発表者
高橋 厚裕(名古屋大学宇宙地球環境研究所 研究員;研究当時)
熊谷 朝臣(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 教授)
金森 大成(名古屋大学宇宙地球環境研究所 研究員)
藤波 初木(名古屋大学宇宙地球環境研究所 講師)
檜山 哲哉(名古屋大学宇宙地球環境研究所 教授)
原   政之(埼玉県環境科学国際センター 研究員)

発表のポイント

◆東南アジア熱帯雨林での森林破壊が地域気候に及ぼす影響を物理的に考察することができました。特に、大規模森林破壊が広い範囲で降雨量を減らす可能性があることを示しました。

◆東南アジア熱帯島嶼域の気候特性は特異であり、当該地域での陸上生態系変化が気候に及ぼす影響を精緻に考察したのは本研究が世界で初めてです。

◆東南アジア熱帯林は現在最悪の森林破壊地域であり、森林破壊が地域気候、特に降雨量にまで影響を及ぼすことを示したことは熱帯林保全の強い動機付けになると考えられます。

発表概要

熱帯林域は、地球表面における重要な熱・水蒸気源です。よって、大規模な熱帯林破壊は、地球規模の、また、地域の気候を変えてしまう可能性があります。世界最悪の森林破壊地域でもある東南アジア熱帯雨林の変化が気候に及ぼす影響を精緻に考察するのは喫緊の要事ですが、東南アジア熱帯島嶼域の気候特性は特異であり、そこには観測データの不足や解析技術の難しさなど、乗り越えなければならない多くの壁がありました。
  東京大学大学院農学生命科学研究科(当時 名古屋大学宇宙地球環境研究所)の熊谷朝臣教授のグループは埼玉県環境科学国際センターの原政之研究員と共同で、主に森林破壊・衰退に関係する土地利用・土地被覆変化が、東南アジア熱帯雨林域のボルネオ島全域に渡る水文気候、特に、降雨の量と変動特性にどのような影響を与えうるのか調べるために、スーパーコンピュータによるシミュレーションを行いました。その結果、地表面を裸地に変えてしまうような森林破壊を大規模で行った場合、ボルネオ島全域で降雨量が減少することがわかりました。本研究の成果は、東南アジア熱帯林の保全の人間生活における意味~例えば、森林破壊が降雨量減少を通じ農業生産に影響を及ぼし得る~を理論的に示したと言えるでしょう。

発表内容

図 再現実験、実験1、実験2、実験3で計算された月降雨量。標高が100 mより低い土地(全陸地の約36%の面積を占める)の被覆を裸地に変えた(森林を伐採した)実験(実験2)、ボルネオ島全体の土地被覆を裸地に変えた(森林を伐採した)実験(実験3)、実験1で減少した蒸発散量と同じだけの蒸発散量が減少するよう植生の最大水蒸気拡散効率を調整(通常の0.2倍)した実験(実験1)が行われました。再現実験(現実の降雨分布)と比べて、実験1では特に山岳地で増加しています。実験2、実験3では特に山岳地とそれに囲まれた低地で減少しています。
(拡大画像↗)

【背景】
  熱帯域は、地球表面における重要な熱・水蒸気源であり、地球・局地気候システムにおいて重要な役割を担っています。森林は、蒸発散とそれによる太陽エネルギーの潜熱へ変換を通じ、気候システムに大きな影響を与えています。よって、熱帯林地域の大規模土地改変、つまり、熱帯林破壊は、地球規模・地域の気候を変えてしまう可能性があります。このような熱帯林破壊が引き起こす気候変化に関する研究は、世界中の多くの研究者が関心を持つテーマですが、東南アジア熱帯島嶼域の熱帯雨林については、その気候特性の特異さ、そこからくる解析の難しさ、そして観測データの不足から十分な研究が行われていませんでした。特に、東南アジア熱帯雨林は世界最悪の森林破壊地域であり、その森林破壊・森林衰退が地域気候に及ぼす影響を知ることは喫緊の要事でした。

【方法】
  そこで、森林破壊・衰退に関係する土地利用・土地被覆変化がボルネオ島全域に渡る水文気候にどのような影響を与えうるのか調べるために、局地気候モデルWRF(Weather Research and Forecasting)に森林-大気間熱・水交換過程モデルを組み込んでシミュレーションを行いました。シミュレーションモデルの正当性確認は、熱帯降雨観測衛星「TRMM」3 B42データセットで行われ、東南アジア熱帯島嶼域の特徴である卓越する降雨日変動が適切に再現されることが確認されました(再現実験:図)。そして、土地利用・土地被覆変化がボルネオ島全域の降雨の量と変動特性にどのような影響を与えるのかを調べることを目的とした数値実験(実験1、実験2、実験3:図)を行いました。

【結果】
  地表面において高い太陽放射反射率を生じるような森林破壊、つまり裸地化は、蒸発散、対流活動、大気中水蒸気の対象地域への水平移動を減衰させることで降雨量の減少を引き起こすことがわかりました(実験2、実験3:図)。また、海岸に近い低地のみで森林が伐採された場合でも、降雨量が減るのは内陸山岳部であることが示されました(実験2)。一方で、森林表面の太陽放射反射率を変えることなく、つまり森林の見た目を特に変えることなく、蒸発散効率が減少するような樹種変換が起きた場合、蒸発散の減少を補填するような対流活動と大気中水蒸気の水平移動が活発となり、逆に、降雨量の増加が起きる可能性があることがわかりました(実験1:図)。詳細には、東南アジア熱帯島嶼域熱帯雨林における土地利用・土地被覆変化は、地表面加熱過程と海陸風循環の変化の複合効果を通じて、島の海岸から内陸に向けての距離に対応して降雨日変動の振幅を変化させ、結果として全島の降雨の量と変動特性を変えることが明らかになりました。

【意義】
  本研究は、東南アジア熱帯島嶼域の熱帯雨林の変化が引き起こす気候変化は一対一対応のように単純化できるようなものではないということを示しましたが、少なくとも、大規模森林破壊は、ボルネオ島の降雨量を減少させ、ひいては、地域の人間生活にまで影響を与えうるということが示されました。現在、世界最悪の熱帯林破壊地域である東南アジア熱帯雨林で、熱帯林保全を行う理論的背景・強い動機付けになると考えています。

発表雑誌

雑誌名
:Journal of Hydrometeorology(オンライン版:2017年9月14日)
論文タイトル
:Impact of tropical deforestation and forest degradation on precipitation over Borneo Island
著者
:Atsuhiro Takahashi, Tomo’omi Kumagai, Hironari Kanamori, Hatsuki Fujinami, Tetsuya Hiyama, Masayuki Hara* *Corresponding author
DOI番号
:10.1175/JHM-D-17-0008.1
論文URL
http://journals.ametsoc.org/doi/abs/10.1175/JHM-D-17-0008.1

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 森林科学専攻 森林理水及び砂防工学研究室
教授 熊谷 朝臣(くまがい ともおみ)
Tel: 03-5841-5214 
E-mail: tomoomikumagai<アット>gmail.com  <アット>を@に変えてください。