発表者
篠原 直貴  (東北大学大学院 生命科学研究科 植物細胞壁機能分野 特任助教)
砂川 直輝  (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 農学特定研究員)
田村  理   (東北大学大学院 理学研究科 化学専攻 講師)
横山 隆亮  (東北大学大学院 生命科学研究科 植物細胞壁機能分野 講師)
上田  実   (東北大学大学院 理学研究科化学専攻 教授)
五十嵐 圭日子 (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 准教授)
西谷 和彦  (東北大学大学院 生命科学研究科 植物細胞壁機能分野 教授)

発表のポイント

◆セルロース(注1)は、植物細胞壁の主成分であると同時に、地球上で最も多量に存在する有機化合物であるため、人類にとって非常に重要なバイオマスです。

◆セルロースは、天然で最も強靱で安定な化合物とされているため、従来の考え方では一度植物細胞壁に蓄積されると、化学的な変化を受けることはないとされていました。しかし、今回私達は、セルロース分子を切断し、別のセルロース分子に“繋ぎ換える”ことができる酵素(注2)を、モデル植物として広く利用されているシロイヌナズナから発見しました。

◆この発見は、植物細胞壁の基本的な働きについての概念を大きく変えると同時に、地球上で最大のバイオマスである植物細胞壁から新規の天然素材を作出する技術基盤となり、次世代型のバイオマス利用の新産業の創出のシーズとなることが期待されます。

発表概要

本研究科の砂川直輝 農学特定研究員と五十嵐圭日子 准教授のグループが西谷和彦 東北大学教授のグループ、および上田実 東北大学教授らの研究グループと共同で、セルロース分子をつなぎ換える酵素を発見し、セルロースエンド型転移酵素(Cellulose Endo-Transglycosylase;CET)と名付けました。 CETの発見は、植物の成長や免疫・栄養のしくみに関する従来の考え方を覆すだけでなく、これまで不可能とされていたセルロース分子を植物自身の酵素によって修飾したり改変したりすることが原理的に可能となり、天然セルロース分子を、常温常圧下の、安全な水溶液中で、自在に加工し、付加価値をもった天然素材を創出する道が拓けました。この成果は4月26日にScientific Reports (www.nature.com/articles/srep46099)に掲載されました。

発表内容

図 これまで知られていた酵素(従来型酵素)は、キシログルカン分子間の繋ぎ換え反応のみを行いましたが、今回の実験に用いられたXTH3は、セルロースとキシログルカン分子の繋ぎ換え(CXE)活性とセルロース分子間の繋ぎ換え(CET)活性という、これまで“あり得ない”とされていた新しい繋ぎ換え反応を行う酵素であることがわかりました。
(拡大画像↗)

植物の細胞は、葉緑体を持ち、細胞壁に囲まれているなどの点で、動物の細胞とは決定的に異なる形と働きを持っています。細胞壁は、植物の細胞の形を決めたり細胞の成長を制御したりするだけでなく、植物の免疫や栄養、乾燥環境への抵抗性など、陸上で植物が生存するために重要な役割を担っているので、細胞壁は植物細胞にとってなくてならない装置なのです。

セルロースは、植物細胞壁の約半分を占める主要な成分であり、地球上で最大のバイオマスですが、そのほとんどが陸上植物によって作られています。光合成の過程で植物は、まず葉緑体で二酸化炭素(CO2)を固定してグルコースを作り、グルコースを長く(数千から数万個)繋げてセルロースを合成します。作られたセルロースは数十本が束になってセルロースナノファイバー(CNF、セルロースミクロフィブリルとも呼ばれる)として細胞壁の骨組みとなるのです。CNFは、物理的には鋼鉄以上の引っ張り強度を持ち、化学的にも非常に安定で容易に分解されない特性を持っています。この性質から、人類は有史以前から、セルロースを豊富に含む植物細胞壁を、材木、繊維、紙として使ってきました。また、食ベ物の食感や、機能性食品の効能を決めるのも、セルロースを主成分とする植物細胞壁なのです。

植物細胞壁中には、セルロース分子以外にもセルロース分子とよく似た「キシログルカン(注3)」という成分が存在しますが、これまではこのキシログルカンがセルロースの束と束の間を“繋ぎ留める“はたらきをしていると考えられてきました。西谷教授らは、1992 年にキシログルカン分子を繋ぎ換える酵素を世界に先駆けて発見し、その後、この酵素がキシログルカントランスグルコシラーゼ/ヒドロラーゼ(XTH)ファミリーという蛋白質のグループに含まれることも明らかにしていました。今回CET活性を持つことを発見したシロイヌナズナのXTH3も、このXTHファミリーに含まれる酵素です(図)。

セルロースという水に溶けない分子の繋ぎ換え反応の実証はこれまで困難でした。今回の研究では、可溶性のセルロースオリゴ糖やリン酸セルロースなどを用いて、質量分析や液体クロマトグラフィーにより反応産物を解析する方法を考案することにより実証することに成功しました。

現代のように科学が進んだ社会になっても、人類はセルロースを人工合成することができないため、植物がすでに細胞壁に蓄積したセルロースを使うしか方法がありません。しかし、植物の中で物性を変化させることが可能になると、セルロースの利用価値を紙や綿、材木を超えた高機能素材へと高める新技術の端緒になります。特に今回の発見は、常温常圧の水溶液中で、安全な植物の酵素によってセルロースから新素材を作り出すことができる道を拓いた点で、産業化に向けた重要なハードルを越える成果であると言えます。

この研究は、平成24年度文部科学省科学研究費補助事業として推進してきた新学術領域研究 「植物細胞壁の情報処理システム」(https://www.plantcellwall.jp/)(領域代表者 西谷和彦 東北大学)の主要成果の一つです。

発表雑誌

雑誌名
Scientific Reports
論文タイトル
:The plant cell-wall enzyme AtXTH3 catalyses covalent cross-linking between cellulose and cello-oligosaccharide.
著者
:Naoki Shinohara, Naoki Sunagawa, Satoru Tamura, Ryusuke Yokoyama, Minoru Ueda, Kiyohiko Igarashi, Kazuhiko Nishitani
DOI番号
:10.1038/srep46099
論文URL
http://www.nature.com/articles/srep46099

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 森林化学研究室
准教授 五十嵐 圭日子(いがらし きよひこ)
Tel:03-5841-5258
Fax:03-5841-5273
Email: aquarius@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

農学特定研究員 砂川 直輝(すながわ なおき)
Tel:03-5841-5257
Fax:03-5841-5273
E-mail:n-sunagawa@hotmail.co.jp

用語解説

注1)セルロース
グルコース分子がグルコシド結合で直線状に繋がった不溶性の高分子で、植物の細胞膜の上で合成されるとたちまち、数十本程度が細長い結晶となり、強靱で微細な繊維となる。これが植物の細胞の周辺に多数沈着して、細胞壁の骨格となる。セルロースに作用する酵素はこれまで、セルロースを加水分解するセルラーゼのみと考えられてきたが、今回の発見で、セルロース分子を切断するだけでなく、セルロースを繋ぎ換える酵素が存在することがわかった。このような酵素のはたらきによって、セルロースは一旦作られた後も、細胞壁の中でその構造を変えていると考えられる。
注2)酵素
数百のアミノ酸が繋がった蛋白質の一種で、化学反応を触媒(促進)する性質を持ったもの。ほとんどの生命活動は、この酵素の働きで進む。酵素は遺伝情報に基づいて、細胞質で合成され、働く場所に運ばれる。今回の実験に用いられたXTH3は細胞質中で作られた後、細胞膜の外側の細胞壁中に運ばれ、そこでセルロースに作用すると考えられる。
注3)キシログルカン
グルコースが一直線に繋がったセルロース分子に、キシロースなどの別の糖分子が側鎖として結合したひも状の多糖類分子。側鎖があるため、セルロースのように結晶化して束になることはないが、セルロースと構造が類似しているため、セルロースと水素結合(弱い分子間の相互作用)で接着する性質がある。