発表者

野田岳志†*(京都大学  ウイルス・再生医科学研究所  微細構造ウイルス学  教授)
村上 晋†(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医微生物学 准教授)
中津寿実保†(東京大学医科学研究所  ウイルス感染分野 大学院生:当時)
今井博貴(東京大学医科学研究所  ウイルス感染分野 大学院生:当時)
神道慶子(京都大学  ウイルス・再生医科学研究所  微細構造ウイルス学  研究員)
村本裕紀子(京都大学  ウイルス・再生医科学研究所  微細構造ウイルス学  研究員)
相良 洋(東京大学医科学研究所  疾患プロテオミクスラボラトリー  特任助教)
堀本泰介(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医微生物学 教授)
河岡義裕*(東京大学医科学研究所  ウイルス感染分野  教授)
(†筆頭著者、*責任著者)

発表のポイント

◆インフルエンザウイルス(注1)が子孫ウイルスにゲノム(遺伝情報)を伝える仕組みを明らかにしました。

◆8分節のゲノムRNAを持つA型インフルエンザウイルスが子孫ウイルスにゲノムを伝えるとき、RNAを“1+7”という特徴的な配置に集合させる過程が重要であることがわかりました。

◆7分節のゲノムRNAをもつC型およびD型インフルエンザウイルスでも、“1+7”配置を持つ8本のウイルスRNAを取り込むことを明らかにしました。

発表概要

A、B型インフルエンザウイルスは8 分節のRNAを、C、D型インフルエンザウイルスは7分節のRNAをゲノム(遺伝情報)として持ちますが、それらの分節を子孫ウイルスに伝える仕組みは不明でした。東京大学医科学研究所、京都大学ウイルス・再生医科学研究所、東京大学大学院農学生命科学研究科の研究グループは、すでにA型インフルエンザウイルス粒子のRNAゲノム構造として特徴的な“1+7”配置(中心の1本のRNAを7本のRNAが取り囲む配置)を明らかにしていましたが、今回、7分節しかRNAをもたない変異ウイルスを作製したところ、8 本のRNAが“1+7”配置により取り込まれること(図1右)、さらに8 本目として取り込まれたのは感染細胞のリボソームRNA(注2)であることを見つけました(図1右)。さらに、もともと7分節のRNAをゲノムとするC型およびD型インフルエンザウイルスにおいて、大半の子孫ウイルス粒子が“1+7”配置をもつ8本のRNAを取り込んでいることを明らかにしました。したがって、インフルエンザウイルスのゲノム伝達には、その分節数にかかわらず8 本のRNAを“1+7”配置 に集合させる過程が重要であり、場合によってはその配置にまとめるために細胞のRNAを奪う仕組みがあることが明らかになりました。

発表内容

図1 本研究で解明されたインフルエンザウイルスの遺伝の仕組み (拡大画像↗)

図2 子孫ウイルス粒子内のウイルスRNAのモデル図
電子顕微鏡解析によって3 次元的に作られた子孫ウイルス粒子とウイルスRNA のモデル図。子孫ウイルス粒子の中には8本のウイルスRNA が存在する。中心の1本のRNA(黄色)が7本のRNA に取り囲まれるように、“1+7”配置に束ねられている。 (拡大画像↗)

ウイルスは感染によりゲノム(遺伝情報)を子孫ウイルスへと伝えます。インフルエンザウイルスは7あるいは8 分節のRNAをゲノムとして持ちます。したがって、感染細胞から新たに作られる子孫ウイルスは、その粒子中にそれらのRNA分節をもれなく取り込む必要があります。しかし、その仕組みはよくわかっておらず、長年の論争となっています。本研究グループは以前、A型インフルエンザウイルス粒子中のゲノムRNAの特徴的な“1+7”配置(図2)を明らかにしました(Noda et al. Nature, 2006; Nature Communications, 2012)。しかし、この“1+7” 配置の意義はよくわかっていません。
  本研究では、電子顕微鏡解析(注3)と次世代シークエンス解析(注4)によって、A型インフルエンザウイルスの子孫粒子中に取り込まれている“1+7”配列の8本の RNAを調べたところ、ウイルスRNA以外のRNA(感染細胞のRNA)は、ほとんど取り込まれていませんでした。次に、リバースジェネティクス法(注5)を用いて、ウイルスRNA分節を1本欠く7分節の変異ウイルスを作製し、その粒子中に取り込まれたRNAを解析したところ、予想に反して“1+7”配置を取る8 本のRNAが取り込まれていました。興味深いことに、変異ウイルスにはウイルスRNAだけでなく細胞のリボソームRNAも取り込まれていました。
  次に、もともと7分節のRNAをゲノムとするCおよびD型インフルエンザウイルスの粒子内ゲノム構造を電子顕微鏡解析によって調べたところ、大半の粒子が“1+7”配置に束ねられた8本のRNAを取り込んでいることがわかりました。これは従来の概念を覆すような知見です。
  今回の研究により、インフルエンザウイルスが子孫ウイルスにゲノムを伝えるときには、そのゲノム分節数にかかわらず、8 本のRNAを“1+7”配置 に集合させる過程が重要であり、場合によってはその配置にまとめるために、細胞のリボソームRNAを奪い取る仕組みがあることが明らかになりました。本研究は、インフルエンザウイルスの遺伝に関する巧妙な仕組みを明らかにし、インフルエンザウイルスの増殖機構の理解に大きく貢献します。今後、インフルエンザウイルスのRNA集合を標的とした(すなわちRNAの集合を阻害するような)新しい作用機序の抗インフルエンザ薬の開発へと繋がることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
:「Nature Communications」
論文タイトル
:Importance of the 1+7 configuration of ribonucleoprotein complexes for influenza A virus genome packaging
著者
:Takeshi Noda†*, Shin Murakami†, Sumiho Nakatsu, Hirotaka Imai, Yukiko Muramoto, Keiko Shindo, Hiroshi Sagara, Yoshihiro Kawaoka*
†Equally contributed,* Corresponding Authors
DOI番号
:10.1038/s41467-017-02517-w
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41467-017-02517-w
雑誌名
:「Journal of Virology」
論文タイトル
:Influenza C and D viruses package eight organized ribonucleoprotein complexes
著者
:Sumiho Nakatsu, Shin Murakami, Keiko Shindo, Taisuke Horimoto, Hiroshi Sagara, Takeshi Noda*, and Yoshihiro Kawaoka*.
* Corresponding Authors
DOI番号
:10.1128/JVI.02084-17
論文URL
http://jvi.asm.org/content/early/2018/01/05/JVI.02084-17.abstract

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医微生物学研究室
准教授 村上 晋  (むらかみ しん)
Tel:03-5841-5398
Fax:03-5841-8184
E-mail:amurakam<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
教授 堀本 泰介  (ほりもと たいすけ)
Tel: 03-5841-5396
E-mail:ahorimo<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

注1 インフルエンザウイルス
A型とB 型インフルエンザウイルスが毎冬にヒトで流行しインフルエンザの原因となる。A型とB 型ウイルスは8 つに分節化した、C型ウイルスとD 型ウイルスは7つに分節化した一本鎖マイナス鎖RNAをゲノムとして持つ。
注2 リボソームRNA
細胞のタンパク質合成を担うリボソームを構成するRNA。通常はrRNAと表記される。真核生物の細胞には28S rRNA、5.8S rRNA, 5S rRNA, 18S rRNAが存在する。
注3 電子顕微鏡解析
光ではなく電子を用いて試料を観察する顕微鏡。光学顕微鏡よりも分解能が高く、直径が1/10,000mm程度のインフルエンザウイルスの微細な構造も詳細に観察することができる。
注4 次世代シークエンス解析
DNAやRNAなどの塩基配列情報を網羅的に解析する手法。DNAやRNAの塩基配列を同定するだけでなく、どれくらいの量の遺伝子が存在するかを定量的に解析することもできる。
注5 リバースジェネティクス法
インフルエンザウイルスの8 種類のRNA分節をコードするプラスミドDNAを培養細胞に導入することでインフルエンザウイルスを合成する方法。1種類のプラスミドDNAを欠損させることで、7 分節しかウイルスRNAを持たない変異ウイルスを合成することができる。