東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2006/11/29

「新たなベンゼン環合成経路を微生物で発見、その詳細を解明」

発表者: 堀之内 末治 ( 応用生命工学専攻 教授)
大西 康夫(応用生命工学専攻 助教授)

発表概要

たった 2 つの酵素の働きによってベンゼン環を合成するという非常にシンプルな新規ベンゼン環合成経路を微生物で発見した。本酵素は微生物を用いた物質生産にも応用可能である 。

発表内容

生物にとってベンゼン環を合成することはそれほど容易ではない。動物はベンゼン環合成能がないため、ベンゼン環を有するアミノ酸は必須アミノ酸として食餌から摂取しなければならない。植物や微生物は、「シキミ酸経路」と呼ばれる経路をもっており、この経路によってベンゼン環が合成されることが知られている。シキミ酸経路あるいはそれに類似した経路以外では、ある種のポリケチド合成酵素がベンゼン環を合成できることが報告されているが、そのほかにはベンゼン環合成経路は知られていなかった。
  土壌に生息する放線菌ストレプトマイセス・グリセウスはグリキサゾンという黄色色素を生産するが、この化合物は3-アミノ-4-ヒドロキシ安息香酸(3,4-AHBA)というベンゼン環を有する化合物を前駆体として生合成される。今回、我々は、3,4-AHBAがGriI, GriHと命名した2つの酵素の働きによって生合成されていることを突き止めた。GriIはアスパラギン酸セミアルデヒド(アミノ酸生合成の中間体)とジヒドロキシアセトンリン酸(解糖系の中間体)を結合させ、GriHがその反応産物を3,4-AHBAに変換する(添付図参照)。
  この新規ベンゼン環合成経路は、たった2つの酵素によって細胞内のありふれた2つの化合物からベンゼン環が合成されるという驚くべき経路であり、シキミ酸経路とは全く異なるものであった。3,4-AHBAはグリキサゾン以外の二次代謝化合物の前駆体にもなっており、本経路は多くの放線菌において使用されていると考えられる。一方、イネやシロイヌナズナのゲノムにも、3,4-AHBA合成の鍵酵素であるGriHと相同性を示す蛋白をコードする遺伝子が存在しているため、この経路は植物においても存在している可能性がある。
  3,4-AHBAは機能性ポリマーであるポリベンズオキサゾールの合成原料として有用な化合物である。GriI, GriH酵素遺伝子を組み込んだ微生物は3,4-AHBAを発酵生産することができたため、本研究成果は高分子原料の脱石油化という観点からも注目を集めている。

  
              図  GriI 、 GriH による 3,4-AHBA 生合成経路


発表雑誌

The Journal of Biological Chemistry, Vol. 281, Issue 48, 36944-36951, December 1, 2006
(本論文は高い評価を受け、“Paper of the Week”に選出されました。)

(タイトル)Novel Benzene Ring Biosynthesis from C3 and C4 Primary Metabolites by Two Enzymes

(著者)鈴木宏和、大西康夫、古庄康秀、作田庄平、堀之内末治

用語解説

シキミ酸経路 微生物・植物などの独立栄養生物で芳香族アミノ酸その他の芳香族化合物(ベンゼン環をもった化合物)をつくる経路で、芳香環合成経路ともいう。ホスホエノールピルビン酸とD-エリトロース-4-リン酸から7段階の反応によって、コリスミ酸が合成 される。コリスミ酸は様々な芳香族化合物の共通の前駆体である。シキミ酸はコリスミ酸生合成過程における中間体の1つである。

ポリケチド合成酵素 マロニル-CoAが脱炭酸しながら縮合していくことによって生じるβ-ケトメチレン鎖から導かれる化合物(ポリケチド)を合成する酵素。3つのタイプに分類されるが、2型および3型の酵素はおもに芳香族化合物を合成する。

ポリベンズオキサゾール 耐熱性・強度に極めて優れた性質を示す機能性ポリマー。消防服・作業服などの防護服、ゴムやコンクリートの補強材・耐熱フェルトなどの建設資材、ゴルフクラブ・テニスラケット・釣り竿などのスポーツ用品などの用途がある。

 

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