◆ノックアウトするとウイルス抵抗性になる植物タンパク質遺伝子を発見しました。
◆この遺伝子は植物細胞でウイルスが増殖するのに必須のタンパク質遺伝子ですが、植物の生長には影響ありません。
◆ゲノム編集技術を利用すれば、この遺伝子を欠失させたウイルス抵抗性作物の開発につながります。
植物ウイルスは農作物に様々な病気を引き起こしますが、宿主植物の様々なタンパク質(注1)を利用することにより植物体に感染します。そのため、ウイルスが利用する植物タンパク質の遺伝子が変異するとウイルスは植物に感染できなくなります。この現象は「劣性抵抗性」(注2)と呼ばれ、効果・持続性が高いウイルス抵抗性として作物の抵抗性育種において利用されています。しかし、植物ウイルスに対して「劣性抵抗性」を引き起こす原因遺伝子はほとんど明らかにされていませんでした。
「ポテックスウイルスグループ」(注3)は、ジャガイモの主要病害であるジャガイモXウイルスなど約40種の重要なウイルスから構成される主要な植物ウイルスグループの一つです。このグループのウイルスによる被害が近年急速に拡大しているにもかかわらず、ほとんどのウイルスに対する抵抗性品種が実用化されていないため、早急な対策が求められています。
今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の橋本将典研究員、難波成任教授らの研究グループは、約10000個体の変異体集団から、ポテックスウイルスが全く感染できない植物変異体を見出しました。この植物の全ゲノム解読や遺伝解析により原因遺伝子を特定し、植物に広く存在する遺伝子の変異によりウイルスが感染できなくなることを初めて明らかにし、この遺伝子をEssential for poteXvirus Accumulation 1 (EXA1)と名付けました。さらに、EXA1を欠損した植物で、ウイルス感染の初期段階が抑制されていることを示し、またEXA1は他のポテックスウイルスに対しても広く抵抗性を示すことを明らかにしました。
EXA1遺伝子の特定はポテックスウイルスに対する劣性抵抗性品種開発に直結する成果です。ゲノム編集技術(注4)などのバイテク技術を利用して、農作物のEXA1遺伝子を欠失させ、国内外で問題となっているウイルスの抵抗性品種が開発される可能性が高まります。
①研究の背景・先行研究における問題点
世界の作物生産量のうち約3億人分に該当する食料が植物ウイルス病により失われており、温暖化などの影響によりその損失は世界的に増加する傾向にあります。ウイルス病には防除効果のある化学農薬が存在しないため、作物と近縁種もしくは変異体間の交配により生み出された抵抗性品種の利用が最も効果的な防除手段ですが、抵抗性品種開発には膨大な労力と時間が必要とされるため、増加し続ける植物ウイルスの被害に対して抵抗性品種開発が追いついていないのが現状です。
ウイルスは“生物”ではないため、宿主の中で増殖し、感染範囲を広げていくためには、宿主の様々なタンパク質を利用する必要があります。そのため、植物ウイルスが利用する重要な植物タンパク質が突然変異などにより失われるとその植物体にウイルスは感染することができなくなります。この現象は「劣性抵抗性」と呼ばれ、ウイルスが利用するタンパク質の遺伝子が欠損することによりウイルス抵抗性を示す植物品種は「劣性抵抗性品種」と呼ばれます。劣性抵抗性品種は耐性ウイルス(注5)が発生しにくく持続性が高いことから、貴重な抵抗性品種として利用されています。ウイルスが利用する植物タンパク質を決定することができれば、突然変異導入によるマーカー育種(注6)やゲノム編集などのバイテク技術を用いて様々な作物においてその遺伝子を欠失させ、短期間で劣性抵抗性品種を開発することが可能になるため、ウイルスが利用する植物遺伝子を決定することは重要です。しかし、ウイルスに対する劣性抵抗性品種の原因遺伝子が決定された例は翻訳開始因子(eIF4EとeIF4G)(注7)のみであり、これらの変異により抵抗性を受けるウイルスはポティウイルス等の一部のウイルスグループのみに限られています。
「ポテックスウイルスグループ」は、世界中でジャガイモ生産に被害を与えるpotato virus X (PVX)を代表とし、約40種の植物ウイルスを含む主要な植物ウイルスグループです。このグループには、世界的にトマト生産に甚大な被害を起こし我が国への侵入が最も警戒されているpepino mosaic virus (PepMV) や、ラン、ユリ等の花卉作物に高頻度で発生し商品価値を低下させるcymbidium mosaic virus (CymMV)、plantago asiatica mosaic virus (PlAMV)等の重要なウイルスが含まれています(図1)。これらによる被害が近年急速に拡大しているのに対して、このグループのウイルスは接触伝搬(注8)により容易に周りの植物に広がるため防除対策を講じるのが極めて困難であり、抵抗性品種も未だに実用化されていないため早急な対策が求められています。そこで研究グループは、効果・持続性が高い劣性抵抗性品種開発に向けて、ゲノム情報が整備され遺伝学的解析が容易なモデル植物シロイヌナズナを用いることでポテックスウイルスが利用する宿主遺伝子を決定し、その機能を解明しました。
②研究内容
はじめに、シロイヌナズナ変異体約10000個体に対して、シロイヌナズナに感染するポテックスウイルスPlAMVを接種し、ウイルス感染の有無を調査しました。その結果、ウイルスが全く感染できない変異体1個体を見出しました(図2)。
次に次世代シークエンサーを用いてこの変異体の全ゲノム解読や遺伝学的解析を行うことにより劣性抵抗性の原因遺伝子の特定に成功し、この遺伝子をEssential for poteXvirus Accumulation 1 (EXA1) と名付けました。EXA1はこれまで機能が明らかにされていない遺伝子であり、イネ、トマトを含む広範な植物種にも存在することを見出し、さらに構造を詳細に調べたところヒトやマウスで翻訳に関わるタンパク質と類似した構造をもつことが分かりました。
さらに研究グループは、細胞レベルでウイルスの増殖をモニターし、EXA1が欠損した植物細胞では、ウイルスはほとんど増えることができないことを発見しました。このことから、EXA1の変異による劣性抵抗性が強力である理由は、ウイルスの増殖が初期段階で抑制されるためであると考えられました。さらに、EXA1を欠失した変異体には、PlAMVに加えてPVXなど他の2種類の異なるポテックスウイルスも感染できないことが分かりました。この結果から、EXA1遺伝子の変異による劣性抵抗性はポテックスウイルス全般に対して有効である可能性が高まりました。
③社会的意義・今後の予定など
世界の作物生産量のうち約3億人分に該当する食料が植物ウイルス病により失われており、植物ウイルス病を防ぐ手段の開発が世界的に求められています。また、今後我が国の農業を発展させ、農産物を輸出し攻めの農業を展開していくためには、植物病に侵されていない高品質な国内農産物の生産が重要です。そのため、国内で発生する重要ウイルスや海外から侵入する未知のウイルスに対して、有効な防除手段を開発することが日本の農業生産を守る上で急務です。
本研究は、ポテックスウイルスに有効な劣性抵抗性を初めて発見し、その原因となる遺伝子EXA1を明らかにしましたが、これは様々な作物での劣性抵抗性品種開発に直結する成果です。EXA1遺伝子の配列をもとに遺伝子マーカーを設計すれば、放射線処理などにより生み出される膨大な数の変異体集団の中から効率よくウイルス抵抗性変異体を選抜することが可能になります。また、近年、ゲノム編集技術により、農作物でも標的とする遺伝子配列を自在に改変することが可能になりつつあります。ゲノム編集技術は従来の遺伝子組換え技術と異なり、標的遺伝子の改変後に、導入した組換え遺伝子を取り除くことが可能なため、「遺伝子組換え技術を用いるものの組換え遺伝子が残らない」技術です。そのため、従来の遺伝子組換え技術に比べて生産者や消費者の理解が得られやすいと言われており、実際にアメリカではゲノム編集技術を用いて開発されたトウモロコシとキノコが農務省による遺伝子組換え作物の検査を免除されています。本研究の成果により、農作物に様々なバイテク技術を利用してEXA1を欠失させ、国内外で問題となっているウイルスに対する抵抗性品種が開発される可能性が高まりました。
東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物病理学研究室
教授 難波 成任(なんば しげとう)
Tel:03-5841-5053
Fax:03-5841-5054
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/ae-b/planpath/index.html