食習慣で起こる脂肪肝の一部は、血中のアミノ酸濃度の変動の情報が直接のシグナルとなって
発症することをラットおよび機械学習を用いて証明
西 宏起(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 博士課程)
山中 大介(東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 特任助教)
亀井 宏泰(金沢大学理工研究域自然システム学系 助教)
合田 祐貴(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 博士課程)
熊野 未佳子(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 修士課程)
豊島 由香(日本医科大学先端医学研究所生体機能制御学部門 講師)
竹中 麻子(明治大学明治大学農学部農芸化学科 教授)
増田 正人(東洋大学計算力学研究センター 研究助手)
中林 靖(東洋大学総合情報学部総合情報学科 准教授)
塩谷 隆二(東洋大学総合情報学部総合情報学科 教授)
片岡 直行(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 特任准教授)
伯野 史彦(東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 助教)
近年生活習慣病が社会問題化し、それに伴う様々な合併症に関与するとして脂肪肝(注1)が注目されています。脂肪肝の原因は複数知られていますが、食習慣に起因する脂肪肝は必ずしも肥満や高脂肪食でなくても起こるなど、その具体的な形成機序は複雑で未解明な点が多いのが現状です。
今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の高橋伸一郎准教授と伯野史彦助教の研究グループは、ラットおよびラット由来の肝細胞を用いて食餌中のアミノ酸摂取バランスが肝臓の中性脂質量に大きく影響し、それが血中のアミノ酸によって直接引き起こされている可能性を示しました。これにより、これまで一般に重要と考えられてきたホルモンとは独立して、アミノ酸という基本的な栄養素にも重要な代謝制御機能があることがわかりました。さらに、機械学習を応用して血中アミノ酸濃度と肝臓脂質量の関係を数理的に解析したところ、血中アミノ酸濃度から肝臓の脂質量を予測できる可能性が示されました。
これらの結果は、脂質代謝改善を目的とする新たな食餌療法や血液中のアミノ酸分析による脂肪肝評価法の開発、動物福祉に配慮した高品質家畜資源の作出などにつながると期待されます。
概念図 (拡大画像↗)
近年生活習慣病が社会問題化し、その発症原因や予防、治療に関する研究が世界中で盛んに行われています。肝臓は生体のエネルギー代謝において中心的な役割を担う器官で、食習慣や栄養状態に起因する肝機能の変化は、様々な生活習慣病の症状と密接に関わっています。中でも肝臓に過剰に中性脂質が蓄積する脂肪肝に端を発して、脂肪肝炎や肝硬変、ひいては肝がんに至る一連の肝疾患は非アルコール性脂肪肝疾患(Non-alcoholic fatty liver disease: NAFLD)とよばれ、糖尿病などと並んで注目されています。生活習慣病というと一般的には高糖質、高脂質な食餌による肥満と関連付けて考えられる場合が多いが、実際には必ずしもそうではなく、脂肪肝の症状は飢餓時にも見られるなど、その発症原因は非常に複雑で未解明な点が多いのが現状です。
東京大学大学院農学生命科学研究科の高橋伸一郎准教授と伯野史彦助教の研究グループは、三大栄養素のひとつであるタンパク質(アミノ酸)の栄養状態と動物の代謝系との関係について研究を進める過程で、食餌中のアミノ酸の量もしくは質(20種類の主要なアミノ酸のバランス)が肝臓中の中性脂質量に大きく影響することを見出しました。肝臓の脂質代謝は一般にインスリン等をはじめとしたホルモンや自律神経系によって厳密に制御されていることが知られていますが、当該グループはタンパク質の栄養状態によって動物のインスリン感受性(注2)が変化することも明らかにしていたことから、当初は脂肪肝の形成もこの機構で説明できると考えていました。しかし、今回、ラット由来の肝細胞を用いた実験から、細胞外のアミノ酸濃度をインスリン等のホルモンや神経系を介さずに肝細胞が直接認識し、脂質合成経路の活性を変化させることがわかりました。さらに、様々なアミノ酸組成の餌を給餌したラットの血中のアミノ酸濃度と肝臓脂質量を測定し、機械学習の技術を応用した数理学的なアプローチにより血中アミノ酸と肝臓脂質量の関係を包括的に解析したところ、肝臓脂質量は20種類のアミノ酸のうち、いずれの一種類のアミノ酸の血中濃度とも強い相関は観察されなかったのに対して、アミノ酸全体のバランス(プロファイル)と肝臓脂質量との間に関係があることを発見しました。これらの結果から、食餌中のアミノ酸の量や質が血中アミノ酸濃度のプロファイルを変化させ、それを肝臓で直接認識して脂質蓄積が誘導されるという機構が存在する可能性が示されました。そこで、先述の機械学習プログラムを利用して、未知のラットの血中アミノ酸濃度のデータから肝臓脂質量を推定する実験を行ったところ、ある程度の予測が可能であることもわかりました。
これらの成果は、未だ解明されていない非アルコール性脂肪肝の発症機構の一部を明らかにするのみならず、これまで糖質と脂質が主に注目されてきた食習慣と生活習慣病の研究分野に、タンパク質(アミノ酸)の重要性という新たな視点をもたらしたと言えます。また、脂肪肝やNAFLDの早期の発見・治療の重要性が年々高まっているものの、現在一般的な診断法は、CT検査などの画像診断か実際に肝臓の一部を採取するなどの方法で、いずれも時間的・経済的・肉体的負担が比較的大きい手法と言えます。本研究の成果は、簡便な血液検査で肝臓脂質量を推定できる可能性を示しており、脂肪肝の新しい簡易評価法の開発にも直結し、また、アミノ酸の摂取バランスに着目した脂質代謝改善を目的とする新しい食餌療法の提案も可能となると期待しています。
一方日本の畜産分野においては、食肉や肝臓中の脂質量は品質や付加価値に関わる重要な指標の一つですが、その調節は家畜育種による品種改良や経験則に基づく個別の工夫で行われている場合が多いのが現状です。また、トリの脂肪肝であるフォアグラの生産など一部の畜産資源の生産には、強制給餌など、動物福祉の問題が指摘されている例もあります。本研究の成果は、畜産分野において、動物倫理的問題のほとんどない飼料中のアミノ酸組成を調整するという方法で、肝臓・食肉中の脂質量を調節するという新しい技術の開発にも繋がります。さらに近年脚光を浴びてきている機械学習の技術が、臨床・畜産分野においても単なる画像解析にとどまらず応用できる可能性も示されました。このように、アミノ酸による脂質代謝制御システムの解明は、多くの応用の可能性を秘めており、今後の研究として、より詳細な分子メカニズムの解明が望まれます。
本研究は、日本学術振興会の科学研究費補助金および研究拠点形成事業、生研支援センター「知」の集積と活用の場による研究開発モデル事業の支援を受けて行いました。