発表者
村上 晋(東京大学大学院農学生命科学研究科 助教)
遠藤 麻衣子(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属牧場)
小林 知也(東京大学大学院農学生命科学研究科 博士課程)
上間 亜希子(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任助教)
チェンバーズジェームズ(東京大学大学院農学生命科学研究科 助教)
内田 和幸(東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授)
西原 真杉(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)
Benjamin Hause(アメリカ カンザス州立大学 獣医臨床病院)
堀本 泰介(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)

発表のポイント

◆国内の牧場においてD型インフルエンザウイルスによる牛の呼吸器疾患を初めて検出しました。

◆D型インフルエンザウイルスはすでに全国的に牛社会に侵淫していることを明らかにしました。

◆国内に流行しているD型インフルエンザウイルスは海外のウイルスとは遺伝学的に異なることを明らかにしました。

発表概要

これまでインフルエンザウイルスには人の季節性インフルエンザウイルス(注1)や鳥インフルエンザウイルス(注2)などが含まれるA型からC型が知られていますが、最近、これらとは性質の異なる家畜に呼吸器疾患を起こすD型インフルエンザウイルスの存在が海外で報告されました。本研究では、D型インフルエンザウイルスがわが国の牛社会にも侵淫していることを初めて明らかにしました。呼吸器疾患の牛から検出したウイルス遺伝子の解析により、D型インフルエンザウイルスはかなり昔に国内に侵入した後、独自に進化しながら国内に拡がったものと推測されました。本研究成果は、D型インフルエンザが牛の生産性の障害となる牛呼吸器病症候群(注3)の一因であることを示すとともに、今後のワクチン開発等により牛の呼吸器病が制御できる可能性を示しています。

発表内容


図1 D型インフルエンザウイルス日本株の進化系統樹解析
 各遺伝子分節の塩基配列をもとに作成し、日本株は太字で示しています。A) PB2分節, B) PB1分節, C) P3分節, D) HEF分節, E) NP分節, F) M分節, G) NS分節の結果です。M分節以外は全て外国株とは異なる独立した遺伝子位置を示しています。(拡大画像↗)

インフルエンザウイルスは、粒子を構成するタンパク質性状からA型からC型に分類されます。人の季節性インフルエンザはA型とB型ウイルスにより、鳥インフルエンザあるいは馬や豚、犬インフルエンザはA型ウイルスによりひき起こされます。C型ウイルスは人の幼児に感染し呼吸器症状を起こす場合があります。2011年に、米国の呼吸器症状の豚からC型ウイルスに類似したインフルエンザウイルスが初めて分離され、このウイルスは牛の重要疾患である呼吸器病症候群に関与している可能性が示されました。その後、フランスや中国、イタリアなどにおいても類似のC型様ウイルスが検出されています。ウイルスの抗原性や遺伝子の詳細な解析結果から、この家畜のウイルスは新しくD型インフルエンザウイルスとして国際ウイルス命名委員会により承認される見込みです。

本研究では、D型インフルエンザウイルスがわが国にも存在するのか、牛の呼吸器病の原因になるのかを調べました。研究グループは、農林水産省の許可を得て米国で分離されたD型ウイルスを入手し、国内で飼育されている牛の検体に対して血清疫学調査を実施しました。まず、茨城県内の牧場で飼育されているホルスタイン牛28頭について調べたところ、8頭からD型ウイルスに対する特異抗体が検出され、これらの牛は過去にD型ウイルスに感染したことがあることが判明しました。次いで、全国規模で血清疫学調査を実施したところ、D型ウイルスはすでにわが国の牛社会に全国的に侵淫していることが明らかになりました(投稿中)。

疫学調査を行った茨城県内の同じ牧場で、その後、4頭の牛が呼吸器症状を示したという報告を受け、回復後の検体について調べたところ、D型ウイルスに対する特異抗体の陽転(注4)が見られました。この結果は、D型インフルエンザウイルスがこれらの牛の呼吸器疾患の原因であることを示しています。しかし、症状が見られなかったその他の牛においても特異抗体の陽転が多く検出されました。これは、D型ウイルスによる不顕性感染の存在を示しています。したがって、D型ウイルスの牛から牛への伝播性は極めて高いものの、牛に対する病原性は比較的低いものと推測されました。ただし、呼吸器疾患牛の1頭は、その後、細菌の二次感染から重度の化膿性気管支肺炎に陥り死亡しました。

一方、呼吸器症状を示した牛の鼻腔から拭い検体を採取し、RT-PCR法によりウイルス遺伝子の検出を試みたところ、1頭よりD型ウイルスの遺伝子配列が検出されました。また、抗体陽転が見られた無症状の牛1頭からも同じウイルス遺伝子配列が検出されました。検出されたウイルス遺伝子の全塩基配列を決定し、進化系統樹解析を行いました。D型ウイルスのゲノムを構成する7本の遺伝子分節のうち6分節(PB2, PB1, P3, HEF, NP, NS分節)において、日本株(D/bovine/Ibaraki/7768/2016)は海外で報告された他のウイルス株とは異なった独自の遺伝子進化位置を示しました(図1)。残りのM分節はフランス株に近い位置を示しました。これらの結果は、日本株が外国株とは異なる独立した遺伝的進化をしていることを示唆しています。また、ウイルスの抗原性を担うHEF遺伝子の独立性から、海外のウイルス株とは異なった抗原性が推測されました。

本研究では、わが国でのD型インフルエンザウイルスの存在、および野外の牛におけるD型インフルエンザの発生を初めて観察しました。これらの知見は、牛呼吸器病症候群へのD型ウイルス感染の関与を示すとともに、D型インフルエンザに対するワクチン開発の必要性を示唆しました。日本株の独自性についての知見は、今後のワクチン開発におけるウイルス株選択の重要性を示しています。また、日々牛と接触する職業の人における最近の調査によると、D型ウイルスの牛から人への感染が高頻度に起きているといったデータが海外から示されており、公衆衛生学的な見地からも、D型ウイルスの感染実態を明らかにするための大規模なサーベイランスが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「Emerging Infectious Diseases」
論文タイトル
Influenza D virus infection in herd of cattle, Japan
著者
Shin Murakami, Maiko Endoh, Tomoya Kobayashi, Akiko Takenaka-Uema, James K. Chambers, Kazuyuki Uchida, Masugi Nishihara, Benjamin Hause, Taisuke Horimoto*
DOI番号
10.3201/eid2208.160362
論文URL
http://dx.doi.org/10.3201/eid2208.160362

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻
教授 堀本 泰介
Tel:03-5841-5396
Fax:03-5841-8184
研究室URL:http://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/microbio/ver1.0/

用語解説

注1 季節性インフルエンザ
A型ヒトインフルエンザウイルス(H1N1あるいはH3N2)およびB型ヒトインフルエンザを原因とし年冬季に流行する。症状は一般のカゼより重たく、高熱、筋肉痛や関節炎を発症する。
注2 鳥インフルエンザ
A型鳥インフルエンザウイルスによる家禽の感染症。H5N1等の高病原性ウイルスに感染した家禽は極めて死亡率が高く、偶発的にヒトにも感染する。
注3 ウシ呼吸器病症候群
様々なウイルスや細菌などの感染を原因とするウシの呼吸器病。肥育牛に蔓延した場合の死亡率は高い。
注4 抗体陽転
病原体に対する血清中の特異抗体が陰性から陽性に変化すること。抗体陽転がみられた動物はこの病原体の感染があったと判断できる。