することにより、微細な三次元構造を知ることができる。
注5 モリブドピラノプテリン(molybdopyranopterin)
Mo(モリブデン)を結合したピラノプテリン(旧称プテリン)で、Moの酸化数が+4、+5、+6の間を行き来する過程で2個の電子を授受することにより、酸化還元酵素(代表例はキサンチン酸化酵素)などの補因子として働く。