植物ホルモンオーキシンは花幹細胞の増殖を止めて、
果実づくりを促すスイッチとしてはたらく
~花が実をつくるために必要なメカニズムを解明・食糧の増産に期待~
奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大、学長:横矢 直和)バイオサイエンス研究科 花発生分子遺伝学研究室の伊藤寿朗教授らは、植物の花が成長を停止して果実を作るときに植物ホルモンのオーキシンがはたらくという新たなメカニズムを発見した。このとき、オーキシンは旺盛な増殖能力を持つ花の幹細胞の増殖を停止させ、一方で果実づくりを促すスイッチの役割を果たすことがわかった。
山口暢俊助教、伊藤教授らは、これまでに解析を進めてきた花の幹細胞の増殖を抑制する遺伝子である「KNUCKLES遺伝子」と「CRABS CLAW(CRC)遺伝子」の2つについて、双方が機能しなくなった二重突然変異体を作出。これを使ってCRC遺伝子が花の幹細胞の増殖の抑制に関わる仕組みを調べた。その結果、CRC遺伝子が作り出すタンパク質は、オーキシンを細胞外に排出する作用がある「TORNADO2」というタンパク質をコードする遺伝子に対して発現を抑制していた。このことから、オーキシンが花の成長の停止、果実づくりの促進することがわかった。さらにオーキシンの働きを促したり、抑えたりする実験によって、このホルモンが花の幹細胞の増殖を抑えるようにはたらくことを裏付けた。
本研究の成果は、植物ホルモンオーキシンのはたらきによって果実づくりを促進する可能性を示しており、食糧の安定的な供給につながると期待される。
穀類や果物は、すべて植物の花により作られたものである。花の器官は非常に旺盛な増殖能力を持つ花の幹細胞から作られる。茎や根の先端部に位置する幹細胞は植物が生きている間は分裂を続けるのに対して、花の幹細胞は花発生の途中で細胞の増殖をやめて果実と種子をつくる。植物のもつ花の幹細胞の高い増殖能を抑えるためには、複数の遺伝子が協調してはたらいていると考えられているが、実際にどのように作用しているのかは分かっていなかった。
本研究は、花幹細胞の増殖活性が植物ホルモンの1つであるオーキシンによってコントロールされていることを見いだした。実験に使われたCRABS CLAW(CRC)と呼ばれるタンパク質は特定の遺伝子の働きをスタートさせたり、抑えたりする転写因子で花の幹細胞を取り囲むように発現する。このCRC遺伝子がはたらかない突然変異体では、花の幹細胞の増殖を停止することができず果実を作れない(図1)。CRCは、オーキシンを細胞外に運び出すのに作用するTORNADO2という生体膜にあるタンパク質をコードする遺伝子の発現を抑制して(図2)、花の幹細胞でのオーキシンに対する反応を調節し、その細胞増殖を抑えている。
実際の実験としては、オーキシンの輸送を阻害する試薬を外から与えたり、オーキシン量を異所的に増やすことでcrc knu突然変異体での幹細胞の異常増殖を抑制できることを示した。さらに、同じcrc knu突然変異体での幹細胞の増殖抑制は、増えすぎたTRN2の活性をなくすことによっても観察された。これらとは逆向きの実験として、TRN2を異所的に誘導することで、幹細胞の増殖を促進できることも示した。
今回の私たちの研究により、オーキシンは花の幹細胞の増殖を抑え、果実づくりを促進するスイッチとしてはたらくことが明らかになった。すなわち、花においてオーキシンの振る舞いをコントロールすることで、果実の元である花の幹細胞の増殖を調節できる可能性が示唆された。本研究が食糧の安定的な供給のための基盤技術となることを期待している。
【本研究の意義】
最近の伊藤教授らの研究から、花の幹細胞の増殖抑制とそれに引き継ぐ果実の形成は、時空間特異的に厳密に制御された生命プログラムにより遺伝子の発現制御によってもたらされていることが分かっている。本研究により、オーキシンは花の幹細胞の増殖を抑え、果実づくりを促進するスイッチとしてはたらくことが明らかになった。すなわち、花においてオーキシンの振る舞いをコントロールすることで、果実の元である花の幹細胞の増殖を調節できる可能性が示唆された。本研究が食糧の安定的な供給のための基盤技術となっていくことを期待している。