発表者

反田 直之 (東京大学大学院農学生命科学研究科 特任助教)
Susan Duncan (Computational and Systems Biology, John Innes Centre, UK)
田中 真幸 (東京大学大学院農学生命科学研究科 特任助教)
佐藤 貴文 (東京大学大学院農学生命科学研究科 修士課程学生;当時)
Athanasius F. M. Marée (Computational and Systems Biology, John Innes Centre, UK)
藤原 徹 (東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)
Verônica A. Grieneisen (Computational and Systems Biology, John Innes Centre, UK)

発表のポイント

◆植物の根において、ホウ素輸送体の発現が外部のホウ素環境の変化に応答して一見必要以上に素早く変化することの意義を見出しました。

◆数理モデル解析から、ホウ素輸送体の発現制御が遅いと、ホウ素の定常的な輸送が妨げられる”交通渋滞”のような現象が生じることを発見しました。

◆ 輸送体の迅速な制御による“交通渋滞”の防止は、高濃度のホウ素による細胞毒性や不安定な栄養供給の防止に重要である可能性を示しました。

発表概要

植物は土壌から、生育に必要なホウ素を吸収するためにホウ素輸送体を利用します。ホウ素は高濃度では毒性を示すため、土壌中のホウ素濃度が高いことを感知すると、輸送体の発現は迅速に低下することが知られていました。しかしながら、その反応時間は想定される土壌中のホウ素濃度の変化に比べて一見必要以上に速く、その意義は明らかになっていませんでした。
  東京大学農学生命科学研究科 藤原 徹 教授のグループは、イギリスJohn Innes CentreのAthanasius F. M. Marée博士のグループ、Verônica A. Grieneisen博士のグループと共同で、シロイヌナズナの根を対象としたホウ素輸送の数理モデル解析により、ホウ素輸送体の発現制御の応答を遅くすると、輸送システムが不安定な状態になり、細胞内のホウ素濃度と輸送体発現強度の周期的な変動を伴う振動状態に陥ることを見出しました。この状態では車の交通渋滞のように、ホウ素が細胞から次の細胞へスムーズに移動することができずに、輸送効率が低下し、一時的に細胞内のホウ素濃度が過剰に上昇してしまうことがわかりました。この発見は輸送体の素早い制御のこれまでになかった意義を提案するとともに、栄養輸送効率の良い植物のデザインに新たな視点を与えることが期待されます。

発表内容

図1 根におけるホウ素輸送の1次元モデル
 動画1 根におけるホウ素輸送の交通渋滞と環状道路における車の交通渋滞

左:根の細胞を環状に並べたホウ素輸送モデル。右:ボトルネックが存在しない環状道路でも交通渋滞が生じることを示した実験 (Sugiyama et al., New journal of physics, 2008). ホウ素濃度のピークが輸送方向とは逆方向に伝播していく。これは交通渋滞において車の密度の高い領域(=渋滞箇所)が進行方向と逆方向に伝播していく様子によく似ている。

【背景】
  ホウ素は植物の必須栄養で、植物は土壌中からホウ素を吸収する必要があります。一方、高濃度のホウ素は細胞毒性を示すため、植物体内のホウ素濃度は適切な範囲に保たれなければなりません。植物体内のホウ素濃度をコントロールするために、植物はホウ酸輸送体を持ちます。シロイヌナズナの根においては、細胞の土壌側の細胞膜で発現するホウ酸チャネル NIP5;1 と、その反対側 (根の中心側) に発現する排出型ホウ酸トランスポーター BOR1, BOR2 が重要な働きを担うことが知られていました。これらのホウ素輸送体は土壌中のホウ素濃度が低い場合に発現し、その働きによって限られたホウ素を効率よく吸収することができると考えられています。外部のホウ素濃度が高い場合には、過剰量のホウ素の吸収を防ぐために、これらのホウ素輸送体の発現は抑制されます。この発現抑制は、NIP5;1はmRNAの分解によって、BOR1、BOR2についてはたんぱく質の分解によって行われ、これらの応答はホウ素環境の変化後きわめて迅速に、数~数十分の間に起こることが知られていました。土壌によるホウ素の緩衝作用を考えると、自然界において土壌中のホウ素濃度の急激な変化が頻発することは想定しづらく、研究チームはなぜホウ素輸送体の発現制御がこのように迅速である必要があるのか疑問に感じ、そこに単純に吸収を抑制する以外の理由があるのではないかと考えました。

【方法】
  その疑問に答えるため、数理モデルを用いたホウ素輸送のシミュレーションを行い、ホウ素輸送体の発現制御が遅かった場合、植物にとってどのような不都合が生じるのかを調べました。シミュレーションでは根の組織構造を単純化し、同じ構造の細胞が細胞壁を挟んで1列に並んでいることを想定した1次元モデルを構築しました(図1)。各細胞の土壌側の細胞膜にはNIP5;1を、根の中心側の細胞膜にはBOR1, BOR2を配置し、それぞれの発現量(=輸送活性)は各細胞内のホウ素濃度によって制御されるものとしました。各細胞、細胞壁間のホウ素のやり取りを微分方程式によって記述することで、各区画のホウ素濃度、ホウ素輸送体発現量が経時的にどのように変化するかを推定しました。

【結果】
  シミュレーションでは、ホウ素輸送体の発現制御が迅速に行われる場合は、ホウ素は土壌から根の中心に向かって一定の速度で輸送されました。この状態から、ホウ素輸送体の制御速度を遅くすると、細胞内のホウ素濃度と輸送体の発現量が周期的に変動する振動状態に陥り、ホウ素の輸送効率が低下することが明らかになりました。また輸送体発現制御が迅速に行われていた場合には培地中のホウ素濃度に近い値に保たれていた細胞内のホウ素濃度が、振動状態では一時的に細胞内のホウ素濃度が5倍程度まで上昇することを見出しました。このことは、培地中のホウ素濃度自体は毒性を示さない濃度であっても、輸送体制御速度が遅いことによって生じる振動現象によって一過的な濃縮が起き、細胞毒性を示す可能性を示しています(図1 下)。
  この現象は交通渋滞によく似ていて、渋滞箇所では車の密度(=ホウ素濃度)が過剰に上昇する一方で時間当たりの輸送効率は低下します。このことから研究チームはこの現象を“栄養輸送の交通渋滞”としてとらえることを試みました。交通渋滞の原因は一般的に料金所やインターチェンジなどのきっかけとなる構造(=ボトルネック)による場合と、ボトルネックが存在しなくても、運転者の運転操作のわずかなタイムラグ(=制御の遅さ)による場合があることが知られています。後者の存在は、ボトルネックのない環状道路を用いた実験によって渋滞を観察することで証明されました。研究チームはこの実験にならい、細胞を環状に並べたモデルにおいてホウ素の輸送をシミュレーションし、同様の”交通渋滞”が生じることを示しました(動画1)。このことから、栄養の交通渋滞はボトルネックによるものではなく、輸送体の制御速度が遅いことに起因するものであることを示しました。

【意義】
  この発見は基質依存的なトランスポーターの素早い制御の重要性に対して、これまでになかった視点を与えるものです。またこの知見は植物の根におけるホウ素輸送に限らず、類似した輸送機構を持つ多細胞間の物質輸送に適用が可能で、幅広い分野での応用が期待されます。

発表雑誌

雑誌名
:eLife
論文タイトル
:Rapid transporter regulation prevents substrate flow traffic jams in boron transport
著者
:Naoyuki Sotta, Susan Duncan, Mayuki Tanaka, Sato Takafumi, Athanasius FM Marée, Toru Fujiwara, Verônica A. Grieneisen.
DOI番号
:10.7554/eLife.27038
論文URL
https://elifesciences.org/articles/27038

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 植物栄養・肥料学研究室
特任助教 反田 直之(そった なおゆき)、教授 藤原 徹 (ふじわら とおる)
Tel:03-5841-5104
Fax:03-5841-8032
E-mail:atorufu <アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。