発表者
佐々木 崇(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教)
久保山 文音(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生)
三田 萌子(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生:当時)
村田 翔太朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生:当時)
清水 誠(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
井上 順(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授:当時)
森 和俊(京都大学大学院理学研究科 生物科学専攻 教授)
佐藤 隆一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

◆遺伝子改変マウスを用いた解析により、胆汁酸受容体 TGR5 が骨格筋の肥大化および筋力増大を誘導することを明らかにしました。
◆マウスに走行運動を負荷すると、骨格筋における TGR5 発現量が上昇することを明らかにしました。
◆運動と食事が胆汁酸シグナルを介して筋機能を制御するシステムの存在が示唆され、加齢による筋力低下(サルコペニア)等の予防に応用されることが期待されます。

発表概要

  胆汁酸受容体 TGR5 は全身に広く発現しており、食後分泌される胆汁酸を感知し、様々な代謝改善効果を発揮する事が知られています。しかし骨格筋における TGR5 の機能に関しては不明な点が多く残されていました。
  東京大学大学院農学生命科学研究科の佐藤隆一郎教授、佐々木崇特任助教らの研究グループは、遺伝子改変マウスおよび培養骨格筋細胞を用いた研究により、TGR5 の活性化が骨格筋の肥大化や筋力の増大を誘導することを明らかにしました。また骨格筋における TGR5 の発現量は運動後に上昇したことから、運動( TGR5 発現増加)と食事(胆汁酸の分泌)が相乗的に骨格筋機能を改善する、これまで未知であった分子機構の存在が示唆されました。以上の研究成果より、TGR5 はサルコペニア等による筋力低下を予防する新たな分子ターゲットとなることが予想され、同研究グループが過去に報告した TGR5 活性化能を持つ機能性食品成分を活用した今後の応用展開に期待が寄せられます。

発表内容

図 本研究成果および今後の応用展開の概略図
摂食後、血中胆汁酸濃度は上昇し、TGR5 を介して筋機能を向上させる。また、運動により発現増加する TGR5 は、胆汁酸を受容することで筋機能を改善する。食と運動による筋重量、筋力増加の分子機構を明らかにした。TGR5 活性化能を有する機能性食品成分は、高齢者の筋機能維持に貢献することが期待される。 (拡大画像↗)

  肝臓で合成された胆汁酸(注 1)は摂食に際し腸管に分泌され、脂溶性栄養素の吸収を助ける働きを担います。腸管に分泌された胆汁酸は小腸下部において再吸収され、血流を介して肝臓に逆輸送されます。この「腸肝循環」と呼ばれる胆汁酸リサイクルの過程で、一部の胆汁酸は肝臓への取り込みを免れ全身を巡るため、食後は腸管および血中の胆汁酸濃度が急激に上昇することが知られていました。全身に広く発現する胆汁酸受容体 TGR5 (注 2)は胆汁酸を感知することで活性化しますが、特に褐色脂肪組織や小腸 L 細胞における TGR5 の活性化は抗肥満、抗糖尿病効果を発揮する事が報告されており、生活習慣病予防への応用が期待されています。しかし TGR5 の機能には未だ不明な点が多く残されており、今後の応用展開に向けてその全体像の解明が望まれていました。佐藤隆一郎教授、佐々木崇特任助教らの研究グループは TGR5 が骨格筋にも発現することに注目し、TGR5 の活性化が骨格筋機能に及ぼす影響の解析を行いました。
  生体骨格筋における TGR5 の機能を明らかにするため、まずは TGR5 欠損マウスの骨格筋にどのような変化が生じるのかを観察しました。その結果、驚くべきことに TGR5 欠損マウスにおいて骨格筋量および筋力の低下が認められ、TGR5 が筋機能維持に寄与する可能性が示されました。そこで次に骨格筋特異的に TGR5 を過剰発現するトランスジェニックマウスを作製したところ、期待通り骨格筋の肥大化が確認され、大腿四頭筋重量の増加率は 14.6%にも及びました。また TGR5 トランスジェニックマウスは若齢期から高齢期まで一貫して筋力が増大していたため、TGR5 の活性化はサルコペニアの予防にも効果的であると考えられます。次に、TGR5 が筋肥大を誘導する分子メカニズムの解析を進めた結果、TGR5 が胆汁酸を感知すると筋細胞分化を亢進すること、そして PGC-1α4 や IGF-1 とい った筋肥大遺伝子の発現を増大させることを明らかにしました。この遺伝子発現変動はマウスの骨格筋細胞だけでなくヒト由来の培養骨格筋細胞でも確認されたことから、TGR5 を介した筋機能改善効果はヒトでも同様に誘導されることが期待されます。
  続いて、骨格筋における TGR5 の発現制御機構に関して解析を進めました。培養骨格筋細胞に様々な刺激を与えたのち TGR5 発現量の変化を測定する実験を繰り返した結果、 Unfolded Protein Response(UPR)(注 3)と呼ばれる細胞応答により TGR5 発現が増大することを見出しました。UPR は細胞小器官の 1 つである小胞体に異常タンパク質が蓄積した際に活性化することが知られていますが、骨格筋においては運動後にも活性化することが報告されています。そこでマウスに対しトレッドミル走行運動を負荷し、骨格筋における遺伝子発現変動を測定しました。すると走行運動後の骨格筋では UPR の活性化に伴い、TGR5 の発現が増大することを確認しました。更に UPR 応答性転写因子である ATF6αの欠損マウスを用いた実験から、運動後の TGR5 発現増加には ATF6αが必須であることを明らかにしています。
  本研究は胆汁酸が持つ極めて有用な機能性を新たに提示すると同時に、運動( TGR5 発現増加)と食事(胆汁酸の分泌)が相乗的に骨格筋機能を改善するこれまで未知であった分子機構の存在を初めて明らかにしました。適切な食習慣および運動習慣が健康な骨格筋を維持するために重要であることは経験的に明らかですが、その分子メカニズムの一端を解明する重要な研究成果と考えられます。現在、超高齢社会を迎えた我が国において高齢者の骨格筋機能維持は国民の健康寿命延伸に直結する重大な課題となっており、特に加齢によって生じる筋量、筋力の低下は転倒による骨折や寝たきりに至る主要な原因として危険視されています。しかし高齢者にとって規則正しい食事や運動習慣の確立は容易ではなく、それによって生じる胆汁酸シグナルの恒常的な減弱は高齢者の筋力低下の一因であることが推測されます。当研究グループはすでに TGR5 を活性化する機能性食品成分(柑橘成分ノミリンなど)を複数報告しており、これらを活用したサルコペニア予防法の確立にも期待が寄せられます。

発表雑誌

雑誌名
:The Journal of Biological Chemistry (2018, 293: 10322–10332)
論文タイトル
:The exercise-inducible bile acid receptor TGR5 improves skeletal muscle function in mice
著者
:Takashi Sasaki, Ayane Kuboyama, Moeko Mita, Shotaro Murata, Makoto Shimizu, Jun Inou, Kazutoshi Mori, and Ryuichiro Sato *(*責任著者)
DOI番号
:10.1074/jbc.RA118.002733
論文URL
http://www.jbc.org/content/293/26/10322.short

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生化学研究室
教授 佐藤 隆一郎 (さとう りゅういちろう)
Tel:03-5841-5136
Fax:03-5841-8029
E-mail:aroysato<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/food-biochem/

用語解説

注1 胆汁酸
胆汁酸は胆汁の主要構成成分のひとつであり、肝臓においてコレステロールから合成される。古典的な機能として脂肪や脂溶性ビタミンなどの消化と吸収を促進する働きが知られるが、核内受容体 FXR や TGR5 が胆汁酸により活性化を受けることが報告されたことで、現在ではシグナル分子としても認知されている。
注2  TGR5
TGR5 は G タンパク質共役受容体であり、全身に広く発現が認められる。 TGR5 を活性化することで肥満や糖尿病が改善することから、生活習慣病予防に向けた創薬および機能性食品のターゲットとして注目を集めている。
注3 Unfolded Protein Response(UPR)
細胞が合成するタンパク質の約1/3は小胞体と呼ばれる細胞小器官を経由し、これにより適切な立体構造を獲得する。しかし何らかの理由で小胞体に正しい立体構造を持たない不良タンパク質が蓄積してしまうと、細胞はこれを小胞体ストレスとして感知し、UPRと呼ばれる細胞応答を活性化することで小胞体の恒常性維持に努める。骨格筋においては運動後に(小胞体ストレスとの関連は明確でないが)UPR の活性化が報告されており、運動への生理応答に重要な役割を果たすことが知られている。