2009/5/13 |
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発表者:
山根大典(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程)
ムハマド・A・ザフール(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程)
ヤシル・M・モハメド(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程)
ワリッド・アザブ(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程)
加藤健太郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教)
遠矢幸伸(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
明石博臣(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)
ヒトのC型肝炎ウイルスと近縁である牛ウイルス性下痢ウイルス非構造蛋白質3がスフィンゴシンキナーゼ1と結合し、スフィンゴシンリン酸化の過程を阻害することがウイルス複製に重要であることを明らかとした。
牛ウイルス性下痢ウイルス(BVDV)1)は、主に牛に持続感染することによって発育不良や免疫抑制を引き起こす畜産経営上重要な病原体である。BVDVはC型肝炎ウイルス(HCV)2)と近縁であることから、そのモデルウイルスとしても重要視されている。ウイルスは複製に際し宿主の様々な因子と相互作用を行うが、その詳細については殆ど知られていない。BVDV細胞内増殖機序を明らかに出来れば、HCV制御にも重要な示唆を与えることが予想される。
BVDVの非構造蛋白質3(NS3)3)は、セリンプロテアーゼやヘリカーゼ活性を持ち、効率的なウイルス複製に不可欠であることが知られている。このため、NS3と相互作用する宿主因子を解析し、ウイルス複製および先天性免疫誘導における役割を解明することを目的とした。
NS3と結合する宿主因子として、スフィンゴシンキナーゼ(リン酸化酵素)1(SphK1)4)を同定した。SphK1は、基質であるスフィンゴシン5)をスフィンゴシン-1-リン酸に変換し、細胞増殖や生存を促進する機能を付与するところから、その活性は細胞の生死を左右する重要な因子であることが知られている。本研究で、NS3はSphK1の活性を濃度依存的に抑制することが示され、酵素活性抑制状態のもとでは、ウイルス複製が効率的に行われることが明らかとなった。また、SphK1を過剰に発現させた場合アポトーシス6)誘導が抑制されたことから、NS3によるSphK1の制御はウイルス複製に寄与するのみならず、細胞病原性発現にも深く関与していると考えられた。
BVDVによるSphK1活性制御機構は、ウイルス感染による細胞病原性発現へと繋がる基礎となるメカニズムであると考えられる。また、近縁のHCVにおいてもスフィンゴ脂質が複製の足場として重要であることが報告されていることから、スフィンゴ脂質代謝制御機構は他のウイルスにも重要な示唆を与えると考えられる。
1) 牛ウイルス性下痢ウイルス:牛に感染すると免疫抑制を起こし、また、胎子感染の結果、小脳形成不全や生まれた子牛に持続感染を起こす。この結果、粘膜病と呼ばれる致死率100%の疾病を起こしたり、発育不良で著しく生産性を阻害する。
2) C型肝炎ウイルス:ヒトのC型肝炎の病原体。BVDVと共に、フラビウイルス科に属し、ゲノムの構造やウイルス増殖の方法に類似性が認められる。
3) 非構造蛋白質:ウイルス粒子に取り込まれないウイルス由来蛋白質。主として酵素活性を担う他、細胞側因子と相互作用をする場合がある。
4) スフィンゴシンキナーゼ1:スフィンゴシンをリン酸化する酵素。1型と2型が存在する。リン酸化によりスフィンゴシン-1-リン酸が産生され、細胞増殖を促進させるなど、様々な生体機能に関与する。
5) スフィンゴシン:スフィンゴ脂質の主要部分を構成する重要なリン脂質。ウイルス増殖の足場として重要視されている脂質ラフトを形成するスフィンゴ脂質の一つで、細胞の分化、増殖、アポトーシスの制御に係わるシグナル伝達物質であるセラミドから脂肪酸鎖が分解されることにより生成される。
6) アポトーシス:プログラム細胞死の一種で、多細胞生物の発生過程や微生物感染に際し、細胞自らが死を選択する機構。