◆本研究は食糧生産に被害を及ぼす根寄生植物(注1)ストライガの発芽誘導に関わるKAI2タンパク質ShKAI2iBが、他のファミリータンパク質とは異なり、植物の発芽誘導物質のうちでカリキン(KAR)を選択的に結合することを明らかにしました。
◆ShKAI2iBのX線結晶構造解析によりKARの結合様式を明らかにし、KARに対するリガンド(注2)選択性の構造基盤を明らかにしました。
◆本成果は、ストライガKAI2タンパク質が発芽誘導物質を選択的に結合する機構の一端を明らかにしたもので、根寄生植物の発芽誘導機構の理解やストライガの発芽を制御する化合物の設計などに役立つことが期待されます。
Striga属寄生植物(ストライガ)は、宿主とする植物の根から分泌されたストリゴラクトン(SL、注3)を感知することにより種子を発芽させます。モデル植物のシロイヌナズナにおいて煙物質のカリキン(KAR、注4)を受容して種子発芽を誘導するKARRIKIN INSENSITIVE2(KAI2)のオーソログが、ストライガの発芽誘導物質の受容体であることが報告されています。ストライガには複数のKAI2タンパク質が存在しますが、SLまたはKARに対する応答性は異なります。これまで、ストライガにおけるKAI2タンパク質がSLまたはKARを選択的に認識する機構は不明でした。
東京大学大学院農学生命科学研究科の田之倉優教授の研究グループと浅見忠男教授の研究グループによる共同チームは、分子間相互作用解析によりストライガのKAI2タンパク質の一つであるShKAI2iBがKARを選択的に結合することを明らかにし、KARとの複合体構造をX線結晶構造解析法(注5)により決定しました。これにより、KARに対するリガンド選択性を規定しているShKAI2iBの構造基盤を明らかにし、ストライガのKAI2タンパク質の多様性を分子レベルで説明しました。本研究のようなKAI2オーソログと発芽誘導物質の結合様式に関する理解は、甚大な農業被害を与えている根寄生植物の発芽を制御する化合物の設計などに役立つことが期待されます。
図1 KARが結合したShKAI2iBの結晶構造
ShKAI2iBは分子内部のリガンド結合ポケットにカリキン(KAR)を結合していました。KARは疎水性残基(F26, F124, F134, L142, F157, F190, I193, F194, H246等)が密集した空間に結合し、セリン残基(S95)と水分子(W)を介して水素結合(破線)を形成していました。(拡大画像↗)
「魔女の雑草」と呼ばれるストライガは、サハラ以南のアフリカに広く生息しており、ソルガム、トウモロコシ、イネなどの食糧およびバイオ燃料等の資源として重要な穀物に寄生し、甚大な被害を及ぼす根寄生植物です。ストライガ種子は直径0.2~0.5 mmで非常に小さく、休眠状態での寿命が長く、土壌中の種子を除去することは困難です。ストライガ種子は、発芽に適した環境条件下で、宿主(或いは一部の非宿主)植物の根から分泌されたシグナル物質のSLを感受して発芽します。モデル植物のイネやシロイヌナズナではSLの受容体の解析が進み、DWARF14(D14)というα/β加水分解酵素が同定されています。また、D14のパラログであるKAI2は植物を燃やした際に煙に含まれる発芽誘導物質KARの受容体として最初に同定され、最近ではSLと相互作用することやSLの分解活性をもつことが知られています。ストライガには11種類のKAI2タンパク質が存在し、KAI2遺伝子を欠失したシロイヌナズナ種子でストライガの各遺伝子を発現させた相補実験により、SLまたはKARに対する発芽応答性がKAI2タンパク質の種類により異なっていることが示されていました。しかし、ストライガにおいてKAI2タンパク質がSLまたはKARを選択的に認識する機構は不明でした。
本研究では、ストライガKAI2タンパク質のうちShKAI2iBがSLまたはKARを選択的に認識する機構の解析に取り組みました。等温滴定熱量測定(注6)とトリプトファン蛍光法(注7)を用いた相互作用解析の結果、ShKAI2iBはKARを結合することがわかりました。一方、ShKAI2iB とSLの相互作用は認められず、SLの加水分解活性も検出されなかったことから、ShKAI2iBはKARに対するリガンド選択性をもつことが明らかになりました。次にShKAI2iBとKARの複合体構造をX線結晶構造解析法により決定し、KARの結合様式を明らかにしました(図1)。KARはShKAI2iBに保存されたセリン残基と水分子を介して水素結合を形成し、この残基の変異体ではKARとの相互作用が完全に失われることがわかりました。また、KARの環構造は複数の疎水性残基に囲まれて認識されていました。
ShKAI2iB が、D14(SLに応答)及びKAI2(SLとKARに応答)とは異なり、KARを選択的に結合することが可能な構造の差異を解析するために、D14及びKAI2の立体構造とShKAI2iBの立体構造を比較しました。その結果、ShKAI2iBのリガンド結合ポケットの入口に位置するαヘリックス(αD1)の配向は、D14及びKAI2のαD1よりもリガンド結合ポケットの内側に向かってずれていました(図1)。これにより、ShKAI2iBではリガンド結合ポケットが狭くなり、KARよりも分子サイズの大きなSLを受け入れることができなくなることがわかりました。また、この構造の違いを生み出すアミノ酸残基の置換がαD1に隣接するαヘリックス(αD4)上に起こっていることを明らかにしました。さらに、ShKAI2iBとKARの複合体構造において、KARの結合様式はKAI2のそれと大きく異なっていることが観測され、この違いにもαD4上のアミノ酸残基の置換が影響していました。これらの違いはShKAI2iBとKAI2においてKARの結合様式が異なる構造基盤となると考えられます。
ストライガにおけるKAI2タンパク質の機能はまだ十分に理解されていませんが、本研究によりShKAI2iBのストライガにおける遺伝子発現レベルは乾燥時の種子で高く、SLによる発芽誘導前のコンディショニングに伴って減少することもわかりました。このことは、ShKAI2iBがストライガの種子発芽の抑制に機能していることを示唆しているかもしれません。ストライガにおけるさらなる機能解析は、多様なKAI2タンパク質による発芽調節機能の理解を深めることが期待されます。
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生物構造学研究室
教授 田之倉 優(たのくら まさる)
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研究科HP:http://fesb.ch.a.u-tokyo.ac.jp/