発表者
秦 慧民(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任研究員;現 天津科技大学 准教授)
宮川 拓也(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
井上 晶(北海道大学大学院水産科学研究院・大学院水産科学院 准教授)
西山 竜二(北海道大学大学院水産科学研究院・大学院水産科学院 大学院生)
中村 顕(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教;現 学習院大学 助教)
浅野 敦子(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任研究員)
澤野 頼子(東京医科歯科大学教養部 准教授)
尾島 孝男(北海道大学大学院水産科学研究院・大学院水産科学院 教授)
田之倉 優(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

◆藻食性腹足類が褐藻多糖のアルギン酸を分解するために利用するPL-14酵素(アルギン酸リアーゼ)の立体構造を決定しました。

◆マンヌロン酸が並んだ配列に対してアルギン酸リアーゼが高い分解活性を示す構造基盤を明らかにしました。

◆本研究で見出された構造基盤は、藻食性腹足類に高度に保存されており、これら生物がマンヌロン酸を豊富に含んだアルギン酸を効率的に代謝する仕組みの一つと考えられます。

発表概要

アルギン酸は海藻(褐藻類)に多く含まれる多糖で、マンヌロン酸とグルロン酸から構成されています。藻食性腹足類が食する褐藻の藻体にはマンヌロン酸を豊富に含むアルギン酸が存在し、それを分解してできる4-deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronic acid (DEH)が海洋腹足類のエネルギー源として使われます。これらの生物においてアルギン酸の分解に働く酵素として、これまでにPolysaccharide Lyase 14(PL-14)ファミリーに分類されるアルギン酸リアーゼが同定されていました。しかし、この酵素がアルギン酸を構成する糖鎖の中でマンヌロン酸が並んだ配列に対して高い分解活性を示すメカニズムは不明でした。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の田之倉優教授の研究グループは、北海道大学大学院水産科学研究院・大学院水産科学院の尾島孝男教授の研究グループとの共同研究により、藻食性腹足類のアメフラシに由来するPL-14アルギン酸リアーゼAkAly30の立体構造をX線結晶構造解析法(注1)により決定しました。これは、真核生物のアルギン酸リアーゼとして初めて解明された三次元構造です。この構造からアルギン酸を結合する正電荷を帯びた溝がAkAly30の分子表面に存在することが明らかになり、アルギン酸の結合シミュレーションと変異体解析により、マンヌロン酸鎖に対する基質特異性のメカニズムを分子レベルで説明しました。本研究で明らかにした構造基盤は、他の藻食性腹足類においても保存されており、これら生物がマンヌロン酸を豊富に含んだアルギン酸を効率的に利用するための仕組みの一つであると推測されます。


発表内容

図1 AkAly30のアルギン酸結合部位の構造とpolyM結合モデル
AkAly30の分子表面には正電荷(青)を帯びた溝(黄破線で囲まれた領域)があり、その溝は2つのループ(η2ループ及びη4ループ)で挟まれています。黄実線で囲まれた図は正電荷を帯びた溝におけるpolyMの結合モデルです。破線は水素結合やイオン結合を示し、これらの相互作用によってpolyMを溝に配置するアミノ酸残基が多数存在します。その中の一つのチロシン残基(Y140)は触媒残基として機能し、+1部位と‒1部位のマンヌロン酸残基をつなぐグリコシド結合を切断すると考えられます。(拡大画像↗)

 アルギン酸は主にコンブなどの褐藻に含まれる酸性多糖で、その含量は乾燥重量の約30%を占めると言われています。その性状から食品の増粘剤やゲル化剤などとして利用されています。アルギン酸は、マンヌロン酸とグルロン酸の2種類のウロン酸を構成単位としてそれらが直鎖状に重合したもので、マンヌロン酸とグルロン酸の比率等により異なる性状をもちます。例えば、マンヌロン酸を多く含むアルギン酸は柔らかく弾性の高い性状を示し、グルロン酸を多く含むアルギン酸は硬く脆い性状になります。アメフラシやアワビなどの腹足類は褐藻の藻体を食し、そこに含まれるマンヌロン酸を豊富に含むアルギン酸を分解することで、その分解物であるDEHを代謝してピルビン酸に変換し、クエン酸回路でATPを産生することができます。藻食性腹足類のアルギン酸分解に働く酵素として、これまでにPL-14ファミリーに分類されるアルギン酸リアーゼが同定されていました。また、この酵素がアルギン酸の中でマンヌロン酸が並んだ領域に対して高い分解活性を示すことは分かっていましたが、その基質特異性のメカニズムはこれまで十分には理解されていませんでした。
 本研究では、藻食性腹足類のアメフラシに由来するPL-14アルギン酸リアーゼAkAly30の立体構造を解析し、構造情報に基づいて触媒反応と基質選択性のメカニズムを解析することに取り組みました。X線結晶構造解析により、真核生物のアルギン酸リアーゼとして初めてAkAly30の立体構造を決定することに成功し、アルギン酸を結合する正電荷を帯びた溝がAkAly30の分子表面に存在することを明らかにしました(図1)。この溝に対してマンヌロン酸鎖(polyM)の結合シミュレーションを行うことで、変異解析から触媒活性に重要であることが示唆されていたアミノ酸残基の役割を説明することができました。溝の中央に位置するチロシン残基(Y140)は触媒残基として機能し、切断部位であるグリコシド結合の還元末端側(+1部位)がマンヌロン酸残基である場合にのみ、切断が効率よく進むような空間配置をとっていることが分かりました(図1)。さらに、グリコシド結合の非還元末端側(‒1部位)のマンヌロン酸残基を認識する2つのループ構造(η2ループ及びη4ループ;図1)の存在が明らかになりました。このループ構造はマンヌロン酸が結合する際の配向を調節するフィルターの役割を担っていると考えられ、それを構成するアミノ酸残基の変異体ではpolyMに対する活性が著しく低下しました。AkAly30で見出されたpolyMに対して高い活性を示すための構造基盤は、藻食性腹足類に高度に保存されており、これら生物がマンヌロン酸を豊富に含んだアルギン酸を効率的に利用するための仕組みの一つであると推測されます。
 アルギン酸の構成単糖の組成と鎖長は、生理活性や薬剤などのデリバリー剤としての機能性など、アルギン酸の応用に必要とされる幅広い特性に影響します。本研究で明らかにしたアルギン酸リアーゼの基質特異性に関する構造的な知見が蓄積することにより、様々な用途に応じた配列特性をもつアルギン酸を調製するためのツールとして、アルギン酸リアーゼやその改変体の応用につながることが期待されます。
 

発表雑誌

雑誌名
「The Journal of Biological Chemistry」(平成29年2月10日)
論文タイトル
Structure and polymannuronate specificity of a eukaryotic member of polysaccharide Lyase family 14 (多糖リアーゼファミリー14の真核生物由来酵素の構造とポリマンヌロン酸特異性)
著者
Hui-Min Qin, Takuya Miyakawa, Akira Inoue, Ryuji Nishiyama, Akira Nakamura, Atsuko Asano, Yoriko Sawano, Takao Ojima, Masaru Tanokura*
DOI番号
10.1074/jbc.M116.749929
論文URL
http://www.jbc.org/content/292/6/2182.long

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生物構造学研究室
教授 田之倉 優(たのくら まさる)
Tel:03-5841-5165
Fax:03-5841-8023
E-mail: amtanok<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
<アット>を@に変えてください。
HP:http://fesb.ch.a.u-tokyo.ac.jp/

用語解説

注1.X線結晶構造解析法
解析したいタンパク質を高純度に精製し、適した条件下で徐々に析出させていくと、分子が規則正しく並んだ結晶が形成します。この結晶にX線を照射して得られるX線回折像を解析することで、タンパク質の三次元構造を決定することができます。