疾患に関連した脂質過酸化反応の新しいバイオマーカーを発見
◆疾患に関連した脂質過酸化反応に由来する新しいバイオマーカーを発見しました。
◆高脂血症モデルマウスや高脂血症患者の血清中にNε-(8-carboxyoctanyl)lysine (COL)というリジン修飾体が有意に増加していることを見出しました。
◆高脂血症などの疾患に関連したバイオマーカーとしての応用が期待されます。
様々な疾患に関与すると考えられている酸化ストレスにより、脂質の過酸化反応が惹起されると、反応性の高い脂質アルデヒド類が生成し、タンパク質に共有結合修飾をします。こうしたアルデヒドによるタンパク質の修飾は、疾患のバイオマーカーとして有用であると考えられています。
今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の内田浩二教授らは、質量分析装置を用いたアルデヒド修飾構造を網羅的に解析する方法を確立し、酸化低密度リポタンパク質(酸化LDL)におけるアルデヒド修飾構造を網羅的に解析しました。その結果、主要なリジン修飾体としてNε-(8-carboxyoctanyl)lysine (COL)が同定されました。このリジン修飾体は、高脂血症モデルマウスやヒト高脂血症患者の血液中にも有意に増加する修飾体であることが明らかとなりました。こうした結果から、高脂血症における疾患マーカーとしての応用が期待されます。
図1 COLの化学構造
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私たち人間をはじめとする生物は、生命活動を維持するために酸素を必要とします。取り込まれた酸素のほとんどはエネルギーを産生するために利用されますが、ごく一部は反応性の高い活性酸素種に変換されてしまいます。通常私たちの体の中には、活性酸素種のレベルを保つ機能が備わっていますが、加齢などや生活習慣などによりそのバランスがくずれてしまうことがあります。こうしてできた活性酸素種は、私たちの体を構成しているタンパク質や脂質などに酸化的なダメージを与えてしまうことが知られています。特に脂質は、活性酸素種の影響を受けやすく、脂質過酸化反応(注1)を受けることにより、アルデヒドなどの化学物質などが生成します。例えば、「加齢臭」の原因物質として話題になった2-ノネナールという物質も、脂質が酸化反応を受けて生成されるアルデヒドの一種です。
脂質からできるアルデヒドの中には反応性の高いものが多く存在し、タンパク質などに対してさらに反応することにより、様々なアルデヒドによる修飾構造がタンパク質分子上に形成されます。このようなタンパク質に対する修飾は、生活習慣病などの疾病や加齢などによっても引き起こされることが明らかになりつつあり、生体内のタンパク質分子上に形成される多種多様な修飾構造が、その生体内の状態を反映したよい指標となるものと考えられます。最近では、こうした修飾構造がバイオマーカー(注2)としてだけでなく、病気の発症や進展に関わる可能性も示唆されています。
今回、タンパク質分子上に形成される様々な修飾構造複合体(タンパク質アダクトーム)を解析することにより、生体内で起こっているダメージを把握できるのではないかと考え、質量分析装置を利用した網羅的な解析方法を確立しました。特にアルデヒド化合物による修飾を受けやすいヒスチジン残基およびリジン残基に注目し、それらの修飾体を選択的に検出できる系を確立しました。さらに、不安定なアルデヒド修飾体を水素化ホウ素ナトリウムで還元することにより安定化した後、酸加水分解によりアミノ酸レベルにまで分解して、質量分析に供しました。まず、脂質過酸化反応のモデルとしてよく使用されるヒト酸化LDLにおける解析を行ったところ、最も主要なリジン修飾体として、Nε-(8-carboxyoctanyl)lysine (COL)を同定しました(図1)。COLは、これまで知られている酸化LDLに含まれる修飾構造の中で最も生成量の多い修飾体であることがわかりました。さらにこのCOLが疾患状態において増加するかどうかを検討するため、高脂血症モデルマウスやヒト高脂血症患者の血液中のCOLを測定しました。その結果、いずれもコントロールと比較して有意に増加していることが明らかとなりました。このことから、COLは高脂血症に関連した脂質過酸化反応におけるよいバイオマーカーとなりうることが期待されます。
この研究は、日本学術振興会科研費新学術領域研究「酸素生物学」、基盤研究(A)、JSTさきがけの支援を受けて行われました。