発表者
Hem R. Thapa (テキサスA&M大学 生化学/生物物理学科 博士課程)
Mandar T. Naik (テキサスA&M大学 生化学/生物物理学科 博士研究員)
岡田 茂(東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 准教授)
高田 健太郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 助教)
István Molnár(アリゾナ大学 准教授)
Yuquan Xu(アリゾナ大学 博士研究員)
Timothy P. Devarenne(テキサスA&M大学 生化学/生物物理学科 准教授)

発表のポイント

◆バイオ燃料源として期待される微細緑藻Botryococcu brauniiのL品種から、リコパジエンという炭化水素の生合成に関わる新規酵素を特定した。

◆今まで全く不明だった、リコパジエンの生合成メカニズムの一端が明らかになった。

◆本研究により、効率の良いバイオ燃料生産技術の開発に繋がることが期待される。

発表概要

微細藻類の中には、光合成で固定した二酸化炭素を、多量の油に変換して蓄積するため、再生産可能な燃料源として注目されている種類があります。しかしながら、その油の生産機構は不明な点も多く、商業的燃料生産にはいたっていません。東京大学大学院農学生命科学研究科の岡田 茂 准教授らは、米国テキサスA&M大学およびアリゾナ大学との共同研究により、バイオ燃料源として有望視されている微細藻類の一種Botryococcus braunii(以下、B. braunii)のL品種から、油の生産に関わる新しい酵素遺伝子の特定に成功しました。B. brauniiには、生産する油のタイプによってA、BおよびLの3品種があり、L品種はリコパジエンと呼ばれる炭素数40の炭化水素を生産します。L品種の炭化水素含量は、乾燥藻体重量の数%程度であり、B. brauniiのAおよびB品種に比べると低いのですが、それでも一般的な微細藻類の炭化水素含量よりも高く、かつ、リコパジエンは枝分かれした分子構造をしているため、燃料源として魅力的です。B品種における炭化水素生合成酵素遺伝子は過去に特定されていますが、L品種の炭化水素生合成機構は全く分かっていませんでした。本研究によりリコパジエンは、炭素数30のスクアレンという炭化水素を生産する酵素と非常に良く似た酵素により作られることが分かりました。今回得られたリコパジエン生合成に関わる酵素の情報は、効率の良いバイオ燃料生産技術の開発に非常に役立つことが期待されます。
 本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」研究領域(研究総括:松永 是 東京農工大学 学長)における研究課題「微細緑藻Botryococcus brauniiの炭化水素生産・分泌機構の解明と制御(研究代表者:岡田 茂)」の一環として行われました。

発表内容

図1 Botryococcus brauniiL品種の蛍光顕微鏡写真
脂溶性化合物と親和性のある色素(ナイルレッド)で染色しているため、炭化水素やその重合物が存在する細胞外マトリクス部、および細胞内の油滴が緑色に見える。赤く見える部分は葉緑体に含まれるクロロフィルの自家蛍光によるもの。(拡大画像↗)

図2 B. braunii 3品種が生産する炭化水素の平面構造(拡大画像↗)

図3 リコパジエンの生合成経路
ゲラニルゲラニルニリン酸を基質とする経路A(実線矢印)とフィチルニリン酸を基質とする経路B(点線矢印)が考えられたが、今回の研究により、経路Aによることが確かめられ、太い矢印で示された反応を行う酵素(リコパオクタエン合成酵素=LOS)が特定された。(拡大画像↗)

図4 リコパオクタエン合成酵素が生産する複数の炭化水素
リコパオクタエン合成酵素は、炭素数20の基質(GGPP)と炭素数15の基質(FPP)を用いて炭化水素を生産することができる。(拡大画像↗)

B. brauniiは世界各地の淡水に住む単細胞性の微細緑藻で、個々の細胞を細胞外マトリクスによりつなぎ止めて群体を形成します(図1)。この微細藻は光合成により固定した炭素を、液状炭化水素に変換して蓄積します。その炭化水素含量は、株によっては乾燥重量の数十%にも達することから、燃やしても大気中の二酸化炭素量を増加させない、再生産可能な代替燃料としての利用が期待されています。本藻種には、生産する炭化水素のタイプが異なる、A、BおよびLの3品種があります。A品種は直鎖状アルケン類を、B品種はボツリオコッセン類およびメチルスクアレン類というトリテルペン(注1)系炭化水素を、L品種はリコパジエンというテトラテルペン系炭化水素を生産します(図2)。これらの炭化水素は細胞内で生産された後、細胞外に分泌され、細胞外マトリクス部に蓄積されます。一度細胞外に分泌された炭化水素が藻の細胞内に再び取り込まれ、例えば栄養源として利用されるといった現象は確認されていません。さらに炭化水素という点では共通しているものの、同一種とされる本藻が、品種の違いにより全く異なる化合物を蓄積する点も不思議であり、本藻種における炭化水素の存在意義はいまだ謎です。

本藻種が生産する炭化水素の内、B品種が生産するトリテルペン系炭化水素については、その生合成酵素が特定されています(Niehaus et al. 2011)。それに対し、L品種におけるリコパジエン生合成機構の詳細は不明でした。リコパジエンは炭素数40で、分子内に2つの二重結合を有する対称形をしています。この構造から炭素数20で二重結合を4つ有するゲラニルゲラニル二リン酸(geranylgeranyl pyrophosphate=GGPP)が2分子縮合して、まず二重結合を8つ有するリコパオクタエンが作られ、その後、段階的に二重結合が還元されて最終的にリコパジエンまで変換される(図3、経路A)のか、炭素数20で二重結合を1つだけ有する、フィチル二リン酸(phytyl pyrophosphate=PPP)が2分子縮合して、直接リコパジエンが作られる(図3経路B)のかが分かりませんでした(図3)。そこでL品種の炭化水素組成を精査したところ、主成分であるリコパジエンの他にも、炭素数40で二重結合を6、5、4あるいは3個有する生合成中間体と考えられる炭化水素も、微量成分として存在することが分かり、リコパジエンは経路Aにより生成することが示されました。放射性同位体で標識したゲラニルゲラニオールを、培養中のL品種に取り込ませると、上記中間体に加えて、放射性のリコパジエンが生成することも、経路Aの正しさを支持しました。またL品種の藻体粗抽出物を、放射性同位体で標識したGGPP、あるいはPPPとともに混ぜて放置すると、GGPPからは効率良く放射性リコパオクタエンが生成されましたが、PPPからの放射性リコパジエンの生成は、殆ど検出できませんでした。次にGGPPを基質としてリコパオクタエンを生成する酵素を特定するために、L品種のトランスクリプトーム解析(注2)を行ったところ、スクアレン合成酵素(squalene synthase=SS)に似た酵素遺伝子が2種類発現していました。そこでこれらの遺伝子を大腸菌で発現させ、得られたリコンビナントタンパク質(注3)の酵素活性を調べると、一方は炭素数15のファルネシル二リン酸から炭素数30の炭化水素であるスクアレンを生じるSSでしたが、もう一方はGGPPからリコパオクタエンを生産するリコパオクタエン合成酵素(lyocopaoctaene synthase=LOS)でした。興味深いことにLOSは、本来の基質と考えられるGGPPだけでなく、スクアレンの前駆体であるファルネシル二リン酸(farnesyl pyrophosphate=FPP)も基質とすることができ、FPPのみが存在する時はスクアレンを、GGPPとFPPの両者が存在する時はスクアレンとリコパオクタエンに加えて、炭素数35の「ハイブリッド型」の炭化水素も生産しました(図4)。この基質特異性の低い酵素反応は、試験管内での実験系のみならず、藻体内でも起きていることが、炭素数35の炭化水素が藻体内に少量存在している事からも示されました。今回の研究により、B. brauniiのL品種がリコパジエンを生産するメカニズムの重要なステップが明らかにできたことから、今後、さらに研究を進めることにより、L品種における炭化水素生合成の全体像を解明できることが期待されます。

B. brauniiのB品種に続き、L品種の炭化水素生合成に関わる酵素遺伝子を特定できたことで、本藻種が「何故テルペン系炭化水素を作るのか?」という問いに対する答えを見つける手がかりが得られました。本藻種が炭化水素を必要とする理由の解明と炭化水素合成に適した培養方法の開発等により、本藻種からの代替燃料生産への貢献が期待できます。

発表雑誌

雑誌名
「Nature Communications」
論文タイトル
A squalene synthase-like enzyme initiates production of tetraterpenoid hydrocarbons in Botryococcus braunii Race L
著者
Hem R. Thapa, Mandar T. Naik1, Shigeru Okada*, Kentaro Takada, István Molnár, Yuquan Xu, Timothy P. Devarenne*
DOI番号
10.1038/ncomms11198
論文URL
 

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准教授 岡田 茂(オカダ シゲル)
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Tel:03-5841-5484/8179
E-mail:koho@ofc.a.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 トリテルペン
テルペンはテルペノイド、イソプレノイドとも呼ばれ、炭素数5のイソプレンを構成単位とする一群の天然有機化合物の総称。このうちトリテルペンは6個のイソプレン単位、すなわち炭素数30の基本骨格、テトラテルペンは8個のイソプレン単位、すなわち炭素数40の基本骨格を持つものを指す。
注2 トランスクリプトーム解析
ゲノムDNA上に記録されている遺伝子情報の内、ある状態の細胞においてメッセンジャーRNAとして発現しているものにつき、網羅的にそれらの塩基配列および存在量を調べること。
注3 リコンビナントタンパク質
あるタンパク質をコードしている遺伝子を、人為的に細胞内(大腸菌、酵母等の単細胞生物や、動植物の細胞)に導入し、発現させることにより得られるタンパク質のこと。