発表者
大曽根 陽子(森林総合研究所立地環境研究領域 非常勤研究員)
橋本 昌司(東京大学大学院農学生命研究科 准教授: 国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所立地環境研究領域/戦略研究部門 国際連携・気候変動研究拠点 主任研究員)
田中 憲蔵(森林総合研究所植物生態研究領域 主任研究員)  (他16名)

発表のポイント

  • スギ・ヒノキに関する過去70年の文献を網羅的に調べ、177の生理・形態特性、24700点のデータを抽出しデータベース(SugiHinokiDB)を作りました。
  • SugiHinokiDBにより、これまで様々な文献に散在していたデータが、統一されたフォーマットで簡単に利用できるようになりました。データは幅広い地理的レンジ、林齢、季節をカバーしており、様々な用途に利用できます。
  • このデータベースを活用することで気候変動が林業に与える影響をより正確に予測したり、科学的にも裏付けのある人工林の管理手法を開発したりすることが可能になります。

発表概要

 スギとヒノキは日本の重要造林樹種です。その成長や生理機能の研究は古くから行われ、膨大な文献の蓄積があります。しかし、文献の多くは紙媒体で測定値の単位なども統一されておらず、簡単にデータの利用ができない状況でした。東京大学大学院農学生命科学科の橋本准教授らは、過去70年のスギとヒノキに関する文献を収集し、そのデータをデジタル化したデータベース(SugiHinokiDB)を構築しました。データの収録数はスギが16400点、ヒノキが8300点を超え、樹種あたりの収録数としては、世界の同様のデータベースと比較してもトップクラスです。データの項目は光合成・蒸散速度、材密度、無機養分含有量、乾燥耐性能力など計177項目に及びます。また、幅広い地域(日本全域、朝鮮半島、中国、台湾)や林齢(0-250年生)、異なる林種(人工林・天然林)で測定されたデータが収録されています。SugiHinokiDBはオープンアクセスとして公開されており、誰でも利用できます。このデータベースを活用することで気候変動が林業に与える影響をより正確に予測したり、科学的にも裏付けのある人工林の管理手法を開発したりすることが可能になります。

発表内容


写真1 スギ林の様子(撮影地 左:熊本県人吉市、右:高知県魚梁瀬スギ)


図1 データベース構築および活用の概念図

 地球温暖化により干ばつや熱波など極端な気象イベントが増えるなか、林業においても、気候変動の影響評価や、人工林の管理・施業体系の見直しが求められています。特に日本では、現在、スギとヒノキだけで人工林面積の70%を占めており、日本の林業の根幹をなすこれらの樹種の今後を予測することは喫緊の課題となっています。
 気候変動の影響を高い精度で予測するためには、モデルのパラメータとして、また検証データとして、光合成やストレス耐性、水利用特性といった様々な樹木の形質データが必要になります。スギ・ヒノキは古くから造林に使われてきたため、その機能や成長の研究は多く、膨大な知見の蓄積があります。しかし、データは研究論文や書籍などに散在しており、また時代によって使われる単位も異なっているため研究に必要なデータを整備するには、時間と手間をかけて個別の文献にあたるしかありませんでした。さらに、古い文献の中には、紙媒体のものしかなく、貴重なデータが記載されているにも関わらず、利用が困難なものも多数あります。こうした埋もれたデータを再利用するためには、データを網羅的に収集し、標準化したデータベースが有効です。
 橋本昌司准教授らは、森林総合研究所、東北工業大学、宮崎大学と共同で、1950年から現在までの約70年間のスギ・ヒノキに関する文献1000本以上を精査し、オープンアクセスのデータベース(SugiHinokiDB)を構築しました。データは研究論文や書籍、紀要、関連学会の学会発表要旨集のほか、各研究機関の報告書、共著者らの所有する未発表のデータセットなど一般のインターネット検索ではヒットしないものまで、幅広いソースから収集しました。対象とした形質は、植物の生活史や適応戦略、環境応答に関わるものや、モデルにもよく使われるもの、としました。また、植物の形質は一般に、大きな種内変異、個体内変異を示すため、個々のデータには測定地点や環境条件、測定された器官の位置など詳細な情報をつけ、データの解釈やフィルタリングが可能になるようにしました。データはすべて、標準化とエラーチェックのプロセスを経てSugiHinokiDBに登録されています。
 こうして登録されたデータは177形質24700点におよびます。樹種別のデータ数ではスギが約16400点、ヒノキが約8300点で、これは世界最大の植物の形質データベースであるTRYにおいて、それぞれデータ数が4番目と6番目に多い種に相当します。また、TRYで収録されている形質の種類は多い樹種でも140-486形質で、SugiHinokiDBで扱っている177形質もこれらに匹敵するものとなっています。177形質の中には、材密度、無機養分含有量、光合成・蒸散速度、浸透圧調整能力、脱水抵抗能力など、植物の成長やストレス応答に直接かかわる一連の形質がそろっており、様々なモデルで必要となるパラメータの大半がこのデータベースから得られます。地理的範囲も広く、国内では北海道から鹿児島県までのほぼ全域から、国外でも朝鮮半島や中国、台湾のデータを収録しています。また、幅広い林齢(0-250年生)や林種(人工林・天然林)、季節、施肥の有無など実験条件のデータも得られました。
 近年、世界では多様なデータベースが作られ、データベースはいまや大規模なデータ解析に不可欠なツールになりつつあります。SugiHinokiDBは、スギ・ヒノキの過去70年の研究成果を集成した、データの量、質ともに充実したデータベースです。今後は、気候変動影響の精度の高い予測、科学的な裏付けのある造林樹種の選定や植栽適地のゾーニング、気候変動に適応した施業体系の確立など様々な研究に利用されることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
Ecological Research 35 (2020) 274-275
(データベースのホームページ)
http://db.cger.nies.go.jp/JaLTER/ER_DataPapers/archives/2019/ERDP-2019-05
論文タイトル
Plant trait database for Cryptomeria japonica and Chamaecyparis obtusa(SugiHinoki DB)—their physiology, morphology, anatomy and biochemistry
著者
Yoko Osone*, Shoji Hashimoto, Tanaka Kenzo, Masatake, G. Araki, Yuta Inoue, Koji Shichi, Jumpei Toriyama, Naoyuki Yamashita, Kenji Tsuruta, Shigehiro Ishizuka, Junko Nagakura, Kyotaro Noguchi, Kenji Ono, Hisao Sakai, Yoshimi Sakai, Tetsuya Sano, Hidetoshi Shigenaga, Yoshinori Shinohara, Kenichi Yazaki
DOI番号
10.1111/1440-1703.12062
論文URL
https://esj-journals.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/1440-1703.12062

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 アイソトープ農学教育研究施設
兼担:森林科学専攻 造林学研究室 
准教授 橋本 昌司(はしもと しょうじ)
Tel:03-5841-5202
E-mail:a-shoji.hashimoto<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。