発表者
檀上 隆寛   (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 博士課程)
榎本 有希子  (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻  特任助教(当時)/
           国立研究開発法人産業技術総合研究所  構造材料研究部門  主任研究員(現在))
島田 光星   (北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科 博士課程)
信川 省吾   (北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科 助教(当時)/
            名古屋工業大学 大学院物質工学専攻 有機分野 助教(現在))
山口 政之   (北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科マテリアルサイエンス学系 教授)
岩田 忠久   (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 教授/
            JST-ALCA ホワイトバイオテクノロジー・岩田チーム 研究代表者)

発表のポイント

◆多糖類の一種であるプルラン(注1)から、簡単なエステル化(注2)の手法により、添加剤を一切加える必要のない「ゼロ複屈折ポリマー」(注3)の開発に成功しました。

◆全ての可視光領域において、ゼロ複屈折を発現しました。

◆置換するエステル基の種類を変えることで、複屈折の値を自在に調整することが可能であるとともに、機械物性、耐熱性、耐水性、成形加工性にも優れています。

発表概要

多糖類の1つであるプルランを出発原料とし、プルランの持つ特徴的な分子構造を保持したまま、簡単なエステル化により、光学特性に非常に優れたゼロ複屈折ポリマーの開発に成功しました。開発したゼロ複屈折ポリマーは、添加剤を一切加えることなくゼロ複屈折を発現するとともに、全ての可視光領域に対して、複屈折がゼロである優れた光学特性を持ち、機械物性、耐熱性、耐水性、成形加工性にも優れています。また、置換するエステル基の種類を変えることにより、ゼロ複屈折から高複屈折を持つさまざまな光学フィルムを作製することも可能であることから、偏光板保護フィルム(注4)や位相差フィルム(注5)として、多方面での利用が期待されます。

発表内容

図1 プルランの分子構造式。図中の水酸基(-OH)をアセチル基(-OCOCH3)に置換するとプルランアセテート。
(拡大画像↗)

図2 プルランアセテートから作製したフィルムの写真(左)。市販のセルロースアセテートと今回合成したプルランアセテートの複屈折値(右)。 (拡大画像↗)

液晶ディスプレイは、スマートフォン、タブレットPC、液晶テレビなどに広く用いられています。液晶ディスプレイの基本構成材料の1つである偏光板を保護する目的で、さまざまなポリマー保護フィルムが使われています。一般的なポリマー保護フィルムは、セルローストリアセテート、シクロオレフィン樹脂、アクリル系樹脂などのポリマーから製造されていますが、その複屈折をゼロに近づけるために、多くの添加剤が混ぜられています。

本研究グループは今回、多糖類の一種であるプルランから、添加剤を全く必要としない「ゼロ複屈折ポリマー」の開発に成功しました。

原料として用いたプルランは、微生物によって生合成される水溶性多糖類の1つで、グルコースが2つのα-1,4結合と1つのα-1,6結合を規則正しく繰り返すことにより長くつながった、階段状の非常に珍しい分子構造を持っています(図1)。プルランは主に、食品添加剤、可食性フィルムや医療用カプセルなどとして利用されていますが、これまでプラスチックの原料として用いられることはありませんでした。

今回、プルランの特徴的な分子構造に着目し、分子構造中に存在する3つの水酸基(-OH)をエステル基に置換してプルランアセテートに変えることにより、特徴的な分子構造を残したままで、ゼロ複屈折を発現させることに成功しました(図2)。
開発したゼロ複屈折ポリマーは、ゼロ複屈折の発現に、添加剤を一切必要としません。これは、プルランの持つ特徴的な階段状の分子構造のため、分子配向が抑制されたためであると考えられます。また、熱延伸を施しても、分子配向の緩和が容易に起こることから、ゼロ複屈折の延伸フィルムも得られることがわかりました。さらに、このゼロ複屈折ポリマーは、全ての可視光領域(波長=380~750nm)において、ゼロ複屈折を示すことも発見しました。機械物性、耐熱性、耐水性、成形加工性にも優れていることから偏光板保護フィルムや位相差フィルムとして、さまざまな分野での利用が期待されます。

今後は、溶融押出成形などの工業手法により、ゼロ複屈折フィルムの作製を行いたいと考えています。自然界には、人工的には決して作り出すことができない、さまざまな特徴的な分子構造を持つ多糖類が存在します。今後は、それらの特徴的な構造を保持したまま、新規な高機能・高性能ポリマーの開発を行いたいと考えています。今回の成果を糸口として、石油由来の原料を使用しない、バイオベースのプラスチック創出技術を確立することで、二酸化炭素の排出削減につながることが期待されます。

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発(ALCA)と文部科学省科学研究費補助金 基盤研究A(研究代表者:岩田忠久)の一環として行われました。深く感謝いたします。

 

発表雑誌

雑誌名
:Scientific Reports(4月18日掲載)
論文タイトル
:Zero birefringence films of pullulan ester derivatives
著者
:Takahiro Danjo, Yukiko Enomoto-Rogers, Hikaru Shimada, Shogo Nobukawa, Masayuki Yamaguchi and Tadahisa Iwata* (*責任著者)
DOI番号
:10.1038/srep46342
論文URL
http://www.nature.com/articles/srep46342

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 高分子材料学研究室
教授 岩田 忠久(イワタ タダヒサ)
Tel:03-5841-5266
Fax:03-5841-1304
Email: atiwata@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
研究室URL:http://www.fp.a.u-tokyo.ac.jp/lab/polymer/index.html

用語解説

注1 プルラン
デンプンを原料として黒酵母によって生合成される水溶性多糖類。グルコースが2つのα-1,4結合と1つのα-1,6結合を規則正しく繰り返した分子構造を持つ(図1)。
注2 エステル化
多糖類の水酸基(-OH)を、アセチル基(-OCOCH3)やプロピオニル基(-OCOCH2CH3)などのエステル基に化学的手法により置換すること。
注3 ゼロ複屈折ポリマー
物体中を光が透過する際、光の振動方向によって進む速度が異なる現象を複屈折と呼ぶ。一般にポリマーフィルムにおいても、分子が配向することにより複屈折が生じる。ゼロ複屈折ポリマーとは、種々の方法により複屈折をなくしたポリマーのこと。
注4 偏光板保護フィルム
液晶ディスプレイなどに用いられる偏光板を保護するために貼られるポリマーフィルム。このフィルムの複屈折は、可能な限りゼロであることが望ましい。
注5 位相差フィルム
光学補償フィルムの1つで、複屈折による光学的な歪みや視角方向による変調が原因で起こる表示の着色等を防止するために貼られるポリマーフィルムのこと。