◆大豆たんぱく質の約20%を占めるβコングリシニンをタンパク質源とする高脂肪食をマウスに1回投与した所、血液中のホルモン様因子FGF21(注1)濃度が劇的に上昇する事を明らかにしました。
◆摂食6時間後の肝臓での遺伝子発現をDNAマイクロアレイ解析すると、FGF21を含む転写因子ATF4(注2)の応答遺伝子の発現上昇が確認されました。
◆4週間、9週間の投与実験では、血中FGF21濃度上昇、体重増加抑制、脂肪組織重量減少、血糖値低下、肝臓脂肪量減少など、FGF21作用に起因する現象が確認されました。
大豆たんぱく質をタンパク質源とするエサを投与すると、複数の代謝改善効果が認められます。その主たる作用を担っている成分として、大豆たんぱく質の約20%を占めるβコングリシニンの機能が解析されてきました。抗肥満、脂質・糖代謝改善効果など生活習慣病予防に資する作用を持つ事より、βコングリシニンの有効活用が期待されています。
東京大学大学院農学生命科学研究科 佐藤隆一郎教授の研究グループは、βコングリシニンの代謝改善効果を担う生体側の因子としてFGF21を見出しました。通常、エサに含まれる成分の作用は週単位の長期投与実験を行い検出されます。しかしこのような効果は、毎日の微小な作用の積み重ねであることから、単回投与で摂食6時間後に肝臓での遺伝子発現を網羅的解析することにより、その作用点の追跡を試みました。その結果、通常、摂食後に遺伝子発現が激減するFGF21が、βコングリシニンを摂取すると摂食前より増加すると言う驚くべき応答を見出しました。FGF21は脂肪組織に働き脂肪分解を促すなど、複数の代謝改善効果が知られているホルモン様因子であり、この因子を上昇させる事は生活習慣病予防、軽減に直結する事が期待されます。
本研究成果は、抗肥満、代謝改善効果を介して生活習慣病予防に資する機能性食品素材としてのβコングリシニンの有用性を分子レベルで示すものと言えます。
図1 本研究成果の概要
βコングリシニンをタンパク質源とするエサを絶食後6時間摂取したマウスの肝臓を用い、網羅的な遺伝子発現変動を解析した所、FGF21の顕著な上昇を見出しました。それ以外にも、転写因子ATF4の応答遺伝子の上昇が多く認められました。肝臓細胞におけるATF4活性化には、摂食直後の門脈血液中のMet濃度が重要で、βコングリシニンにMetを添加したエサではFGF21上昇は認められませんでした。食後のFGF21血中濃度上昇が、長期投与における抗肥満、代謝改善効果の多くを説明できる事が本研究により明らかになりました。(拡大画像↗)
タンパク質源として乳タンパク質のカゼイン、大豆たんぱく質のβコングリシニンをそれぞれ20%含む高脂肪食をマウスに9週間投与する長期実験を行いました(図)。その結果、βコングリシニン食で体重増加の有意な抑制、複数の脂肪組織重量減少、肝臓トリグリセリド量減少、血糖値、血中インスリン濃度の低下などの抗肥満、代謝改善効果が確認されました。このような生理作用は摂食直後から生じると想定し、絶食後に上記のエサを単回投与し、6時間後に肝臓よりRNAを回収し、肝臓における遺伝子発現変動をDNAマイクロアレイ解析に供しました。カゼイン食に比べてβコングリシニン食で最も遺伝子発現の上昇が見られたのがFGF21でした。FGF21は主に肝臓で合成される分泌タンパク質で、血中FGF21濃度も有意に上昇していました。FGF21は絶食で上昇し、摂食により減少することが知られている遺伝子で、カゼイン食摂取により減少するものの、βコングリシニン食摂取では絶食時よりも上昇するという驚くべき結果でした。そこでFGF21欠損マウスにβコングリシニン含有高脂肪食を投与すると、正常マウスで見られた抗肥満、代謝改善効果は弱まり、βコングリシニン食の代謝改善効果の多くはFGF21を介したものである事が確認されました。FGF21の他にβコングリシニン食で上昇が確認された遺伝子は、複数のアミノ酸代謝関連遺伝子で、これらはいずれも転写因子ATF4の応答遺伝子でした。転写因子ATF4は必須アミノ酸を欠乏させたエサや、低タンパク質食により発現が上昇し、応答遺伝子のFGF21を介して脂肪組織で脂肪分解を促進させエネルギー源を獲得したり、アミノ酸取込み、合成を促進して低栄養状態を改善する働きを持ちます。つまりβコングリシニン食を摂取すると、一時的に低栄養状態を模倣する状況を体内に再現することがわかりました。ATF4分子の一部を欠落させATF4応答遺伝子の発現を抑制するドミナントネガティブ型の変異ATF4をアデノウイルスを用いてマウスに発現させたのちにβコングリシニン食を投与すると、FGF21発現上昇は顕著に減少し、βコングリシニン→ATF4活性化→FGF21発現上昇の経路が確認されました。
上述したようにATF4は必須アミノ酸欠乏で上昇することから、βコングリシニンのアミノ酸組成に着目しました。実際、βコングリシニンは必須アミノ酸メチオニン(Met)の含量がやや低い傾向があります。そこでβコングリシニンの構成アミノ酸を混合したアミノ酸含有高脂肪食を作成し、同様の実験を行いました。その結果、βコングリシニン食で確認された作用はアミノ酸混合食では再現されないことがわかりました。一方、βコングリシニンにMetを添加しカゼインと同程度のMet含量にさせたMet添加βコングリシニン食では、FGF21遺伝子発現、血中濃度上昇が完全にキャンセルされました。実際、βコングリシニン食を摂取した1時間、2時間後の門脈血液中のMet濃度はカゼイン食摂取後に比べて有意に低いことも確認されました。この時の血中アミノ酸濃度の培地を調製してマウス初代培養肝細胞を培養すると、βコングリシニン食摂取直後のアミノ酸濃度で肝細胞内FGF21発現が上昇することを確認しました。以上の結果は、βコングリシニン食摂取直後に一時的に血液中のMetバランスが低下し、これをセンシングする機構を肝細胞が有していることを意味します。このような微妙なアミノ酸バランスを感知しうるシステムの分子機構を更に明らかにする必要があります。同時にマウスは摂食直後の門脈血液中のアミノ酸バランスをセンシングする機構により、ホルモン様活性を示すFGF21発現、分泌を調節していることが明らかになりました。このようなセンシング機構はヒトにも存在することが想定され、摂取タンパク質の種類、質をコントロールすることにより、代謝改善効果を有するFGF21活性を活用し、抗肥満、代謝改善効果を生み出すことが期待されます。βコングリシニンはそのような機能を秘めた新規機能性タンパク質とみなすことが出来ます。
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生化学分野
教授 佐藤 隆一郎
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