東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2008/7/16

「酸によって強まるネオクリンの甘味はヒト甘味受容体への作用が pH の低下とともに“拮抗的”から“相乗的”へと変化するためである」

発表者: 中島 健一朗(応用生命化学専攻・学術振興会特別研究員)
森田 悠治(応用生命化学専攻)
古泉 文子(応用生命化学専攻)
朝倉 富子(応用生命化学専攻・特任准教授)
寺田 透(アグリバイオインフォマティクス人材養成プログラム・特任准教授)
伊藤 圭祐(応用生命化学専攻)
清水 章子(東京農業大学・講師)
丸山 潤一(応用生命工学専攻・助教)
北本 勝ひこ(応用生命工学専攻・教授)
三坂 巧(応用生命化学専攻・准教授)
阿部 啓子(応用生命化学専攻・教授)

発表概要

  酸っぱいものを甘く感じさせる“味覚修飾タンパク質”という不思議な物質がある。その一つであるネオクリンは、自身が甘味を持つ上、同時に酸っぱいものを味わうと、一層強い甘味を感じることができる。今回の論文では@ pH の低下とともに強まるネオクリンの甘味強度を客観的に計測するため、ヒト甘味受容体タンパク質を発現させた培養細胞の作出を試み、それに成功したこと、Aネオクリンの甘味強度の変化にはヒスチジン残基が決定的に寄与していること、Bしかもネオクリンは pH によって立体構造を変化させ、ヒト甘味受容体に対して中性では“拮抗的”(アンタゴニストとして)、酸性では“相乗的”(アゴニストとして)に作用すること、の 3 点を明らかにした。酸っぱいものを甘く感じさせる不思議な現象の背後に潜むメカニズムを分子レベルで解き明かした本研究に、大きな反響が寄せられている。

発表内容

味覚修飾タンパク質を摂取した後に、酢酸やクエン酸といった酸味を呈するものを口にすると非常に甘く感じるという現象が知られている。この効果は、あかたも味覚修飾タンパク質が「酸味を甘味に変換する」かのように感じてしまう。この活性を持つものとして、熱帯植物の果実中に含まれるネオクリン、ミラクリンの 2 種のタンパク質の存在が知られている。

味覚修飾タンパク質が酸によって甘味を誘導する機構については不明であるが、我々は以前にネオクリンの結晶構造解析ならびにシミュレーション解析により、ネオクリンの立体構造がpHによって変化し、酸性条件下では甘味受容体により結合しやすくなるというモデルを提唱した(Shimizu-Ibuka, A. et al., J. Mol. Biol. 359, 148-158 (2006))。今回の論文では、pH条件を変えたときの甘味強度を、ヒト甘味受容体タンパク質を発現させた培養細胞に対する応答性で客観的に評価し、その詳細なメカニズムを解析した。

ヒト甘味受容体(hT1R2・hT1R3)をキメラGタンパク質(G15Gi3)とともに遺伝子導入した培養細胞(HEK293T)を材料として用い、甘味受容体の活性化についてはカルシウムイメージング法により評価した。様々なpH条件下でネオクリンを投与したところ、ネオクリンに対する甘味受容体発現細胞の応答は中性では弱いのに対し、弱酸性から酸性になるに従って応答が強くなった。すなわちネオクリンはpHの低下とともにヒト甘味受容体を活性化することが示された。

一方、麹菌発現系を用いてネオクリンに存在する5つのヒスチジン残基をアラニンへと変異させた変異体(HA変異体)を発現生産したところ、HA変異体は野生型ネオクリンと異なり、弱酸性〜弱アルカリ性の領域でほぼ一定の甘味を示す甘味タンパク質としての性質を示すことが判明した。すなわち、ネオクリンの甘味強度の変化にはヒスチジン残基が決定的に寄与していることが示された。さらに中性条件下においては、HA変異体が引き起こす甘味受容体の活性化を、野生型ネオクリンが濃度依存的に阻害したことから、中性条件下ではネオクリンが甘味受容体のアンタゴニストとして機能することが推察された。

さらに今回作製したHA変異体について、その立体構造をシミュレーション解析したところ、中性においても野生型ネオクリンの酸性条件下での構造に非常に相同な構造をとることが予想された。これは以前我々が提唱したネオクリンの立体構造変化が甘味発現に関わっているというモデルを強く示唆する結果であった。

以上の結果より、ネオクリンが pH 依存的にヒト甘味受容体を活性化するだけでなく、ヒト甘味受容体に対して中性では“拮抗的”に(アンタゴニストとして)、酸性では“相乗的”に(アゴニストとして)作用すること、さらにこの機能変化にはネオクリンの pH 依存的な立体構造変化が関与しているという、新たなモデルを提唱することができた(添付資料参照)。酸っぱいものを甘く感じさせる不思議な現象の背後に潜むメカニズムを分子レベルで解き明かした本研究に、大きな反響が寄せられている。

添付資料

FASEB Jcnv.jpg

図:ネオクリンのもつ酸誘導性甘味発現機構のモデル
 中性 pH においてはネオクリンがアンタゴニストとして働くため、ヒト甘味受容体( hT1R2 ・ hT1R3 )を活性化できず、甘さを弱くしか感じることができない。一方、酸性 pH においてはネオクリンがアゴニストとして機能し、甘味受容体を強く活性化する。そのため、より強い甘味を感じる。

発表雑誌

下記雑誌の 2008 年 7 月号に掲載
 The FASEB Journal, 22, 2323-2330 (2008)
 Nakajima, K., Morita, Y., Koizumi, A., Asakura, T., Terada, T., Ito, K., Shimizu-Ibuka, A., Maruyama, J., Kitamoto, K., Misaka, T., and Abe, K.
 Acid-induced sweetness of neoculin is ascribed to its pH-dependent agonistic-antagonistic interaction with human sweet taste receptor

注意事項

報道の解禁は特に無し

問い合わせ先

阿部 啓子
 応用生命化学専攻 生物機能開発化学研究室
 ホームページ  http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biofunc/

用語解説

味覚修飾タンパク質:
 味覚修飾タンパク質を摂取した後に、酢酸やクエン酸といった酸味を呈するものを口にすると非常に甘く感じる。この活性を持つものとして、熱帯植物の果実中に含まれるネオクリン、ミラクリンの 2 種のタンパク質の存在が知られている。

甘味受容体:
 T1R2とT1R3という2種のタンパク質から構成される受容体。舌上皮に存在する味細胞の一部に発現し、多種類の甘味物質を受容する。

 

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