発表者

矢部 志央理†(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 博士課程3年;当時)
原 尚資†(筑波大学大学院 生命環境科学研究科 生物圏資源科学専攻 助教;当時)
上野 まりこ(京都大学大学院 農学研究科 応用生物科学専攻 研究員)
榎 宏征(トヨタ自動車株式会社 アグリバイオ事業部 農業支援室 高機能作物グループ)
木村 達郎(トヨタ自動車株式会社 アグリバイオ事業部 バイオテクノロジー室 次世代技術グループ)
西村 哲(トヨタ自動車株式会社 未来創生センター X-フロンティア部 情報システム開発室)
安井 康夫(京都大学大学院 農学研究科 応用生物科学専攻 助教)
大澤 良(筑波大学大学院 生命環境科学研究科 生物圏資源科学専攻 教授)
岩田 洋佳*(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)

(†筆頭著者、*責任著者)

発表のポイント

◆改良したい作物の特性と大量のDNAマーカー(注1)の情報を用いて特性の値を予測する‘ゲノミックセレクション‘(注2)が、普通ソバの収量性改良に有用であることを明らかにしました。
◆ゲノミックセレクションを用いた改良を通して、3年間で普通ソバ集団の収量性を20.9%増加させることができました。
◆ゲノミックセレクションは、ソバなどの他殖性作物(注3)の品種改良の高速化・効率化に貢献できると期待されます。

発表概要

  近年、作物の品種改良では、大量のDNAマーカー情報から特性を予測して選抜を行う「ゲノミックセレクション」が注目を集めていました。しかし、多くの他殖性作物を選抜する方法として使われている集団選抜法(注4)でゲノミックセレクションが有効かはわかっていませんでした。
東京大学、筑波大学、京都大学およびトヨタ自動車株式会社は共同で、ゲノミックセレクションにより他殖性作物の1つである普通ソバの収量性を、3年間という短い期間で20.9%増加させることに成功しました。
  この結果、ゲノミックセレクションを利用すれば、普通ソバのような他殖性作物の集団選抜法を用いた育種が効率的に行えることが明らかになりました。
  ゲノミックセレクションを活用することで、今までは改良に多大な時間と労力がかかっていた他殖性作物の収量性についての品種改良の効率化・高速化が期待されます。
  なお、本研究は、トヨタ自動車株式会社の支援を受けて行われました。

発表内容

【背景】

図1 普通ソバにおける、ゲノミックセレクションと従来の表現型選抜を用いた場合の育種法の1年間の工程の比較。(拡大画像↗)

近年、新たな選抜手法であるゲノミックセレクションが注目され、家畜育種を中心に実用化が進んでいます。ゲノミックセレクションでは、個体や品種、系統の特性と大量のDNAマーカーの情報との関係を表した予測モデルという数式を作ることで、特性のわからない個体についてもDNAマーカー情報のみを使ってそれらの特性を予測することができます。そのため、栽培できる時期が限られている作物の特性や、評価するのに時間や労力のかかる特性を、通常の育種よりも早く予測して選抜できるので、効率的な作物育種に貢献できます。このゲノミックセレクションを多くの作物に適用することができれば、作物育種の大幅な効率化・高速化が期待できます。
 作物には多くの種類があり、それぞれに適用することができる選抜方法やかかる期間が異なります。そのため、ゲノミックセレクションの有効性についても、それぞれ検証する必要があります。世界中には多くの他殖性作物が食用、医薬用、牧草用、バイオエネルギー用などとして栽培されており、これらの他殖性作物はとても重要であると認識されています。しかし、多くの他殖性作物の選抜に用いられている集団選抜法におけるゲノミックセレクションの有効性はわかっていませんでした。
 そこで、本研究では、ゲノミックセレクションの他殖性作物への応用を目指し、普通ソバを用いて3年間の選抜試験を行うことで、その有効性を検証しました。

【研究内容】

  1. 普通ソバの集団に対して、ゲノミックセレクションと通常の表現型選抜(注5)の2パターンの選抜を、それぞれ3年間行いました(図1)。今回改良したい普通ソバの単位面積での種子の収量と各個体のDNAマーカー情報との関係から予測モデルを作成するために、過去の試験データに基づいて、個体ごとに計測できる収量に関係する7つの特性(主茎の長さ、節の数、開花するまでかかる日数、花房の数、1次分枝(注6)の数、1000粒の種子の合計の重さ、1リットルの種子の合計の重さ)と1アールあたりの種子収量との関係性を表す数式を作成しました。この7つの特性それぞれに対してゲノミックセレクションの予測モデルを作成し、各特性の予測結果から収量の予測値を計算することで、収量性の予測を行いました。
  2. ゲノミックセレクションでは3年間で最初の集団に比べて20.9%収量性(7つの特性から計算された値)が増加し、表現型選抜では15.0%増加しました。また、収量性の予測のために用いた7つの特性についても、5つの特性をゲノミックセレクションによって改良することができました。
  3. ゲノミックセレクションでは、1つの予測モデルを使い続けることで予測精度が下がるため、予測モデルを更新することが必要だということがわかりました。
  4. 他殖性作物の集団選抜において、ゲノミックセレクションは通常の表現型選抜よりも高速で育種を行うことができることを示しました。
【社会的意義・今後の予定】

他殖性作物の集団選抜においてゲノミックセレクションが有効であることが示されたため、今後、育種により時間や労力がかかる他の他殖性作物の選抜にゲノミックセレクションを用いることができる可能性があります。
  今後は、今回改良した普通ソバの集団を圃場で栽培し、通常の栽培環境でも期待されたような収量が得られるか確認する予定です。また、特性の評価方法や予測モデルを改良することで、選抜法のさらなる効率化を進めていきます。

発表雑誌

雑誌名
:Frontiers in Plant Science
論文タイトル
:Potential of genomic selection in mass selection breeding of an allogamous crop: an empirical study to increase yield of common buckwheat
著者
:Shiori Yabe†, Takashi Hara†, Mariko Ueno, Hiroyuki Enoki, Tatsuro Kimura, Satoru Nishimura, Yasuo Yasui, Ryo Ohsawa, Hiroyoshi Iwata*
(†These authors contributed equally to this work, *corresponding author)
DOI番号
:10.3389/fpls.2018.00276
論文URL
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpls.2018.00276/full

問い合わせ先

東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 生物測定学研究室
准教授 岩田 洋佳(いわた ひろよし)
Tel:03-5841-5069
Fax:03-5841-5069
E-mail:aiwata<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

注1 DNAマーカー
DNA配列上で、生物個体の遺伝的な違いを説明する目印となる部分です。
注2 ゲノミックセレクション
植物個体間における特性の違いと大量のDNAマーカーの違いとの関係を数式で表した予測モデルを作成し、DNAマーカー情報しかわかっていない個体に予測モデル適用してその個体の特性を予測することで、求める特性を持った個体を選抜する手法です。この手法では多数の遺伝子が関わる特性の予測が可能です。ゲノミックセレクションを用いれば、通常は特性を評価できない季節に温室などで個体の特性を予測して、優秀な個体を選抜できます。
注3 他殖性作物
子孫を残すために、自分とは異なる他の個体と交配する作物のことです。他殖性作物では、1個体ごとに異なるDNA配列を持っているという特徴があるため、複数の個体でしか計測できない特性を1つのDNA配列情報と関係付けることが困難です。
注4 集団選抜法
主に他殖性作物の選抜に用いられます。集団の中で求める特性を持つ個体を何個体か選び、選ばれた個体同士を交配して子孫の集団を作り、その集団に対しても同様に選抜を行って交配するということを繰り返して、集団を遺伝的に改良します。
注5 表現型選抜
通常の育種で行われている選抜法で、実際に観測した特性に基づいて個体を選抜します。
注6 1次分枝
主茎から直接分岐した枝のことです。