発表者

藤本 優        (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 特任准教授)
佐塚 隆志    (名古屋大学 生物機能開発利用研究センター 准教授)
小田 祥久    (情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 新分野創造センター 准教授)
川東 広幸    (農業・食品産業技術総合研究機構 次世代作物開発研究センター 上級研究員)
呉 健忠        (農業・食品産業技術総合研究機構 次世代作物開発研究センター 主席研究員)
高梨 秀樹    (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 助教)
大西 孝幸    (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 博士課程:当時)
米田 淳一    (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 修士課程:当時)
石森 元幸    (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 特任研究員)
鐘ケ江 弘美 (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 特任助教)
桧原 健一郎 (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 助教:当時)
石綱 史子    (東京大学大学院 農学生命科学研究科 附属技術基盤センター 技術専門職員:当時)
海老根 一生 (基礎生物学研究所 細胞動態研究部門 助教)
上田 貴志    (基礎生物学研究所 細胞動態研究部門 教授)
徳永 毅        (株式会社アースノート 代表取締役社長)
岩田 洋佳    (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)
松本 隆        (農業・食品産業技術総合研究機構 次世代作物開発研究センター 基盤研究領域長:当時)
春日 重光    (信州大学 農学部 教授)
米丸 淳一    (農業・食品産業技術総合研究機構 次世代作物開発研究センター ユニット長)

堤 伸浩        (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表のポイント

◆ソルガムの乾汁性(茎水分含量によって規定される形質)を決定する遺伝子を発見し、その働きにより、茎柔組織(注1)の大規模な細胞死が引き起こされることを明らかにしました。
◆製糖・エネルギー作物として高い潜在能力を持つ、ソルガムの乾汁性決定遺伝子の存在は、100年以上前から予想されていましたが、世界に先駆けて、その特定に成功しました。
◆茎水分含量の増大は、茎搾汁液からの糖やエタノールの生産性向上に直結するため、今回の研究成果は、さまざまな製糖・エネルギー作物における品種改良の効率化に役立つものと期待されます。

発表概要

 五大穀物の一つであるソルガムは、製糖・エネルギー作物としても、高い潜在能力を有しています。その茎搾汁液からの糖やエタノールの生産効率を左右する形質の一つに、茎の水分含量によって規定される乾汁性が知られています。乾汁性は、単一遺伝子によって支配される形質であることが、100年ほど前から予想されていましたが、その実体は不明でした。
 東京大学と農業・食品産業技術総合研究機構、名古屋大学、国立遺伝学研究所、基礎生物学研究所、株式会社アースノート、信州大学の研究グループは、ソルガムの乾汁性決定遺伝子を世界に先駆けて単離することに成功しました。さらに、その働きにより、茎柔組織の大規模なプログラム細胞死(注2)が誘導され、茎水分含量の低下が起こることを明らかにしました。
 製糖・エネルギー作物における茎水分含量の増大は、糖やエタノール生産の原料に用いる茎搾汁液の生産量や生産効率の向上につながります。今回の研究成果は、乾汁性決定遺伝子機能の調節を標的とした、糖やエタノール生産用作物の効率的な品種改良や、新たな資源作物開発への道を拓くものとして期待されます。

発表内容

図1 ソルガムにおける乾性品種と汁性品種の茎の違い
(上段) 搾汁の様子。汁性品種の茎には、多量の水分が含まれる。
(中段) 茎の断面図。乾性品種の茎では、含水率の低いスポンジ状の柔組織が発達する。
(下段) 茎断面の拡大図。乾性品種のスポンジ状の柔組織は、気体(矢尻)を内包した死細胞から構成される。
スケールバーは、5 mm (中段)と100 µm (下段)。(拡大画像↗)

図2 ソルガムにおける乾性品種と汁性品種のD遺伝子の構造
それぞれ乾性品種には機能型のD遺伝子が、汁性品種には機能欠失型のD遺伝子が存在する。(拡大画像↗)

図3 D遺伝子の高発現がシロイヌナズナ培養細胞の細胞構造に及ぼす影響
左は明視野像、右はDAPI染色による細胞核の蛍光像を示す。薬剤(Estradiol)添加培養48時間後には、細胞死が誘導され、細胞内容物が消失した ”空っぽ” の構造(矢尻)のみが残る。(拡大画像↗)

【研究の背景】
 世界五大穀物の一つに数えられるソルガムは、モロコシ、タカキビ、コーリャンなどと称される熱帯アフリカ原産のイネ科一年草です。中には、サトウキビと同様に、茎に多量の糖液を蓄積する品種が存在し、糖・エタノール生産用作物としても高い潜在能力を有しています。その原料となるソルガム茎搾汁液の収量や生産効率を左右する形質の一つに、茎の水分含量で規定される乾汁性が知られています。乾性品種と比較し、汁性品種の茎の柔組織においては、気体で満たされた死細胞化が進まず、水分が多く保持されたまま残るため(図1)、後者の方が優れた特性を示します。一方、品種改良の効率化には、対象となる形質の決定に関わる原因遺伝子が判明していることが重要です。しかし、ソルガムの乾汁性は、乾性を優性、汁性を劣性とした単一遺伝子Dに由来する対立形質であることが、約100年前から指摘されていたものの、その同定には至っておらず、茎柔組織における細胞分化のメカニズムも不明なままでした。そこで本研究では、D遺伝子の特定や機能の解明を試みました。

【研究の内容】
 まず、D遺伝子を同定するため、乾性品種「千斤白」と汁性品種「那系MS-3B」の交雑から得られたF2集団を対象に、茎の搾汁効率を指標としてD遺伝子の染色体上の位置の同定を行いました。その結果、D遺伝子は、6番染色体長腕に位置しており、NACと呼ばれる陸上植物に特徴的なDNA結合性ドメインをコードする遺伝子であることが明らかになりました。また、「千斤白」や「那系MS-3B」を含む、さまざまな品種のD遺伝子の配列を分析したところ、乾性品種は機能型の、汁性品種は機能欠失型のD遺伝子をそれぞれ保持していることが分かりました(図2)。次に、D遺伝子座の準同質遺伝子系統(注3)を作成し、茎柔組織におけるD遺伝子の発現パターンと水分含量低下の原因となる死滅した細胞の出現パターンを比べると、死滅した細胞が多く出現する際に、D遺伝子の発現量が上昇することが判明しました。これらの結果は、ソルガムの茎柔組織における大規模な細胞死の発生に、D遺伝子が重要な役割を担う可能性を示唆しています。
 そこで、D遺伝子の発現と細胞死との関連を検証するため、アブラナ科のモデル植物であるシロイヌナズナを用いて、薬剤処理による外来遺伝子の発現誘導が可能な培養細胞株を作成し、D遺伝子の高発現が、遺伝子発現プロファイル(注4)や細胞構造に及ぼす影響について精査しました。その結果、D遺伝子の高発現により、タンパク質やDNA、RNAの分解を行う遺伝子の発現が上昇し、細胞小器官の消失を伴うプログラム細胞死が誘導されることが分かりました(図3)。そこで、D遺伝子産物の分子機能を解析したところ、D遺伝子は、プログラム細胞死の実行に必要な遺伝子群の発現を直接的に誘導する転写因子(注5)をコードすることが判明しました。D遺伝子が高い発現を示すソルガムの茎柔組織においては、同様にプログラム細胞死の実行に関わる遺伝子の発現量が上昇しており、これらの結果は、D遺伝子が、茎柔組織のプログラム細胞死を誘導するためのマスタースイッチとして機能することを示しています。
  また、D遺伝子産物の分子系統解析を行った結果、そのホモログ(注6)は、広範の被子植物に存在するものの、その機能に関する報告例の極めて少ない、独立したグループを形成することが判明しました。そこでD遺伝子のホモログで構成される系統群を、Dサブファミリーと命名し、機能的な多様性や共通性を検証すべく、アブラナ科のモデル植物シロイヌナズナを対象にD遺伝子ホモログの機能を調べました。その結果、シロイヌナズナのD遺伝子ホモログは、老化した花茎で高い発現を示し、その機能欠失が花茎柔組織の細胞死を抑制すること、また、D遺伝子と同様、プログラム細胞死を誘導するマスタースイッチとして機能することが明らかになりました。これらの結果は、被子植物におけるDサブファミリーのタンパク質が、ある程度共通した機能を持つ可能性を示唆しています。

【社会的意義・今後の予定】
 ソルガムやサトウキビを始めとした、製糖・エネルギー作物における茎水分含量の増大は、糖やエタノール生産の原料に用いる茎搾汁液の搾汁効率や収穫量の向上に重要であることが報告されています。一方で、茎水分含量の低減は、それらを原料とした飼料や燃料用木質ペレットの生産性改善に有利であると考えられています。今回の研究成果は、D遺伝子やそのホモログの機能欠失や機能強化を介した、茎水分含量の最適化による糖・エタノールあるいは飼料・木質ペレット生産用作物の品種改良効率化に役立つものと期待されます。さらに、外来遺伝子の導入を伴わないゲノム編集技術などによるD遺伝子やそのホモログの人為的かつ安全な機能調節が実現すれば、これまで糖・エタノール生産や飼料・木質ペレット生産には不向きであった植物を、革新的な資源作物へと転換することが可能となるかもしれません。

【謝辞】
 本研究は、農林水産省委託プロジェクト「新農業展開ゲノムプロジェクト」、国立研究開発法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」CREST・さきがけ、文部科学省および独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル
:Transcriptional switch for programmed cell death in pith parenchyma of sorghum stems
著者
:Masaru Fujimoto, Takashi Sazuka, Yoshihisa Oda, Hiroyuki Kawahigashi, Jianzhong Wu, Hideki Takanashi, Takayuki Ohnishi, Jun-ichi Yoneda, Motoyuki Ishimori, Hiromi Kajiya-Kanegae, Ken-ichiro Hibara, Fumiko Ishizuna, Kazuo Ebine, Takashi Ueda, Tsuyoshi Tokunaga, Hiroyoshi Iwata, Takashi Matsumoto, Shigemitsu Kasuga, Jun-ichi Yonemaru*, Nobuhiro Tsutsumi*
DOI番号
:10.1073/pnas.1807501115
論文URL
http://www.pnas.org/content/early/2018/08/23/1807501115

問い合わせ先

東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物分子遺伝学研究室
教授 堤 伸浩(つつみ のぶひろ)
Tel:03-5841-5073
Fax:03-5841-5183
E-mail:atsutsu<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

農業・食品産業技術総合研究機構 次世代作物開発研究センター
基盤研究領域 育種法開発ユニット
ユニット長 米丸 淳一(よねまる じゅんいち)
Tel:029-838-7135
E-mail:yonemaru<アット>affrc.go.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

注1 茎柔組織
茎の主要組織の一つであり、水分や養分を貯蔵する役割を担う。イネ科作物を始めとした単子葉植物では、最外部の表皮の内側に柔組織が存在し、その中に水分や養分の輸送を担う維管束が散在する。
注2 プログラム細胞死
生物の発達や環境応答の過程において、特定の組織で起こる、遺伝的に制御された能動的な細胞死のこと。細胞小器官やその内容物の自己消化を伴う場合が多い。
注3 準同質遺伝子系統
標的の遺伝子座以外は、同質の遺伝的背景を持つ系統のこと。本研究では、D遺伝子付近のゲノム領域だけが汁性品種「SIL-05」型で、残り全てのゲノム領域が乾性品種「長品232」型となる準同質遺伝子系統を、D遺伝子の発現と茎柔組織の形質について、「長品232」と比較するために作出した。
注4 遺伝子発現プロファイル
特定の時期や組織において、ゲノム中に存在する遺伝子の発現量を網羅的に定量化したもの。
注5 転写因子
遺伝子の発現を誘導もしくは抑制するDNA結合性タンパク質のこと。
注6 ホモログ
進化的に共通の祖先から派生したDNA配列の類似する遺伝子のこと。