発表者
津釜 大侑(北海道大学大学院農学研究院 助教、研究開始当時 日本学術振興会特別研究員(PD)
       (本研究科 生産・環境生物学専攻))
柳 参奎(中国東北林業大学 教授)
高野 哲夫(東京大学アジア生物資源環境研究センター 教授)

発表のポイント

◆植物が接触を感知しそれに応答することは知られているが、そのメカニズムには不明な点が多い。

◆モデル植物・シロイヌナズナの根の接触感知にVIP1というタンパク質が関わることを明らかにした。

◆作物など他種植物の環境適応性や生産性を制御する上でも本研究で得られた知見は有用である可能性がある。

発表概要

植物は接触を感知し、それに応じて体内環境や形態を変化させることが知られていましたが、これに関わる遺伝子・タンパク質は多くは見出されていません。発表者らは過去に、モデル植物・シロイヌナズナ(植物にはたくさんの種がありますが、その中の代表として研究される種)のタンパク質の一つであるVIP1が接触刺激に応じてその細胞内存在部位を変化させることを見出していました。
 シロイヌナズナの根は物体に接触するとそれを避けるように屈曲します。本研究では、遺伝子工学的な手法によりVIP1の機能を人為的に攪乱しました。すると、接触に応じた根の屈曲の程度が著しく大きくなりました。根の屈曲には植物ホルモン(微量で植物の代謝・形態に大きな変化をもたらす物質)の一つであるオーキシンが関わることが知られており、その分布について調べたところ、VIP1の機能の攪乱により根端付近でのオーキシン分布が異常となることが明らかになりました。このようなことから、VIP1は根が過度に屈曲するのを抑制する働きを持つという可能性が示唆されました。
 本研究は、植物の接触感知のメカニズムについて新たな知見を提供するものであり、そのような知見は、植物の環境適応性ひいては生産性を制御することに有用である可能性があります。

発表内容

図1 傾けた硬い固形培地上でシロイヌナズナを育てると接触屈性と重力屈性(重力・下方向)により根が波打って成長する。(拡大画像↗)

図2 VIP1-SRDXoxの根の波打ちの程度は野生型のそれよりも著しく大きい。(拡大画像↗)

図3 VIP1-SRDXoxの根端におけるオーキシン分布は野生型のそれとは異なる。左側のパネルはオーキシンマーカーであるDR5rev::GFPのシグナルを、右側のパネルは明視野像を示す。(拡大画像↗)

植物は接触を感知し、それに応じて体内環境や形態を変化させます。例えば、時々撫でるなど接触刺激を与えながら植物を育てると、刺激を与えない場合よりも地上部の大きさは小さくなることがあります。また、モデル植物・シロイヌナズナの根は、物体に触れるとそれを避けるように屈曲します(接触屈性)。このような現象に関わる遺伝子・タンパク質は多くは見出されておらず、こと接触感知に直接的に関わる可能性のあるものは、数種類の候補が挙げられているというところにとどまっています。発表者らは過去に、シロイヌナズナのVIP1という転写因子(他の遺伝子産物の量を調節するタンパク質)が、低浸透圧刺激に応じて細胞内存在部位を細胞質から核へと変化させることを見出していました。他のグループの先行研究により、低浸透圧刺激により引き起こされる細胞内の変化の一部は接触刺激により引き起こされる変化と似ているということが示唆されていました。このようなことから発表者らは、接触刺激への植物の応答にVIP1が関与するのではないかと考えました。

シロイヌナズナにおいてはVIP1とよく似たタンパク質が10程度存在します。これらは互いに機能を補完しあうと考えられ、このような場合その生理機能の解析は困難です。本研究では、先行研究に基づき、SRDXという転写抑制ドメイン(転写因子による遺伝子産物の量の調節を攪乱する機能を持つタンパク質の構造単位)を利用してVIP1の生理機能を解析しました。すなわち、SRDXと融合した形のVIP1を過剰発現する形質転換シロイヌナズナ(VIP1-SRDXox)を作出し、それを斜めにした寒天培地上で成育させることで、根の接触屈性を調べました(図1)。これにおいて、VIP1-SRDXoxの根の波打ちの程度は野生型のそれよりも著しく大きく、このことから、VIP1は接触屈性の過度な発現を抑制する働きを持つことが示唆されました(図2)。

オーキシンは細胞分裂と細胞伸長を制御する植物ホルモンであり、多くの場合に根端付近でのオーキシン分布が変化することで根が屈曲するということが知られています。先行研究により、オーキシンの分布を可視化するためのマーカーとしてDR5rev::GFPというものが開発されており、これを利用してVIP1-SRDXoxにおける根端付近のオーキシン分布を調べたところ、野生型のそれとは異なり、根端中心部から外側にオーキシンの分布範囲が広がっていることが明らかになりました(図3)。また、外からオーキシンを与えるとVIP1-SRDXoxの根の波打ちは軽減されました。VIP1-SRDXoxは根冠(根端最外層で根端内部を保護する細胞群)の構造にも異常を持ち、これがオーキシン分布に影響を与える可能性もありますが、いずれにせよVIP1を介した接触屈性の制御にはオーキシンが関与することが示唆されました。

本研究により、VIP1が接触屈性に関与するという考えが支持されました。細胞が接触刺激を受けた際にVIP1のような挙動を示す植物タンパク質は、上述の約10のVIP1様のタンパク質を除いては見出されていません。これらについて研究を進めることで、植物の接触感知のメカニズムについて新たな知見が得られることが期待されます。そのような知見は、植物の成育の可塑性、環境適応性、生産性などを制御する上でも有用であると考えられます。

本研究は、日本学術振興会科研費(特別研究員奨励費25-7247)による支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「Plant Physiology」
論文タイトル
The bZIP protein VIP1 is involved in touch responses in Arabidopsis roots
著者
Daisuke Tsugama, Shenkui Liu, Tetsuo Takano
DOI番号
10.1104/pp.16.00256
論文URL
http://www.plantphysiol.org/content/early/2016/04/06/pp.16.00256

問い合わせ先

北海道大学大学院農学研究院 作物生理学研究室
助教 津釜 大侑
Tel:011-706-2471
Email:tsugama@res.agr.hokudai.ac.jp
研究室URL:http://www.agr.hokudai.ac.jp/botagr/sakusei/

東京大学アジア生物資源環境研究センター
教授 高野 哲夫
Tel & Fax:042-463-1618
Email:takano@anesc.u-tokyo.ac.jp