マラリア肝障害に関与する宿主因子の解明
重症マラリア(注1)の患者ではしばしば黄疸や血中肝酵素の上昇を伴う肝障害が見られますが、その病態発症機構については不明な点が多くありました。東京大学大学院農学生命科学研究科の溝渕悠代博士課程学生(当時)や後藤康之准教授らの研究グループは、宿主因子であるmyeloid-related protein 14(MRP14)がマラリアにおける肝障害の悪化に関与することを、ネズミマラリアモデルを用いて明らかにしました。
MRP14はマラリア原虫の感染によって血清中の濃度が上昇しますが、その上昇によりマクロファージ(Mφ:注2)の肝臓への集簇が増強されるとともに、マクロファージの活性化による一酸化窒素の発現上昇が引き起こされます。このように、MRP14による炎症性反応が肝細胞の壊死につながり、結果として肝障害が引き起こされることがわかりました。
本研究の成果により、MRP14の阻害によるマラリア肝障害の症状マネジメントといった、マラリアの新たな治療法につながることが期待されます。
図1 マラリア原虫感染による血清中MRP14の上昇(左)および肝臓中MRP14陽性細胞の増加(右)。(拡大画像↗)
図2 MRP14の投与によるマラリア肝障害の悪化。(上段)マラリア原虫感染マウスに組換えMRP14を投与したところ、肝細胞の壊死が増強された(点線部)。(下段)MRP14を投与した感染マウスにおける血中肝酵素のさらなる上昇(左)および体重減少の悪化(右)。(拡大画像↗)
図3 MRP14を介したマラリアにおける肝障害の発症モデル(拡大画像↗)
病原体によって引き起こされる感染症において、私たちの免疫システムは生体防御に非常に重要な役割を担っています。一方で、花粉症や関節リウマチなど、免疫システムの「不適切な」反応が『免疫病態』を形成することもしばしばあります。感染症においても、病原体を排除する防御免疫と症状につながる病態免疫は表裏一体で切り離せるものではなく、両者の正しい理解を通して最適なバランスに導くことが重要であると考えられます。
マラリアにおける肝障害は、患者に黄疸がみられるなど古くから知られていたものの、その重要性については広く認められてはいませんでした。しかしながら、近年の疫学研究により、重症度の高い熱帯熱マラリア(注1)だけでなく、比較的軽症だと考えられてきた三日熱マラリア(注1)においても肝障害が見つかっていることから、その発症機構の解明が望まれています。そこで私たちは、その発症に宿主因子MRP14が関与するのでは、と考えて研究を行いました。
MRP14はS100ファミリー(注3)に属し、好中球の細胞質タンパク質としては最も豊富なものの一つであり、また単球にも高く発現するタンパク質です。炎症性マクロファージにも発現することが知られており、関節リウマチなどの炎症性疾患では患部にMRP14陽性細胞の集簇が見られるとともに、血中MRP14の上昇がみられることから、病態との関係が示唆されてきました。マラリア原虫感染マウスにおいても、血中MRP14濃度は未感染マウスと比較して高く、また肝臓におけるMRP14陽性細胞の集簇が強く誘導されます(図1)。これらのことから、分泌型MRP14がマラリア原虫感染時における肝障害の病態形成に関与していると考えられました。
そこで、MRP14の関与を直接的に示すために、感染マウスに組換えMRP14を静脈内投与して、マラリア肝障害が悪化するかどうか試験を行いました。その結果、MRP14を投与した群では、感染のみと比較してより重度な肝細胞の壊死が観察され、それに伴いさらなる血中肝酵素の上昇や体重減少が見られました(図2)。また、MRP14を投与した感染マウスでは、肝臓へのMRP14陽性マクロファージの集簇が増強されていました。このMRP14投与による肝臓への細胞集簇は未感染マウスでも見られることから、これらはマラリア感染に限らずMRP14が持つ細胞集簇能によるものだと考えられます。同時に、MRP14はToll様受容体(注4)のうちTLR2とTLR4のデュエルアゴニストであることや、炎症関連因子の一つである一酸化窒素の産生を増強することも明らかとなりました。
一方、MRP14を欠損したマウスでは、分泌型MRP14が存在しないにも関わらず、マラリア原虫感染時に野生型マウス同様に肝障害が見られました。この結果は、MRP14が分泌型による炎症促進能だけでなく、細胞内シグナルなど様々な機能を持つことに起因すると考えられます。実際、MRP14を欠損したマウスでは骨髄細胞の刺激応答性はむしろ増強されており(Mizobuchi H et al., Immunol Lett, 2018)、免疫応答という観点だけでもMRP14の多面性が示唆されました。
以上のことから、マラリアにおいては分泌型MRP14によるマクロファージの集簇と活性化がループ的に起こり、一酸化窒素の上昇を伴う炎症反応の増強が誘導され肝障害につながることが示唆されました(図3)。本研究は、感染症における生体防御に重要な役割を果たすマクロファージ自身が症状の原因となっていることや、その分子機構を明らかにするもので、「病気」というものの理解を深める一助となります。また、近年の研究によりMRP14に対する拮抗作用をもつ低分子化合物も開発され、ヒトでの治験も実施されています。今後これらの薬剤が開発されたあかつきには、マラリアの症状の一つである肝障害を緩和する治療法の開発につながることも期待できます。
本研究は日本学術振興会の科学研究費補助金による支援を受けて実施されました。