発表者

中村 英光(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 助教)
平林  佳(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 日本学術振興会特別研究員PD)
宮川 拓也(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任准教授)
喜久里 貢(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 共同研究員)
胡  文倩(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程学生;当時)
徐  玉群(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任助教)
姜   凱(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任助教;当時)
高橋 郁夫(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員)
新山 瑠璃(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 修士課程2年)
堂前  直(理化学研究所生命分子解析ユニット ユニットリーダー)
田之倉 優(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任教授)
浅見 忠男(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

◆枝分かれを抑える働きを持ち、根に寄生する雑草の発芽誘導も行う植物ホルモン(注1)であるストリゴラクトンの受容体D14の強力な阻害剤KK094を開発しました。
◆KK094は、「D14と共有結合することでストリゴラクトンの結合をブロックし枝分かれを促進する効果を示す」、ことを見出しました。また、KK094の構造を変えることで逆の作用を示すことも明らかにしました。
◆今回の研究成果は、作物の枝分かれをコントロールすることで収量やバイオマス(注2)を増加させたり、根寄生雑草からの被害を防いだりするための新技術の開発に役立つことが考えられます。

発表概要

 自ら動くことのできない植物は、光環境や栄養状態に応じて背丈の伸長スピードや枝分かれの調節を行うことで、生存により有利な形態を作り出しています。ストリゴラクトンという植物ホルモンは、側芽の休眠を維持し枝分かれを抑える働きを持ちます。植物は、栄養状態の悪い時はストリゴラクトンの働きを強め、枝分かれを抑えて成長に消費されるエネルギーを抑制する仕組みを持っていることがわかっています。またストリゴラクトンは、様々な根寄生雑草の種子の発芽を誘導することも知られています。特にストライガと呼ばれる根寄生雑草は世界の多くの地域において作物に甚大な被害を及ぼしていますが、その防除法はまだ確立されていません。また、ストリゴラクトンはD14というタンパク質により認識されていることがこれまでに分かっていますが、D14はその他多くの受容体とは異なる特徴を持っており、その受容メカニズムは完全にはわかっていません。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の浅見忠男教授らのグループ、同研究科の田之倉優特任教授らのグループと理化学研究所の堂前直ユニットリーダーによる共同チームは、D14と強力に結合する化合物を開発し、この化合物がストリゴラクトンの作用を阻害し、イネの枝分かれ(分げつ)を増やすことを発見しました。本研究の成果は、作物の枝分かれをコントロールし、収量やバイオマスを増加させたりすることによる農業生産の向上や低炭素社会の実現のため、また世界の多くの地域で甚大な被害を与えている寄生雑草からの防除のための新しい技術開発に大きく役立つものと考えられます。

発表内容

図1 ストリゴラクトンの作用機構と阻害剤の作用
(A)D14がストリゴラクトンを認識すると、枝分かれ促進因子であるD53とタンパク質分解を導くタンパク質であるD3との三者複合体を形成します。その結果、D53が分解されることで、枝分かれを促進できず、枝分かれの少ない形態となります。(B)ストリゴラクトン受容体阻害剤KK094をイネの幼苗に処理すると、通常幼苗期には休眠している第二葉の腋芽(第二分げつ芽)の伸長が促進されます(白い矢じり)。 (拡大画像↗)

図2 アゴニスト活性を有する化合物KK073とD14の複合体の構造
D53との相互作用をストリゴラクトン同様促進する(アゴニスト活性を有する)化合物KK073とD14との複合体のタンパク質結晶構造(右のパネル)はKK073とわずかしか構造が違わないがアゴニスト活性を有しない化合物KK052とD14との複合体のタンパク質結晶構造(左のパネル)とほとんど変わらず、わずかに異なるKK073のCF3基の場所(矢印)がアゴニスト活性をもつために重要であることが予測されました。さらにタンパク質結晶構造情報から予測されるタンパク質表面の性質を調べることで、CF3基がD14のリガンド結合ポケットから顔を出して、タンパク質表面の性質を変化させていることを見出しました(右下のパネルの矢印)。(拡大画像↗)

旺盛に枝葉を広げたり、そこに花をつけたり実をつけたりすることは植物の生存にとって大変重要なことであり、枝分かれを抑えたり促したりするために、数多くの植物ホルモンが巧妙に働いていることが分かっています。植物の枝分かれは、側芽とよばれる茎の側面にできる枝分かれの下になる腋芽の数や、芽の伸長をコントロールすることで制御されています。ストリゴラクトンは、腋芽の休眠状態を保ち、枝分かれを抑制する働きを持っているために、このホルモンを作ることのできない変異体は枝分かれが旺盛になります。また、ストリゴラクトンは、ストライガやヤセウツボなど、根に寄生する雑草の発芽も促します。特にストライガは、地中海沿岸やアフリカ大陸など、世界中の多くの地域に甚大な被害を与えていますが、その防除法は確立されていません。

ストリゴラクトンはD14というタンパク質に認識され、D14を作ることのできない変異型の植物は枝分かれが増大します。D14がストリゴラクトンを認識すると、枝分かれ促進因子であるD53とタンパク質分解を導くタンパク質であるD3との三者複合体を形成します。その結果、D53が分解されることで、枝分かれを抑制しているという仕組みも分かってきています(図1A)。またD14はα/β加水分解酵素と呼ばれる酵素のファミリーに属していてストリゴラクトンを分解する酵素活性も併せ持つという、他の様々な受容体にはない性質を持っていることもこれまでに明らかになっています。しかしその分解機構や三者複合体形成機構については詳細なタンパク質構造の解析をもってしてもいまだ不明な点が多く残されていました。

今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の浅見忠男教授らのグループ、同研究科の田之倉優特任教授らのグループと理化学研究所の堂前直ユニットリーダーによる共同チームは、D14と強力に結合する化合物を開発し、この化合物がストリゴラクトンの作用を阻害し、イネの枝分かれ(分げつ)を増やすことを発見しました。

D14はα/β加水分解酵素と呼ばれる酵素のファミリーに属していますが、動物細胞にも数多くのα/β加水分解酵素が存在し、その阻害薬も数多く開発されています。その中にトリアゾール尿素を基本骨格とした化合物がα/β加水分解酵素と共有結合し、酵素活性を特異的に強力に阻害することが知られていました。そこで本研究ではトリアゾール尿素を基本骨格とした化合物を140種類以上合成し、その中からD14の加水分解活性を阻害する化合物KK094を見出しました。この化合物はイネの枝分かれ(分げつ)を促進する効果があることも見出しました(図1B)。さらにストライガの種子発芽も阻害する効果があることも発見しました。

さらに、トリアゾール尿素化合物の中から、KK094とは逆の作用、すなわちD14とそのパートナーであるD53との相互作用をストリゴラクトン同様促進する化合物KK073を見出しました。興味深いことに、この化合物とわずかしか構造の違わない化合物KK052は、KK094と同様にD14とD53の複合体形成を阻害しました。本研究ではD14とKK073、D14とKK052の複合体のタンパク質結晶を得ることにも成功し、その複合体構造をタンパク質X線結晶構造解析法(注3)によって決定しました。その結果、KK073とKK052の構造の異なる部位が、D14のリガンド結合ポケットから顔を出して、タンパク質表面の性質を変化させていることを見出しました(図2)。このことは、この変化がD53との複合体形成に重要であることを強く示唆するものであり、ストリゴラクトン受容機構解明の大きな一歩となりました。

本研究成果は、作物の収量やバイオマスを増加させたりすることによる農業生産の向上や低炭素社会の実現のための新技術開発のための有用な基礎研究基盤となるものです。また、世界の多くの地域で甚大な被害を与えている寄生雑草の新しい防除法の開発にも大きく役立つものと期待できます。

本研究は独立行政法人科学技術振興機構(JST)のCREST「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」、生物系特定産業技術センター「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」、科学研究補助金(若手研究(B)、基盤研究(S)、基盤研究(A)、基盤研究(C)、特別研究員奨励費)、科学研究補助金新学術研究領域「化学コミュニケーションのフロンティア」、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)の研究費を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
: 「Molecular Plant」
論文タイトル
:Triazole ureas covalently bind to strigolactone receptor and antagonize strigolactone response
著者
:Hidemitsu Nakamura, Kei Hirabayashi, Takuya Miyakawa, Ko Kikuzato, Wenqian Hu, Yuqun Xu, Kai Jiang, Ikuo Takahashi, Ruri Niiyama, Naoshi Dohmae, Masaru Tanokura, and Tadao Asami
DOI番号
:https://doi.org/10.1016/j.molp.2018.10.006
論文URL
https://www.cell.com/molecular-plant/fulltext/S1674-2052(18)30332-0

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物制御化学研究室
教授 浅見 忠男(あさみ ただお)
Tel:03-5841-5157
Fax:03-5841-8025
E-mail:asami<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

注1 植物ホルモン
植物により生産され、低濃度で植物の生長・分化などの生理過程を調節する物質。
注2 バイオマス
枯渇性資源ではない生物構成物質由来の資源。植物のような光合成生物由来のバイオマスは燃焼すると二酸化炭素が排出されるが、この二酸化炭素は生物が成長過程で光合成により大気中より吸収した二酸化炭素に由来するため、バイオマスを燃焼させても全体としてみれば大気中の二酸化炭素を増加させていない。また、バイオマスは再生可能なため、バイオマスから得られるエネルギーは再生可能エネルギーといえる。
注3 タンパク質X線結晶構造解析法
多数の同一タンパク質分子が規則正しく並んだタンパク質の結晶にX線を当てると、結晶の反復構造により回折したX線回折像が作られる。この回折データを解析することでタンパク質の三次元分子構造を決定する方法。