発表者
中村 達朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任助教)
藤原 祐樹(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 修士課程2年)
山田 涼太(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 当時 学部6年)
藤井 渉  (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 助教)
濱端 大貴(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 修士課程2年)
前田 真吾(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 当時 特任助教)
村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)

発表のポイント

◆マスト細胞にはプロスタグランジンD2(PGD2)合成酵素が多く発現していた。全身や肥満細胞特異的にPGD2合成酵素を欠損させたマウスや、PGD2受容体であるDPを欠損させたマウスでは、血管透過性の急激な上昇を伴う血圧や体温の低下などのアナフィラキシー症状が劇的に悪化した。

◆DP受容体を刺激する薬を投与すると、アナフィラキシー時にみられる血管透過性の亢進がおさえられ、その症状を改善することに成功した。

◆アナフィラキシーを抑える分子が特定されることで、治療方法の開発につながることが期待される。

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の村田幸久准教授と中村達朗特任助教らの研究グループは、アナフィラキシー反応を起こしたマウスを用いて、マスト細胞から産生されるPGD2が血管透過性の急激な上昇を抑えることで、過度なアナフィラキシーを抑える働きを持つことを発見した。さらに、PGD2が作用する受容体を突き止め、薬物を用いたこの受容体への刺激がアナフィラキシーの抑制に有用であることを証明した。

つまり、マスト細胞はヒスタミンを放出することでアナフィラキシー反応を引き起こすとともに、その反応の行き過ぎを抑えるために、PGD2を同時に産生していることが証明された。PGD2を応用することで、新しいアナフィラキシーの治療法につながることが期待される。

発表内容

図:食物やハチ毒、蛇毒が体内へ侵入するとマスト細胞が活性化して、ヒスタミンなどの炎症物質を大量に放出し、これが血管の透過性を急激に上昇させることで、体温や血圧の低下を症状とするアナフィラキシーが起こる。同時にマスト細胞から産生されるPGD2は、血管透過性を抑えることで過度なアナフィラキシー反応を抑える働きをもつ。
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研究の背景

食物アレルギーやハチに刺された時に起こるアナフィラキシー(ショック)は、免疫細胞の1つであるマスト細胞が活性化して、ヒスタミンやロイコトリエンといった炎症物質を大量に放出することでおこる(図)。その症状としては、蕁麻疹や呼吸器症状の他、血管の透過性の上昇を伴う血圧や体温の低下、意識の喪失などが挙げられ、重篤な場合、死亡するケースもある。

このアナフィラキシー反応の主役となるマスト細胞は、ヒスタミンやロイコトリエンと共に、プロスタグランジンD2(PGD2)という脂質メディエーターを大量に産生することが分かっているが、この物質の生理活性については分かっていなかった。

研究内容

  1. PGD2合成酵素の欠損はアナフィラキシーを悪化させる。
    マウスにマスト細胞を活性化させるcompound 48/80という薬剤を投与したり、抗原-抗体反応を起こすと、ヒスタミンが産生され、皮膚の血管透過性の上昇と共に、血圧や体温の低下が引き起こされた。PGD2合成酵素(H-PGDS)を全身で欠損させたマウスでは、ヒスタミンの産生量に変化は無かったが、これらのアナフィラキシー症状が劇的に悪化した。
  2. マスト細胞がPGD2を産生する。
    免疫染色によりマスト細胞がH-PGDSを強く発現していることが確認された。
    そこで、マスト細胞特異的にH-PGDSを欠損させたマウスを作製したところ、このマウスでも、compound 48/80投与によるアナフィラキシー症状が悪化することが確認された。
  3. PGD2受容体の欠損はアナフィラキシーを悪化させ、その刺激は症状を改善する。
    PGD2受容体(DP)の遺伝子欠損マウスを作製し、compound 48/80によるアナフィラキシー反応を観察したところ、野生型のマウスと比較して症状の悪化が観察された。一方で薬物によりDP受容体を刺激すると、血管の透過性が強く抑えられ、アナフィラキシー反応が抑えられることが分かった。

考察・社会的意義

アナフィラキシーは生命を脅かす生体反応であり、近年患者数が増加している食物アレルギーに伴う最も大きなリスクである。本研究成果は、この反応の一序を明らかにし、制御する方法を提案するものであり、将来の治療応用が期待できる。

また、アナフィラキシーを含むアレルギー反応の立役者であるマスト細胞が、ヒスタミンなどの炎症促進物質とともに、過度な反応を抑制する物質をも同時に産生していることが明らかになった。これはマスト細胞の存在意義や生体の恒常性(ホメオスタシス)維持機構を理解する上でも大変重要な発見である。

発表雑誌

雑誌名
:The Journal of Allergy and Clinical Immunology (オンライン版 4月27日掲載)
論文タイトル
:Mast cell-derived PGD2 attenuates anaphylactic reactions in mice
著者
:Tatsuro Nakamura, Yuki Fujiwara, Ryota Yamada, Wataru Fujii, Taiki Hamabata, Monica Yunkyung Lee, Shingo Maeda, Kosuke Aritake, Axel Roers, William C. Sessa, Masataka Nakamura, Yoshihiro Urade, Takahisa Murata
DOI番号
http://dx.doi.org/10.1016/j.jaci.2017.02.030
論文URL
http://www.jacionline.org/article/S0091-6749(17)30476-1/abstract

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 放射線動物科学教室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247
Fax:03-5841-8183
研究室URL:http://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/houshasen/index.html

用語解説

注1 血管透過性
タンパク質や血球のような比較的大きな物質や細胞が、血管の中から外へ出るときの出やすさ。炎症時には、傷害をうけた組織で血管透過性が上昇する。