発表者
中村 顕(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教)
廣田 憲之(国立研究開発法人 物質・材料研究機構 主任研究員)
和田 仁(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任教授/
       国立研究開発法人 物質・材料研究機構 特別研究員:研究当時)
田之倉 優(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

◆超伝導磁石による擬似的微小重力環境を利用して、高品質なタンパク質結晶をつくりだす実験システムを開発しました。

◆本システムにより、一度に200を超える試料の結晶生成実験を行うことができ、その結晶成長の様子をリアルタイムに観察できるため効率的な実験が可能です。

◆高品質な結晶を高効率に取得できることから、構造生物学(注1)のアプローチによる基礎研究や医薬品・産業用酵素開発などの応用研究に有効な研究ツールとなります。

発表概要

生物にとって重要なタンパク質の機能を深く理解し、新しい医薬品や酵素などの開発へと繋げていくために、タンパク質の立体構造情報は非常に重要です。しかし、精密な立体構造を決定するために必要な高品質のタンパク質結晶をつくるには、数千にも及ぶ実験条件で試行錯誤しなければならないのが現状です。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の田之倉優教授らの研究グループは、国立研究開発法人物質・材料研究機構、株式会社清原光学、味の素株式会社、京都大学と共同で、超伝導磁石の強力な磁場による擬似的な微小重力環境を利用し、高品質タンパク質結晶を高効率に生成するシステムを開発しました。
 本システムでは、一度に多数の試料溶液をセットし、結晶成長の様子をリアルタイムに観察できるため、結晶の有無を確認するために実験を中断して試料を取り出す必要がなく、効率の良い実験が可能です。また、本システムを用いて生成したタンパク質結晶を通常の方法で生成した結晶と比較したところ、品質が高いだけでなく、品質のバラつきも小さいことが明らかになりました。今回開発したシステムは、構造生物学の有力な研究ツールになると期待されます。

発表内容

図1 擬似微小重力条件
重力と同じ強さの磁気力を上向きに作用させると、水のような反磁性体物質を宙に浮かせることができます。(拡大画像↗)

図2 開発した高効率・高品位タンパク質結晶生成システム
結晶化溶液をドーナツ型の結晶化プレートに彫られた結晶化ドロップウェル中に入れます。
観察装置は結晶化プレートの内側に位置しており、内周壁から結晶成長の様子を観察します。観察装置には上下移動、水平回転、焦点調節の機構が備わっており、すべての結晶化ドロップウェルを順番に観察できます。
また、このシステムはNMR(核磁気共鳴分光法)やMRI(核磁気共鳴画像法)の装置と同じように永久電流運転されるので、電力消費なしに一定の磁場を長時間発生させることができます。(拡大画像↗)

図3 タンパク質分解酵素の結晶化の様子
(A)対照実験。
(B)磁気力を用いた擬似微小重力実験の結果(磁場の向きは画面奥から手前)。
(C)擬似微小重力環境におけるその場観察結果(磁場の向きは下から上)。スケールバーは200 μm(マイクロメートル)。(拡大画像↗)

タンパク質は多種多様な3次元構造をとっており、タンパク質の構造と機能は強く関係しています。タンパク質の機能を探究する上で、立体構造を精密に決めるには、目的のタンパク質を結晶化し、X線を照射して『結晶構造解析』(注2)するのが一般的です。しかし、タンパク質の結晶を得るための画一的な手法はなく、結晶化の条件はタンパク質によって異なります。また、運良く結晶化条件が見つかったとしても、より精密な構造解析をするために欠陥の少ない高品質なタンパク質の結晶を得ようとすると、さらに試行錯誤しなければなりません。すなわち、結晶化に使用する溶液の組成、結晶化を行う温度環境など、さまざまな条件を検討する必要があり、結局は数千〜数万もの条件をしらみつぶしに調べることになります。

一方、宇宙の微小重力環境では、高品質結晶が得られることが知られています。地上では重力によってタンパク質結晶をつくるための溶液中に対流が生じ、結晶成長が乱されますが、宇宙では重力による対流がないので、試料溶液中の分子の自由な拡散によって結晶が成長し、構造に欠陥が入りにくいためと考えられます。宇宙環境を利用して高品質なタンパク質結晶をつくるというのは素晴らしいアイデアですが、現実的には利用の機会が限られます。そこで、地上で微小重力環境を実現する手段として、超伝導磁石の強力な磁場で重力を打ち消す方法が考案されました。水滴を宙に浮かせるほど大きな上向きの磁気力を発生させると、擬似的な微小重力条件(磁気浮揚条件)が実現します(図1)。この方法で結晶化溶液中の対流が抑えられることは計算機シミュレーションでも確認されました。しかし、これまでは実際に結晶が生成したことを確認するため、結晶化溶液を磁場中から取り出す必要がありました。その結果、結晶が生成する前や成長の途中で取り出してしまうと、せっかくの理想的な環境が乱されるという致命的な問題がありました。

東京大学大学院農学生命科学研究科の田之倉優教授らの研究グループは、物質・材料研究機構、清原光学、味の素、京都大学とともに、高品質なタンパク質の結晶を効率的に取得するための『高効率・高品位タンパク質結晶生成システム』を開発しました(図2)。本システムでは、上述の磁気力を用いた微小重力環境(超伝導磁石)にその場(in situ)観察が可能な顕微鏡装置を組み込んでいます。結晶化には本システム専用に開発したプレートを使用し、同時に200を超える条件での結晶化実験を行うことができます。すべての結晶化溶液のその場観察ができるため、結晶化プレートを微小重力環境から取り出さなくても結晶生成の様子を確認することが可能です。したがって、結晶がいつ、どこから、どのように生成して、いつ結晶成長が終わったかを知ることができます。また、採用した結晶化条件が適当であったかどうかを早期に判断することも可能です。

本研究では、二種類のタンパク質(蛍光タンパク質とタンパク質分解酵素)の結晶成長を観察しました。まず、どちらの結晶も、一般的な方法でつくった同じタンパク質の結晶(対照実験)とは異なる成長パターンを示しました。これはタンパク質分子および結晶の「磁場配向」(注3)と呼ばれる現象です。特に、タンパク質分解酵素の柱状結晶は、通常では水平方向に成長するのですが、本システムを用いると垂直に成長するとともに太い結晶が生成されました(図3)。次に、X線回折実験により、対照実験の結晶と比較すると、本システムで得られた結晶の方が高品質であり、さらに、品質のバラつきが小さいことも分かりました。また、立体構造モデルをより精密に構築することもできました。この時、アミノ酸残基の側鎖を含めた構造上の違いはほとんどなかったことから、本システムの擬似微小重力環境はタンパク質の立体構造ではなく結晶成長に影響を与えることで結晶品質を向上させていると考えられます。

本システムは、結晶の品質改善が特に求められる膜タンパク質や超分子複合体などの高難度タンパク質をターゲットにする場合や、均質な結晶を数多く必要とする場合(例えば、結晶構造解析での位相問題を解決するための同型置換法や、近年実用化が進むX線自由電子レーザーを用いる結晶構造解析など)に威力を発揮すると期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム「高効率・高品位タンパク質結晶生成システムの開発」(チームリーダー 和田 仁)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「Scientific Reports」
論文タイトル
In-situ and real-time growth observation of high-quality protein crystals under quasi-microgravity on earth
(地上での擬似微小重力下における高品質タンパク質結晶成長のリアルタイム観察)
著者
Akira Nakamura, Jun Ohtsuka, Tatsuki Kashiwagi, Nobutaka Numoto, Noriyuki Hirota, Takahiro Ode, Hidehiko Okada, Koji Nagata, Motosuke Kiyohara, Ei-ichiro Suzuki, Akiko Kita, Hitoshi Wada, and Masaru Tanokura*
DOI番号
10.1038/srep22127
論文URL
http://www.nature.com/articles/srep22127

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生物構造学研究室
教授 田之倉 優(たのくら まさる)
Tel:03-5841-5165
Fax:03-5841-8023
研究室URL:http://fesb.ch.a.u-tokyo.ac.jp/

用語解説

注1 構造生物学
タンパク質などの生体高分子の立体構造を決めて、その構造と機能との関係を明らかにする学術分野。構造決定には、結晶構造解析や核磁気共鳴(NMR)スペクトル解析などが用いられます。
注2 結晶構造解析
立体構造を調べたい分子の高純度試料を準備し、結晶をつくります。その結晶に対してX線などを照射することで、結晶を構成する分子の構造情報を含んだ回折像を得ることができます。この回折像のデータを解析することで、目的分子の三次元構造を決めることができます。
注3 磁場配向
分子や結晶が周りの磁場の影響を受けて、特定の方向を向くこと。タンパク質では、アミノ酸どうしの連結部であるペプチド結合が含まれる面が磁場と平行になろうとするため、αヘリックスやβシートといった二次構造が特定の向きに揃っている場合に磁場配向しやすいと考えられます。この他、ベンゼン環を含む平面も周りの磁場と平行になろうとします。また、結晶の形に依存して磁場配向が引き起こされる場合もあります。