発表者
郡司 芽久(東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 博士課程 日本学術振興会特別研究員(DC1))
遠藤 秀紀(東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 教授、東京大学総合研究博物館 教授)

発表のポイント

◆哺乳類の首は、見た目の長さに関わらず7個の頸椎(注1)からなるが、キリンでは、首の根元付近の筋肉・骨格の構造が変化することによって、第一胸椎(注2)が高い可動性をもち、全部で8個の背骨が首の運動に関与していることが明らかになった。

◆大人のキリンでは、長い首と足のおかげで「高いところの葉を食べる」ことができると同時に、8番目の「首の骨」によって約50cmも首の可動範囲が拡張されたことで、「低いところの水を飲む」こともできるようになっていることがわかった。

◆哺乳類の首の構造の多様性について、これまで知られていなかったパターンがあることがわかり、我々ヒトを含む哺乳類において、体の構造・形を決定づける仕組みの解明に役立つことが期待される。

発表概要

キリンは、非常に長く柔軟な首が特徴的な生き物である。しかし、キリンの首を構成する骨である「頸椎」の数は、我々ヒトと同じく7個である。これまでの研究では、キリンの首が動く時、胴体を構成する骨である「胸椎」は互いに固定され、頸椎だけが運動していると考えられてきた。
 東京大学農学生命科学研究科の郡司芽久大学院生と遠藤秀紀教授は、全国各地の動物園からキリンの遺体を引き取り、首・胴体部分の筋肉および骨格の構造を観察することで、本来胴体の一部であるはずの第一胸椎が、キリンでは「首の骨」としての運動機能をもつことを明らかにした(図1)。8番目の「首の骨」は主に首の柔軟性を高めるのに役立ち、大人のキリンでは、この特殊な背骨によって、首の可動範囲が約50cmも拡大されることがわかった。キリンが高いところの葉を食べ、低いところの水を飲めるのは、この8番目の「首の骨」の働きによるものであると推察された(図2)。
 これまで、どの哺乳類でも、首の骨格の基本構造は同じであると考えられてきた。しかし本研究成果によって、哺乳類の首の構造に未知のパターンがあることがわかり、我々ヒトを含む哺乳類全体における体の構造・形を決定づける仕組みの解明に貢献することが期待される。

発表内容

図1 キリンとオカピにおける、首の根元に位置する背骨の可動性。オカピでは、第一胸椎の可動範囲は極めて小さいが、キリンでは他の胸椎に比べて著しく大きい可動性を示している。(拡大画像↗)

図2 8番目の「首の骨」がキリンの行動に与える利点。成熟すると2mにもなる首の根元部分で可動性が増加することで、頭が届く範囲は約50cmも拡張される。第一胸椎の可動性が獲得されることによって、「高いところの葉を食べる」「低いところの水を飲む」というキリン特有の相反する要求を同時に満たすことが可能となった。(拡大画像↗)

四足動物がもつ「首」は、餌や飲み水に口を近づけたり、視野を広げたりする上で重要な役割を担っている。そのため、長く柔軟な首をもつ動物は、数多く存在する。鳥類や爬虫類では、首が長くなるのに応じて、首を構成する骨である「頸椎」の数が増えることも珍しくない。現在生息する鳥の仲間では、最大で25個の頸椎をもつ種が確認され、絶滅した爬虫類の仲間では、76個もの頸椎をもつ種が確認されている。

キリンは、長く柔軟な首をもつ代表的な生き物である。キリンの首は、哺乳類の中でも並外れて長いが、頸椎の数は我々ヒトと同じく7個である。ほとんどの哺乳類では、見た目の首の長さに関わらず、頸椎の数は7個に決まっている。そのため、キリンの頸椎はその一つ一つがとても長い。成熟したキリンでは、1個の頸椎の長さが30cmにも及ぶこともある。頸椎の数が7個であることは、哺乳類が共通してもつ体の基本構造であると考えられている。

これまでの研究では、どの哺乳類でも、他の背骨に比べて自由度の高い頸椎のみが首の動きに関与しているという考えが主流であった。つまり、ヒトでもキリンでも、首の動きに貢献する骨の数は7個で一定であると言われていた。しかし首は、関節数が多く複雑な動きをするため、動きのメカニズムについて未解明な部分が多く、キリンの首の柔軟性がどうやって達成されているかはよくわかっていなかった。

今回、東京大学農学生命科学研究科の郡司芽久大学院生と遠藤秀紀教授は、キリンの首の根元の筋肉・骨格の構造は非常に特殊化していて、本来胴体の一部である第一胸椎が、8番目の「首の骨」として運動していることを突き止めた。

郡司大学院生と遠藤教授は、全国各地の動物園からキリンの遺体を引き取り、キリンの首・胴体部分の筋肉および骨格の構造を詳細に観察、記載した。また、キリンに近縁で首の短いオカピにおいても、筋肉と骨格の観察を行い、キリンの構造と比較を行った。その結果、キリンでは、第一胸椎の左右に関節する肋骨(注3)の付着位置が変化し、オカピに比べて第一胸椎の運動を妨げにくい構造になっていることがわかった。更に、キリンでは、首の根元を引き下げる「頸長筋」という筋肉の付着位置が変化し、第一胸椎をも動かすことができるような筋肉構造になっていることがわかった。また、キリンとオカピの首を人為的に動かす実験を行ったところ、キリンの第一胸椎が、他の胸椎に比べて高い可動性をもつことが証明された(図1)。

これらの結果をまとめると、キリンでは、本来胴体の一部である第一胸椎周囲の構造が変化することで、第一胸椎が高い可動性をもち、首の運動に関与する「首の骨」として機能していると結論づけられる。

過去の研究では、首の運動に関与するのは頸椎のみであるという考え方が主流であり、哺乳類の頸椎数は7個に安定しているため、キリンの柔軟な首は各頸椎の可動性の増加によってもたらされると考えられてきた。本研究は、キリンでは第一胸椎を含んだ8個の背骨が首の柔軟性に貢献していることを証明し、哺乳類の首の構造・運動機能について新しい見解をもたらした。

キリンの長い首・長い四肢は、高いところにある葉を食べるのに非常に役に立つ一方で、地面まで頭を下げて水を飲む際は不利に働く。高い可動性をもつ第一胸椎は、首の動きの支点として働き、首の可動範囲を効果的に広げることに貢献していることが示唆された。本研究で得られたデータからは、大人のキリンでは、8番目の「首の骨」によって約50cmも首の可動範囲が拡張されることが推察された。この特殊な首の骨の獲得は、「高いところの葉を食べる」「低いところの水を飲む」というキリン特有の相反する要求を同時に満たすことを可能にしたと考えられる(図2)。

これまで、どの哺乳類でも、首の骨格の基本構造は同じであると考えられてきた。しかし本研究成果によって、哺乳類の首の構造に未知のパターンがあることがわかり、我々ヒトを含む哺乳類全体における体の構造・形を決定づける仕組みの解明に貢献することが期待される。

発表雑誌

雑誌名
「Royal Society Open Science」
論文タイトル
Functional cervicothoracic boundary modified by anatomical shifts in the neck of giraffe (キリンの首における解剖学的構造の“ずれ”によって変化した、機能的な頸部—胸部の境界)
著者
Megu Gunji*, Hideki Endo
DOI番号
10.1098/rsos.150604
論文URL
http://dx.doi.org/10.1098/rsos.150604

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 遺体科学研究室
博士課程 郡司 芽久(グンジ メグ)
Tel:03-5841-2484
研究室URL:http://www.um.u-tokyo.ac.jp/endo/index.html

用語解説

注1 頸椎
背骨のうち、主に首を構成するものを指す。肋骨が関節していないため、比較的自由に動くことが可能だと考えられている。
注2 胸椎
背骨のうち、主に胸部を構成するものを指す。左右に肋骨が関節するのが特徴で、他の背骨に比べて可動性が著しく低いことが知られる。
注3 肋骨
背骨の左右に関節する細長い骨で、胸椎と共に胸郭を形成する。