発表者
渡辺 孝康 (東京大学大学院農学生命科学研究科 附属食の安全研究センター 特任助教)
柴崎 真樹 (東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 大学院生)
丸山 史人 (京都大学大学院医学研究科 准教授)
関崎  勉  (東京大学大学院農学生命科学研究科 附属食の安全研究センター 教授)
中川 一路 (京都大学大学院医学研究科 教授)

発表のポイント

◆細菌において外敵への免疫機能を有するとされるclustered regularly interspaced short palindromic repeat(CRISPR)が、歯周病原細菌Porphyromonas gingivalisでは新たな機能を有している可能性を見いだしました。

Porphyromonas属細菌群では、同グループ内での遺伝情報の移動を制御するためにCRISPRが用いられている可能性があります。

◆歯周病の発症・進行におけるPorphyromonas gingivalisの役割を知る手がかりとなり得る、重要な基礎データとなりました。

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の渡辺孝康特任助教らは、歯周病原細菌Porphyromonas gingivalis(ポルフィロモナス・ジンジバリス)とこれに近縁なPorphyromonas菌群において、外敵となるバクテリオファージなどに対し免疫機能を有するCRISPR(クリスパー、注1)がPorphyromonas属グループ内での遺伝情報の移動を制御している可能性を見いだしました。これは、外敵の遺伝情報を記憶して獲得免疫を発揮するという従来のCRISPRの機能とは異なる、新たな機能の可能性として注目されます。本研究の成果は、歯周病の病巣における本菌の生存機構を知る手がかりとなり、将来的に新たな歯周病治療・予防法を確立する上での一つの基礎研究となるものです。以上の成果は、国際科学誌PLOS ONEに、2017年8月24日14時(米国東部時間)にオンライン版で発表されました。

発表内容

図1 Porphyromonas gingivalisにおいて想定されるCRISPRの機能

(A)トランスポゾンなど遺伝情報を移動させる働きを有するものが本菌のゲノムには多数存在しているが、それらによる遺伝情報の細胞内の移動を、CRISPRが制御する。(B) Porphyromonas gingivalisという一つの種に属するがゲノムに違いのある2つの菌株AとBの間で、遺伝情報が接合などを介して移動するとき、これを受容菌のCRISPRが制御する。(C) 上記(B)で示した制御が、Porphyromonas gingivalis以外のPorphyromonas属細菌種からPorphyromonas gingivalisへの遺伝情報の移動に際して生じる場合。

(拡大画像↗)

現在、歯周病の発症・進行には口腔内の種々の細菌が関わっていることが知られており、なかでも、Porphyromonas gingivalisなどは特に関わりが深い歯周病原細菌とされています。本菌は、遺伝情報のセットであるゲノムをわずかに、時に大胆に変化させて、生物学的な種としてのまとまりを保ちながら多様性をつくりだし、多様な口腔環境に対応して病原性を発揮していると考えられています。その一つの鍵となるのが、多くの細菌が有する免疫機構であるCRISPRであり、発表者の先行研究から本菌のCRISPRが一般的な免疫機能とは異なる機能を有している可能性が示唆されました。本研究では、その謎に迫るため、本菌のゲノム情報を新たに数十株単位で取得し、国際的に公開されているPorphyromonas属細菌群のゲノム情報と併せて、CRISPRの構造を詳細に解析しました。
  まず、これまでに知られていたPorphyromonas gingivalisの4つのCRISPR型に加えて、14の新たなCRISPR型を発見しました。この計18型のうち、15のCRISPR型では、CRISPRが機能を発揮するのに必要とされるCRISPR関連(cas)遺伝子群がごく近くに位置していることもわかりました。次いで、これらのCRISPRが何を免疫対象として記憶しているのかを、一般的に広く用いられている遺伝情報データベースにおいて探索したところ、免疫記憶部位であるスペーサー(注2)6,896個のうち74個、すなわちたった1.1%にしか、免疫対象となりうる外来性のDNA配列を見出せませんでした。そこで、今回CRISPRを発見する際に用いたPorphyromonas属グループのゲノム情報の中から、CRISPRの免疫対象となりうるDNA配列を探してみると、6,896個のスペーサーのうち1,720個、すなわち24.9%(約4分の1)において免疫対象となりうるDNA配列を特定できました。そのDNA配列は、CRISPRが存在するのと同一ゲノム上に位置している場合もあれば、同種または同属の他の細菌ゲノム上に位置している場合もありました。また、Porphyromonas gingivalisでは、細菌細胞の外にある遺伝情報を形質転換によって取り込む、あるいは他の細菌が保有している遺伝情報を細胞同士の接合伝達によって取り込むことが知られていますが、こういった機能に関わると考えられる遺伝子群の一部には、CRISPRの免疫対象となりうるDNA配列がありました。
  以上の知見をまとめると、Porphyromonas gingivalisをはじめとするPorphyromonas属細菌群は、この細菌グループに属している細菌同士での遺伝情報の細菌間移動をCRISPRによって制御していると考えられます(図1)。この機能は、従来から知られ深く研究されてきたCRISPRの獲得免疫機能、すなわち外敵からの攻撃に対抗して生命を維持する機能とは異なり、細菌が生物学的なまとまりの中で無制限に多様化しないよう制御するために用いられる新たなCRISPRの機能であるといえます。本研究成果は、Porphyromonas属細菌群の生存機構を知る手がかりとなるだけでなく、細菌学においても幅広いCRISPRの機能を知る上での一例として重要なものです。

発表雑誌

雑誌名
:「PLOS ONE」オンライン版8月24日
論文タイトル
:Investigation of potential targets of Porphyromonas CRISPRs among the genomes of Porphyromonas species.
著者
:Takayasu Watanabe*, Masaki Shibasaki, Fumito Maruyama, Tsutomu Sekizaki, Ichiro Nakagawa(*:責任著者)
DOI番号
:10.1371/journal.pone.0183752
論文URL
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0183752

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 附属食の安全研究センター
特任助教 渡辺 孝康
Tel: 03-5841-0916
Fax: 03-5841-0916
Email: atakawat <at>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <at>を@に変えてください。

用語解説

注1 CRISPR
細菌や古細菌のゲノム内で見つかる、反復配列がクラスターを形成している領域のことを指す。cas遺伝子群の働きにより、リピートと呼ばれる各CRISPRに固有の数十塩基の反復配列の間に、外来の遺伝情報を数十塩基単位でゲノム上に取り込まれる領域を指すことから、Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat(CRISPR)と呼ばれている。1980年代に日本の科学者、石野良純氏が世界で最初に発見して以来、研究が盛んに行われている。
注2 スペーサー
CRISPRを構成する要素のうち、外来の遺伝情報の一部を保存しておく部位。ひとつのCRISPRに存在するスペーサーの個数は多種多様で、外敵の侵入経験に応じて新たなスペーサーが獲得される。