- 発表者
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尾﨑 太郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 微生物潜在機能探索寄付講座 特任助教(当時))
山下 湖奈(東京大学大学院農学生命科学研究科 微生物潜在機能探索寄付講座 修士2年(当時))
後藤 佑樹(東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 准教授)
下村 杜人(東京大学大学院農学生命科学研究科 微生物潜在機能探索寄付講座 修士1年)
林 昌平(東京大学大学院農学生命科学研究科 微生物潜在機能探索寄付講座 特任研究員(当時))
浅水 俊平(東京大学大学院農学生命科学研究科 微生物潜在機能探索寄付講座 特任助教)
菅井 佳宣(東京大学大学院農学生命科学研究科 微生物潜在機能探索寄付講座 特任助教)
池田 治生(北里大学北里生命科学研究所 微生物制御工学研究室 教授)
菅 裕明(東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 教授)
尾仲 宏康(東京大学大学院農学生命科学研究科 微生物潜在機能探索寄付講座 特任教授)
発表のポイント
◆天然ペプチド抗生物質の合成が、試験管内にわずか200塩基の短い遺伝子を入れるだけで、煩雑な操作無しに一日で可能となる手法を確立しました。
◆投入する遺伝子の配列を変えることで、それに応じたさまざまなアミノ酸配列のペプチド抗生物質を簡便に創出できるようになりました。
◆試験管内での合成結果に基づき、有望な候補ペプチドを放線菌を使って大量調製できる手法も合わせて確立したため、ペプチド系抗生物質創薬の加速が期待できます。
発表概要
ペプチド系天然物(注1)は、生理活性物質として重要なだけでなく抗体医薬をはじめ医薬品等の原料としても重要な物質です。特に内部アミノ酸が化学修飾を受けているペプチドは、薬効や物質安定性、体内動態に優れていることが知られており、そのようなペプチドをより簡便に多種類作り出すシステムの構築は創薬においても重要な技術の一つと言えます。
本研究では、土壌中に棲む細菌の一種、放線菌(注2)の作り出すペプチド系天然物であるゴードスポリンの合成を、一日で簡便に達成する手法を確立しました。ゴードスポリンは化学修飾を受けているペプチド系天然物の一種です。この手法ではたった200塩基対からなる人工遺伝子をインプットするだけで、チューブを変えることなく丸一日でこのゴードスポリンを合成することができます(図1)。また、ゴードスポリンとは異なるアミノ酸配列を持つ多様なアナログ体も、投入する人工遺伝子の配列を取り替えるだけで簡便に創出することができる手法であるため、本研究グループではこの手法を用いて52種類のアナログ体の構築にも成功しました。さらにそのうちの一部については遺伝子組換え放線菌を用いた大量生産系へとつなげ、生理活性試験に必要な量を確保することも可能となっているため、本成果を足掛かりにペプチドを用いた創薬への有用な技術となることが期待されます。
発表内容
図1 本研究の概要
試験管の中で抗生物質生合成を再構築する手法の確立。DNAテンプレート(godA)をインプットするだけでゴードスポリンが反応チューブ内で合成される。(拡大画像↗)
図2 ゴードスポリンの翻訳後修飾機構の詳細
アゾール環形成、デヒドロアラニン形成、リーダー配列消化およびN末アセチル化の3段階の反応によって行われる。(拡大画像↗)
放線菌は、結核の特効薬であるストレプトマイシンをはじめ、多様な抗生物質を作る土壌細菌です。このような性質から放線菌の探索を通して新規医薬品のシードとなる新たな天然物の発見が期待できます。また、現在では遺伝子組換え技術を組み合わせることで、天然物に人為的な修飾を加え、天然物を超える多様性を生み出すことも可能となりつつあります。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の尾仲宏康特任教授、東京大学大学院理学系研究科菅裕明教授および北里大学のグループは、放線菌が作るペプチド系天然物の一つであるゴードスポリンを試験管内で合成する手法の確立に成功しました。
ゴードスポリンはペプチド系天然物のうちRiPPs(リボソーム合成と翻訳後修飾によって作られるペプチド)と呼ばれる大きな化合物群に属します。RiPPsはリボソームで翻訳されたペプチドが、翻訳後修飾酵素群によって修飾を受けて生合成される化合物の一群です。ゴードスポリンの生合成においては、構造遺伝子である
godA遺伝子が転写・翻訳され49残基の前駆体ペプチドGodAが合成された後、C末端領域19残基がアゾール環化(注3)、デヒドロアラニン形成、N末端領域の消化、
N-アセチル化の4段階、6個の酵素による翻訳後修飾反応を受けることでゴードスポリンが作られることが知られていました(図2)。
本研究では、再構成無細胞翻訳系と翻訳後修飾酵素を組み合わせることで、人工的に合成した
godAの転写・翻訳から
N-アセチル化反応までの全ての工程を、一つの試験管内で連続的に行い、ゴードスポリンを合成することに成功しました(図1)。このように遺伝子の転写翻訳から翻訳後修飾に至るまでの全ての工程を試験管内で再構成したRiPPs生合成系は世界初です。
本手法では、人工合成が容易な長さの遺伝子さえ用意すれば、わずか200塩基対程度でもゴードスポリンやその類縁体RiPPsを簡便かつ迅速に合成することが可能です。この利点を活かして、全部で52種類のGodA変異体をデザインし、これらの前駆体ペプチド類縁体の翻訳後修飾反応を精査することで、翻訳後修飾酵素の基質特異性を明らかにしました。
研究グループの解析の結果、アゾール環形成酵素は、修飾を受けるセリン・システイン・スレオニン残基とその両隣の残基で構成される3残基の配列を認識して、アゾール環を導入することが分かりました。このアゾール環形成酵素の性質ゆえに、ゴードスポリンは2もしくは3残基の等間隔にアゾール環が配置された構造になっています。
この性質をもとに、新たに2残基をゴードスポリンの中央部位に挿入したGodA*-10SA11を設計したところ、予想通り新たに作られた3残基の認識配列に7つ目のアゾール環を導入することに成功しました。また、GodAのC末端領域19残基の配列を反復させ38残基にしたGodA*-tandemを用いることで、12か所のアゾール環形成にも成功しました。さらに、試験管内反応から得られた知見は、遺伝子組換え放線菌を宿主とした発酵生産にも応用可能であり、これら二つの特徴的なゴードスポリン類縁体を放線菌の代謝産物として生産することにも成功しました。
以上のように、本研究で多種類のRiPPsを簡便に迅速に合成できる手法を開発したことにより、ゴードスポリンにおける翻訳後修飾のルールの一端が明らかにされました。今後より詳細に解析を進めることで、ゴードスポリンの類縁体がより自在にデザインできるようになることが期待されます。また、本手法は他のRiPPs生合成系にも適用可能であることから、ゴードスポリンに限らず、今後さまざまなRiPPs生合成経路の解析が加速度的に進むことも期待されます。構造遺伝子への変異導入という遺伝子工学的な手法での類縁体創製が可能なことから、RiPPsは新たな生物活性物質創製のための魅力的なターゲットであり、本研究成果はRiPPs生合成経路のエンジニアリングにおける重要な指針を示したと言えます。
なお、本研究を行った東京大学大学院農学生命科学研究科微生物潜在機能探索寄付講座は、公益財団法人発酵研究所の寄付講座助成事業によって設立された寄付講座です。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Nature Communications」(2月6日オンライン版)
- 論文タイトル
- :Dissection of goadsporin biosynthesis by in vitro reconstitution leading to designer analogs expressed in vivo
- 著者
- Taro Ozaki, Kona Yamashita, Yuki Goto, Morito Shimomura, Shohei Hayashi, Shumpei Asamizu, Yoshinori Sugai, Haruo Ikeda, Hiroaki Suga, and Hiroyasu Onaka
- DOI番号
- 10.1038/ncomms14207
- 論文URL
- http://www.nature.com/articles/ncomms14207
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用語解説
- 注1 ペプチド系天然物
- ペプチド系天然物は天然に存在するペプチド化合物の総称であり、多くの微生物が生産する。その生合成のされ方によって、リボソーム翻訳系を使ってペプチド骨格が合成されるRiPPs(リボソームで翻訳され翻訳後修飾を受けるペプチド)と非リボソーム合成系酵素によって合成されるNRPs(非リボソーム合成ペプチド)の二つに大きく分けられる。ゴードスポリンはRiPPsであり、ペプチド骨格が遺伝子に書き込まれているために、その遺伝子の塩基置換をおこなえば、理論上、さまざまなアナログ体を創出することが可能である。RiPPsの多くは構造内にアゾール環やデヒドロアラニンなどの通常のアミノ酸構造とは違う構造を有しており、これらの構造が生理活性に重要な役割を果たしている。
注2 放線菌
放射状に菌糸を生やして生育する細菌の一群で多様な種を有する。主に土壌中に広く生息し、環境中では有機物の分解者としての役目を果たしている。産業的には抗生物質をはじめ、医薬品の原料となる多様な二次代謝産物を作る菌として知られており、結核の特効薬ストレプトマイシンや抗生物質エリスロマイシン、免疫抑制剤タクロリムス、抗寄生虫薬エバーメクチンなどの生産菌は放線菌である。
注3 アゾール環
窒素原子1個を含む5員環。ゴードスポリンにおいては窒素原子1個、酸素原子1個、炭素原子3個からなるオキサゾール環と窒素原子1個、硫黄原子1個、炭素原子3個からなるチアゾール環の二種類のアゾール環が存在している。これらの構造はセリン、システインなどが修飾を受けることにより生成し、生理活性を生じさせるための重要な構造である。