「あなたも“花咲爺さん”になれる! 」
― 開花時期・収穫時期を自由自在に制御できるイネ系統を開発!
野外でも実証実験!生産性・品質の向上が可能に。―
岡田 龍 ((独)農業生物資源研究所 光環境応答研究ユニット 特別研究員)
根本 泰江 ((独)農業生物資源研究所 光環境応答研究ユニット 特別研究員)
遠藤・東 直邦 ((独)農業生物資源研究所 光環境応答研究ユニット 特別研究員)
井澤 毅 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授 (2016/4~)
(独)農業生物資源研究所光環境応答研究ユニット 上級研究員 (~2016/3))
◆花芽を作るフロリゲン遺伝子(注1)と花芽形成抑制遺伝子(注2)を改変する事で、抵抗性誘導剤(注3)タイプの市販農薬を散布したときだけ、約40~45日後に開花するイネ系統を創出しました。
◆イネのすべての品種は、栽培地域・田植日を決め、気温や日長といった栽培環境が確定すると、開花・収穫時期が決まり、人為的制御することは不可能でしたが、この技術により、栽培者は任意の時期に開花・収穫できるように調節が可能になります。
◆人為的な開花期制御により、栽培環境ごとに収量・バイオマス・品質制御の最適化が可能になり、生産効率の向上が期待できます。また、開花期と強い相関を示す農業形質も育種対象とできるので、これまでにない品種開発が可能になります。
東京大学大学院農学生命研究科の井澤毅教授らの研究グループは、農業生物資源研究所(生物研。現在は農業・食品産業技術総合研究機構に統合。)と共同で、特定の市販農薬(抵抗性誘導剤タイプの農薬、オリゼメート(MeijiSeikaファルマ)やルーチン(バイエルクロップサイエンス)等)を処理したときにのみ開花するイネ系統を創出しました。植物は栽培を続けると、最後には花が咲くように遺伝的に運命づけられていますが、研究グループは、花芽が作れなくなるように、花芽形成に必須な内在のフロリゲン遺伝子の働きを抑えること成功しました。そして、花が咲かないイネを創出した上で、抵抗性誘導剤で処理したときにだけ反応して働くように改変した人工フロリゲン遺伝子をイネに導入することで、抵抗性誘導剤タイプの農薬で処理をすると、処理後約40~45日で花が咲くイネ系統を創出しました(図1)。導入したイネ系統によっては、ひと穂粒数といった収量性形質の向上も確認できました。遠くない将来にこの技術が実用化されれば、栽培者が望む時期に・コメを収穫することが可能になり、栽培地域の気候に応じた栽培体系が実現でき、生産性・品質の向上が期待されます。
日本人の主食コメが実る作物であるイネは、短日植物です。農水省が推進したイネゲノム研究成果の一部として、イネの開花期を制御する遺伝子ネットワークがかなり明らかになっています。2007年には、長年、正体が不明であったフロリゲン遺伝子(花芽形成ホルモン遺伝子)が同定され、大きなニュースになりました。
本研究グループでは、このフロリゲン遺伝子の働き方を決めている遺伝子ネットワークの解明を試み、体内時計や光受容体の役割を明らかにしつつ、フロリゲン遺伝子を正に制御し開花を促進する遺伝子や、逆に抑制する遺伝子、花芽形成抑制遺伝子の機能を解明してきました(URL参照)。今回、これらの知見を有効に使い、栽培者が希望のタイミングで開花させることができるイネ系統を創出しました。
はじめに、花芽形成抑制遺伝子の働きを人為的に高めたイネ系統を作ったところ、多くの系統で非常に顕著な開花期の遅れが観察されました。株分けで維持しながら観察をすると、中には3年以上一切咲かない個体も得られました。今回、この花芽形成抑制遺伝子が強く働くようにしたイネ、つまり花が咲かないイネが、栽培者の希望の時期に花が咲くようにするため、人為的に働きを誘導できるように改変したフロリゲン遺伝子を同時に導入することを計画しました。まず、市販農薬の一種である抵抗性誘導剤(オリゼメートやルーチン等)に反応して働き始める遺伝子を、野外の水田栽培しているイネに薬剤散布し、全遺伝子発現解析(トランスクリプトーム解析)を行うことで探索しました。その上で、薬剤反応性の高い遺伝子の制御領域を、フロリゲン遺伝子の本来の制御領域と交換した人工フロリゲン遺伝子を作成しました。
この人工フロリゲン遺伝子を導入し作成した、十数個の異なる制御領域をもつフロリゲン導入系統の中で、一系統だけでフロリゲン遺伝子が抵抗性誘導剤の処理で誘導されることを確認しました。この薬剤処理で、数十倍、時に百倍を超えて、フロリゲン遺伝子の転写量が増えました。そこで、この制御領域を持つ改変フロリゲンと花芽形成抑制遺伝子の両方を導入したイネを多数作成し、抵抗性誘導剤による開花の誘導を確認したところ、一部の系統で開花の誘導が確認できました。その中から、抵抗性誘導剤で処理をしない限り一切咲かないが、処理をすると約40~45日後に花が咲くイネ系統を作り出すことに成功しました(図2)。
適度な誘導性を持つ個体を選び、その後代を隔離圃場でポット栽培したところ、野外でも、薬剤散布による開花誘導を確認できました(図3)。今後は水田栽培での誘導条件の検討を始める予定です。本研究では、花芽形成抑制因子を導入したイネ系統によっては、ひと穂粒数といった収量性形質の向上も確認できました(図4)。
イネの育種選抜において、開花期は非常に重要な農業形質ですが、収量性や品質等の多くの他の農業形質も、開花制御遺伝子によって影響を受けてしまうことが明らかになっています。これまでは、栽培地域が決まると開花期を大きく変えられなかったので、育種の幅を狭くすることになっていました。今回の技術を利用すれば、同じ遺伝背景の植物で複数の開花期でのいろいろな農業形質を調査することができ、また、異なる遺伝背景でも開花期をそろえて育種選抜が可能になるため、これまでにない遺伝資源を見出すことができます。これは、画期的な育種につながります。加えて、系統を選べば、圃場栽培で種子をつけずに栽培することも可能です。これにより、遺伝子組み換え植物の種子拡散を抑えながら、飼料イネ等の栽培が可能になり、薬剤処理をすれば、採種もできるようになります。
遠くない将来にこの技術が実用化され、栽培者が望む時期にコメを収穫することが可能になり、栽培地域の気候に合わせた栽培体系・作期の最適化を実現させることで、生産性・品質の向上が期待されます。
本研究は、農水省委託事業「次世代ゲノム基盤プロジェクト」(課題番号GMO1005 期間:H25-H26)及び 「新農業展開プロジェクト」(課題番号 GPN1001。期間:H20-H24)の支援を受けて行われ、井澤毅教授の生物研所属時代より実施、東京大学移籍後、論文化が進められました。
URL参照:イネのフロリゲン遺伝子の名称は「Hd3a」。葉で転写され、翻訳後、遺伝子産物である比較的小さな蛋白質が、茎の先端まで維管束を通過して移動し、下流の遺伝子の働きを誘導することで花芽形成を起こす。通常は日長条件で転写が制御されている。
本研究では、「Ghd7」という遺伝子を使用。非常に強力なイネの花芽形成抑制遺伝子で、この遺伝子が遺伝的に壊れると、短日でも長日でも同じように非常に早生になる。また、北海道の品種はすべてがこの遺伝子の変異を持っている。この遺伝子を強く働かせると、葉でのHd3a等のフロリゲン遺伝子の転写を完全に止めることができる転写抑制遺伝子である。通常は日長条件によりフロリゲン遺伝子の転写を抑制する。
市販されている農薬の中で、植物がもつ病害微生物への抵抗能力を活発化する作用を持つ。この病害抵抗性が、植物の耐病性に関与する遺伝子の転写を誘導することで起こることから、人為的に遺伝子の働きを制御することに使える可能性がある。