発表者
吉田 彩子(東京大学生物生産工学研究センター 特任助教)
富田 武郎(東京大学生物生産工学研究センター 助教)
跡見 晴幸(京都大学大学院工学研究科 教授)
葛山 智久(東京大学生物生産工学研究センター 准教授)
西山 真(東京大学生物生産工学研究センター 教授)

発表のポイント

◆超好熱古細菌Thermococcus kodakarensis(注1)においてリジンとオルニチンが同一の酵素群を用いて生合成されうることを示した。

◆リジンとオルニチン生合成で働く二機能性を持つ生合成酵素の結晶構造を決定し、基質認識機構を明らかにした。

◆一つの酵素群が複数の化合物の生合成を担うという原始的な代謝経路の存在を明らかにした。

発表概要

超好熱性古細菌Thermococcus kodakarensisにおいて、リジンがLysWというアミノ基キャリアタンパク質を用いる経路で生合成されることを明らかにし、さらには一連の生合成酵素群がリジンのみならずオルニチン生合成にも用いられることを示しました。また、リジンとオルニチンの生合成の初発反応を担う酵素LysX/ArgXと反応産物との複合体の結晶構造を決定し、結晶構造に基づく変異導入酵素の解析から、生合成酵素の寛容な基質特異性の構造的要因を示すことができました。代謝経路の進化仮説において、ゲノムサイズが小さな始原生物においては、基質特異性の寛容な酵素群が複数の化合物の生合成を担うと考えられており、本研究によりこのような原始的な代謝経路の実験的証拠を提示することができました。

発表内容



図1 T. thermophilus, S. acidocaldarius, T. kodakarensisにおけるリジン・オルニチン生合成経路(拡大画像↗)


図2 T. kodakarensisのLysX/ArgXとLysW-γ-AAA, ADPとの複合体の結晶構造(拡大画像↗)

一般にバクテリアはアスパラギン酸を初発物質としてジアミノピメリン酸を経由してリジンを生合成しますが、当研究グループでは、高度好熱菌Thermus thermophilusがα-アミノアジピン酸(AAA)を経由する新規な経路でリジンを生合成することを明らかにしています。この新規リジン生合成経路では小タンパク質LysWが、生合成中間体のアミノ基の保護修飾基としてだけでなく、効率的な生合成を可能にするキャリアタンパク質(アミノ基キャリアタンパク質(注2))としても働くことを示してきました(Nat. Chem. Biol. (2009)、J. Biol. Chem. (2015))。また、始原生物により近縁であるとされる古細菌の一種であるSulfolobus acidocaldariusにおいては、LysWがリジンだけでなくアルギニン生合成にも用いられていることがわかっています(Nat. Chem. Biol. (2013))。

今回、東京大学生物生産工学研究センターの西山真教授のグループは、京都大学大学院工学研究科の跡見晴幸教授との共同研究により、超好熱性古細菌Thermococcus kodakarensisにおいても、このLysWを用いた生合成システムが存在し、リジンだけでなく、アルギニンの前駆体となるオルニチンの生合成にも利用されることを、生合成酵素の機能解析や、試験管内での生合成の再構成により明らかにしました(図1)。代謝経路の進化仮説のうち、パッチワーク仮説(注3)では、ゲノムサイズの小さな始原生物においては、基質特異性が寛容な酵素群によって複数の化合物が生合成されていたとされ、遺伝子重複とその後に起こる機能分化によって、個々の化合物に特化した生合成経路が生じたと考えられています。始原生物に近縁であるとされるT. kodakarensisにおいてリジンとオルニチンが同一の酵素群で生合成されることは、パッチワーク仮説における原始的な代謝経路の存在を示す証拠となると考えられます。

さらに、リジンとオルニチンの生合成の初発段階を担う二機能性酵素LysX/ArgXの結晶構造を、反応産物であるLysW-γ-AAAとADPとの複合体で決定することに成功しました。この結晶構造によりLysXファミリータンパク質が、基質としてAAAをどのように認識するかを初めて明らかにすることができました(図2)。すでに構造が決定されている、AAAを基質としてリジン生合成で機能するLysXと、グルタミン酸を基質としてアルギニン(オルニチン)生合成で機能するArgXとの構造・配列比較により、T. kodakarensisのLysX/ArgXの持つ寛容な基質特異性の構造的要因を明らかにしました。また、アミノ酸変異の導入により、二機能性をもつLysX/ArgXを、リジンやアルギニン生合成に特化したLysXやArgXに「進化」させることにも成功し、LysXファミリータンパク質の分子進化に関しての知見を得ることができました。

最近の当研究グループの研究成果により、LysW型のアミノ基キャリアタンパク質を用いる生合成システムが、リジンやアルギニンの生合成といった一次代謝のみならず、放線菌における二次代謝産物の生合成にも用いられることが明らかになってきました(Nat. Chem. Biol. (2016))。本研究成果によって、LysW型アミノ基キャリアタンパク質を用いる多様な生合成経路の理解につながる構造基盤や進化的知見を得ることができました。

発表雑誌

雑誌名
「Journal of Biological Chemistry」
論文タイトル
Lysine biosynthesis of Thermococcus kodakarensis with the capacity to function as an ornithine biosynthetic system
著者
Ayako Yoshida, Takeo Tomita, Haruyuki Atomi, Tomohisa Kuzuyama and Makoto Nishiyama
DOI番号
10.1074/jbc.M116.743021
論文URL
http://www.jbc.org/content/291/41/21630

問い合わせ先

東京大学生物生産工学研究センター 細胞機能工学部門
教授 西山 真
Tel:03-5841-3074
Fax:03-5841-8030
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biotec-res-ctr/saiboukinou/

用語解説

注1 超好熱性古細菌Thermococcus kodakarensis
鹿児島県小宝島の硫気孔より単離された、65℃から100℃で生育可能な絶対嫌気性菌。16S rRNAの系統解析により、進化系統樹の根の近縁に位置する、進化的に古い生物だとされる。
注2 アミノ基キャリアタンパク質
高度好熱菌Thermus thermophilusのリジン生合成において見いだされた、50アミノ酸ほどからなる酸性タンパク質。生合成中間体のアミノ基の保護と、各生合成酵素との静電相互作用による効率的な輸送を担う。
注3 パッチワーク仮説
始原生物において、そのゲノムサイズの小ささ故、基質特異性の寛容な酵素が、類似の化学反応を行い、そのような酵素群の一連の反応により、複数の機能を持った代謝経路が存在していたとされる。そのような多重機能をもった酵素をコードする遺伝子が、遺伝子重複・機能分化を繰り返すことで、現在みられる各化合物の代謝に特化した代謝経路に進化したと考えられている