発表者
菅井 佳宣(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 特任助教)
勝山 陽平(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 講師)
大西 康夫(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授)

発表のポイント

◆天然化合物には珍しいジアゾ基を含む二次代謝産物(クレメオマイシン)の生合成遺伝子群を同定し、生合成酵素の機能を解析しました。

◆2つの酵素(CreEとCreD)の働きでL-アスパラギン酸から亜硝酸を生成する、全く新しい亜硝酸生合成経路を見出すとともに、この亜硝酸がクレメオマイシンのジアゾ基形成に使われることを明らかにしました。

◆CreEとCreDに似た酵素をコードする遺伝子セットは、放線菌に広く分布していることから、今後、これらを足掛かりにして、ジアゾ基を含むさまざまなN-N結合の形成機構を解明することができると考えられます。

発表概要

N-N結合(注1)をもつ天然化合物は約200種類程報告されており、強力な生理活性をもつものが多く含まれています(図1)。これら化合物においてN-N結合は生理活性を示すために重要であるにもかかわらず、その生合成機構はこれまでほとんど解明されていませんでした。東京大学大学院農学生命科学研究科の研究グループは、放線菌(注2)Streptomyces cremeusが生産するジアゾ化合物(注3)クレメオマイシン(cremeomycin)に着目し、その生合成経路の解明に取り組みました。その結果、3-アミノ-4-ヒドロキシ安息香酸 (3,4-AHBA、注4) がメチル化、水酸化を受けて3-アミノ-2-ヒドロキシ-4-メトキシ安息香酸 (3,2,4-AHMBA) が生合成されることを明らかにしました。また、CreEがL-アスパラギン酸を酸化しニトロコハク酸を生成すること、さらにCreDがこのニトロコハク酸から亜硝酸(注5)を生成することも明らかにしました。3,2,4-AHMBAと亜硝酸を弱酸性条件下で反応させるとクレメオマイシンが生成することから、CreEとCreDによって生成する亜硝酸がジアゾ基形成に重要な役割を担っていると考えられます(図2)。これまで微生物の二次代謝に亜硝酸が関与するという報告はなく、今回発見された亜硝酸生合成経路は全く新規な亜硝酸生合成経路です。CreE、CreDに類似した酵素をコードする遺伝子セットは放線菌に広く分布しており、今後、これらを足掛かりにして、ジアゾ基を含むさまざまなN-N結合の形成機構を解明することができると考えられます。

発表内容

図1 放線菌が生産するN-N結合(赤色)を含む化合物
(拡大画像↗)

図2 クレメオマイシン生合成経路
CreEによりアスパラギン酸がニトロコハク酸へ酸化される。ニトロコハク酸のニトロ基はCreDにより脱離し亜硝酸が生成する。この亜硝酸が3,4-AHBAに由来する3,2,4-AHMBAのアミノ基をジアゾ化することでクレメオマイシンが生成すると考えられる。(拡大画像↗)

放線菌は抗寄生虫薬のエバーメクチンや抗結核薬のストレプトマイシンなど人類にとって有用な生理活性物質を数多く生産しています。放線菌は多様な構造を有する化合物を生産する能力に優れているため、これまで医薬品等の有用化合物の探索源となってきました。しかしながら近年薬剤耐性菌の出現などから新たな医薬品が求められているにもかかわらず、新規有用天然化合物の報告は減少傾向にあります。一方、近年の遺伝子操作技術の発展により、新しい化合物を生産する微生物を「探す」のではなく、「創り出す」ことが可能になってきています。ここでは、微生物細胞が「工場」、種々の化学反応を触媒する酵素が「機械」であり、この「機械」を組み合わせて、目的の化合物を生産する「製造ライン」をデザインすることになります。このため、新しい性能をもった「機械」、すなわち、有用な化学反応を触媒する新しい酵素を発見することは、微生物を用いた有用物質生産において、とても重要になります。低分子化合物が生理活性を発揮するためには特徴的な部分構造が重要であることが知られていますので、生理活性に重要な部分構造がどのように合成されるかを明らかにし、そこで働いている酵素を同定することは特に重要です。

放線菌が生産するN-N結合含有化合物は200種類程度報告されており、その中にはジアゾ化合物も含まれます。これまでN-N結合形成機構に関する詳細な報告はなく、特にジアゾ基に関しては生合成に関与する酵素だけでなく末端側窒素の供給源も不明でした。クレメオマイシンは放線菌Sterptomyces cremeusが生産するジアゾ基含有化合物で、抗バクテリア、抗真菌活性を有します。東京大学大学院農学生命科学研究科醗酵学研究室では、これまでに3-アミノ-4-ヒドロキシ安息香酸(3,4-AHBA)を合成するユニークな生合成酵素を発見していました。クレメオマイシンは分子の構造が3,4-AHBAに類似していることに加えて比較的単純な構造を有していることから、我々はクレメオマイシンに着目し、その生合成経路の解明に取り組んできました。

クレメオマイシンの生合成に関与する遺伝子を特定するためにS. cremeusのコスミドライブラリーを作製し、3,4-AHBA生合成遺伝子を指標にクレメオマイシン生合成遺伝子を含む遺伝子群領域を取得しました。この遺伝子群領域を含むコスミドを異種放線菌に導入したところ、そのままではクレメオマイシンの生産は見られませんでした。そこで、遺伝子群の発現調節を担うと予想された転写因子を過剰発現させたところクレメオマイシンの生産が確認されました。この結果から、取得した遺伝子群領域がクレメオマイシンの生産に関与していることが明らかになりました。次に生合成経路を解明するために、各遺伝子を破壊したコスミドを作製し異種放線菌宿主内で発現することで蓄積する生合成中間体の解析を行いました。その結果、3,4-AHBAがメチル化、水酸化を受けて3-アミノ-2-ヒドロキシ-4-メトキシ安息香酸(3,2,4-AHMBA)が生成することが判明しました。

3,2,4-AHMBAのアミノ基がジアゾ基へと変換されることでクレメオマイシンが生成すると予想されました。遺伝子領域内に存在するcreDcreEがコードする酵素がこのジアゾ化に関与していることが予想されたので、これら酵素を解析しました。まず3,2,4-AHMBAを基質にCreEの酵素反応を行なったところ反応は進行しませんでした。そこでこの酵素反応の基質を探索したところ、アスパラギン酸を基質として受け入れることが判明しました。酵素反応生成物を解析したところ、アスパラギン酸のアミノ基(-NH3)がニトロ基(-NO2)へと酸化されたニトロコハク酸であることが明らかになりました。また、この反応系にCreDも加えて酵素反応を行なったところ、アスパラギン酸から亜硝酸が生成することが明らかになりました。亜硝酸は酸性条件下でアミノ基をジアゾ基へと変換することが知られています。実際に3,2,4-AHMBAと亜硝酸を酸性条件下で混合するとクレメオマイシンが生成しました。このことから、クレメオマイシンのジアゾ基の末端側窒素はCreEとCreDによって生成される亜硝酸に由来することが強く示唆されました。

以上のように、クレメオマイシン生合成経路の解析から、CreEとCreDという二種類の酵素によりアスパラギン酸から亜硝酸を生成する新規亜硝酸生合成経路を発見しました。これまで微生物の二次代謝に亜硝酸が関与することを示した例はなく、微生物が持つ多様な化合物生産能力に関して新たな知見を得ることができました。またデータベース上で探索すると、多くの放線菌がcreDcreEと類似した遺伝子を持つことがわかりました。また、そのほとんどがcreDcreEと同じようにゲノム上で隣り合って存在していました。このことから、亜硝酸がジアゾ基だけでなく、さまざまな二次代謝産物の生合成に関与していることが予想されます。今後はこれらの遺伝子を含む遺伝子群を解析することで、これまでに知られていなかった有用二次代謝産物やその生合成酵素の発見に繋がると思われます。

発表雑誌

雑誌名
「Nature Chemical Biology」
論文タイトル
A nitrous acid biosynthetic pathway for diazo group formation in bacteria
著者
Yoshinori Sugai, Yohei Katsuyama & Yasuo Ohnishi
DOI番号
10.1038/NCHEMBIO.1991
論文URL
http://www.nature.com/nchembio/journal/v12/n2/abs/nchembio.1991.html

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 醗酵学研究室
講師 勝山 陽平
Tel:03-5841-5124
Fax:03-5841-8021

教授 大西 康夫
Tel:03-5841-5123
Fax:03-5841-8021
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/hakko/

用語解説

注1 N-N結合
炭素原子どうしの結合をはじめとする様々な原子の結合により化合物は形成されている。このような原子間の結合のうち、窒素原子どうしが結合したものをN-N結合と呼ぶ。身近なN-N結合を有する化合物としてはアゾ染料がよく知られている。天然においては土壌や海など様々な環境からN-N結合を有する化合物が見つかっており、それらは多様な構造と生理活性を示す。
注2 放線菌
原核生物の一群で、その多くが放射状の菌糸形態を有することから名付けられた。生活環において様々な形態を示すことから、最も形態分化が進んだバクテリアとして知られている。ゲノムサイズが非常に大きく、生命維持に必須ではない二次代謝に関与する遺伝子も多く有している。放線菌由来の様々な二次代謝産物が、抗生物質、抗がん剤、免疫抑制剤として実用化されており、産業上でも重要な菌として知られている。
注3 ジアゾ化合物
窒素原子2つからなるジアゾ基(=N+=N-)を含む化合物の総称である。ジアゾ基が窒素分子として脱離しやすいため、ジアゾ化合物は一般的に不安定な化合物である。そのため天然からはジアゾ化合物の報告例は限られており、その生合成機構は不明だった。
注4 3-アミノ-4-ヒドロキシ安息香酸(3,4-AHBA)
アミノ基と水酸基をそれぞれ3位と4位に有する芳香族カルボン酸である。発表者の所属研究室において、わずか二種類の生合成酵素により生合成されることが明らかになっている(http://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/horinouti.html)。これはシキミ酸経路やポリケタイド合成酵素を介さずに芳香環を形成する非常にユニークな生合成経路である。
注5 亜硝酸
化学式HNO2で示される弱酸性化合物で、食品添加物としても利用されている。酸性条件下で一級アミンと反応しジアゾニウム塩を形成することがよく知られている。ジアゾニウム塩は反応性が高いため、様々な反応の中間体として利用されている。