東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2006/12/05

mRNA-tRNA相互作用を分子擬態したRNA制限酵素

発表者:正木 春彦 (応用生命工学専攻 教授)

発表雑誌

(1)Nucleic Acids Research Vol.34, No.21, 6065-6073, 2006
“Sequence-specific recognition of colicin E5, a tRNA-targeting ribonuclease”
小川哲弘、井上咲良、矢嶋俊介、日高真誠、正木春彦
(2)Nucleic Acids Research Vol.34, No.21, 6074-6082, 2006
“Structural basis for sequence-dependent recognition of colicin E5 tRNase by mimicking the mRNA-tRNA interaction”
矢嶋俊介、井上咲良、小川哲弘、野中孝昌、大澤寛寿、正木春彦
(東京農大、長岡技科大グループとの共同研究)
(この連報の掲載号の表紙を飾りました。)
http://nar.oxfordjournals.org/content/vol34/issue21/cover.dtl


概要

(1)大腸菌の殺菌蛋白質コリシンE5は特定のtRNAのアンチコドンを切断して蛋白質合成を止める。コリシンE5はGpUpを認識するRNA制限酵素であった。GpUpは高頻度で登場するのになぜ基質特異性が高いのか? モデル基質を用いた速度論的解析で認識特異性を説明した。

(2)X線結晶構造解析により、E5がmRNAのコドンを分子擬態してアンチコドンを認識していることを明らかにした。さらにE5に対する阻害蛋白質は、E5の基質であるアンチコドンを分子擬態していた。この「二重分子擬態」は、RNA-RNA相互作用をRNA-蛋白質相互作用を経て、蛋白質-蛋白質相互作用として乗っ取った巧妙な例である。

発表内容

(1) 一部の大腸菌は、コリシンという毒素蛋白質を生産して他の大腸菌を殺します。 以前我々は、蛋白質合成を止めるコリシンのうち、コリシンE5とコリシンDが、それぞれ異なった特定のtRNA を切断するリボヌクレアーゼ、つまり“tRNase”であることを発見しました。これはtRNAを標的とする初めての毒素でしたが、現在では真核生物でもtRNaseがみつかり始めました。さて、コリシンE5は、チロシン、ヒスチジン、アスパラギン、アスパラギン酸という4種類のアミノ酸を運ぶそれぞれのtRNAの、しかもアンチコドンを特異的に切断します。本論文では、コリシンE5のC末端のRNaseドメインであるE5-CRDのRNA基質認識を詳細に解明しました。このリボヌクレアーゼは115アミノ酸からなる非常にコンパクトな酵素ですが、高い基質特異性が特徴です。既存のリボヌクレアーゼとの相同性はなく、反応機構もまったく異なります。
  E5-CRDの基質となる4種類のtRNAのアンチコドンには、共通の配列UGUがあります。真中のGがアンチコドン三ッ組の1文字目、右のUが2文字目で、この間が切断されます。我々はアンチコドンの腕とループの形をした様々なRNAを合成して基質としての性能を調べ、E5-CRDが、tRNA分子の中でもこのGUを厳密に認識していることを明らかにしました。またGの左側の塩基とUの右側の塩基にも強い好みがあり、その4文字で、基質tRNAに対する好みがうまく説明できました。
  ではE5-CRDは4文字を認識するRNA制限酵素なのか? しかし、短い線状RNAの切断され易さを調べてみると、GpUpというジヌクレオチドが、配列特異性を保った最上の基質であること、つまりE5-CRDは1本鎖RNAのGU配列を切断するRNA制限酵素であることが判りました。しかし、GUという配列はRNAの中で頻繁に登場するので、これだけではコリシンE5の高い基質特異性が説明できません。詳細な反応速度論的解析により、RNAがループを作ったときだけ4塩基配列の特異性が現れて、結果的にE5-CRDは4種類のtRNAアンチコドンを特異的に切断することが示唆されました。これは続く論文(2)で構造化学的に確かめられます。

(2)本論文では、E5-CRDと基質アナログ、及びE5-CRDと阻害蛋白質との複合体のX線結晶構造解析を行い、蛋白質とRNAとの間の非常に巧妙な「二重分子擬態」を明らかにしました。
  E5-CRDの最上基質がGpUpであることが判ったので、そのデオキシ体dGpdUpを「切れない基質」として、E5-CRD/dGpdUpという酵素・基質複合体を調製し、その立体構造を決定しました。このGpUpはtRNAアンチコドンの1文字目-2文字目であり、これは本来mRNAのコドン3文字目-2文字目との間に、いわゆるワトソン-クリック型の塩基対認識を行います。これが遺伝暗号とアミノ酸配列をつなぐ鍵となる、コドン-アンチコドン対合です。さて、E5-CRDは蛋白質でありながら、まるでmRNAの上のコドンの構造をそっくり真似て、tRNAのアンチコドンと「対合」し、そしてそこを特異的に切断していました。
  この基質アナログは反応ポケットにきれいにはまっており、tNRA分子モデルを使って、その結合状態をドッキングで示すことができました(表紙になった図)。高分子RNAでは、ループしないとくぼんだ基質部位にうまく結合できません。論文(1)で予言したように、E5-CRDがジヌクレオチドGpUpを認識しながら、実際の基質特異性が非常に高い理由はこれで説明できました。
  ところで、コリシン生産菌は、自分の作ったコリシンでなぜ自殺しないかというと、コリシンに特異的に結合する阻害蛋白質を作って殺菌活性を抑え込んでいるからです。この阻害蛋白質は、感受性菌の細胞に侵入する際にはずれ、コリシンの活性部位が標的に作用します。生産菌はその時も、外からやってきたコリシンを阻害蛋白質で中和して効かなくするので死なないのです。我々はE5-CRDとこの阻害蛋白質との複合体を調製し、立体構造を決定したところ、さらに面白いことが判りました。
  阻害蛋白質はE5-CRDに対して、基質であるRNAと同じ場所に(RNAと入れ替わるように)結合していたのです。では対応関係は、
    mRNAコドン − アンチコドンtRNA
    コリシンE5 − アンチコドンtRNA
    コリシンE5 − 阻害蛋白質
となって、コリシン蛋白質がmRNAをまねてtRNAに結合するのなら、阻害蛋白質はtRNAをまねてコリシン蛋白質に結合するのではないでしょうか? 答はイエスでした! E5-CRDはヌクレアーゼである以上、tRNAの塩基配列を認識するだけでなくリン酸ジエステル結合を切断します。阻害蛋白質は、tRNAのこの並んだリン酸を、並んだカルボン酸でもってまねして、E5-CRDに結合していたのです。つまり、この二重の分子擬態は、E5-CRDとその阻害蛋白質が、コドン-アンチコドンというmRNA-tRNA間相互作用を、蛋白質間相互作用に乗っ取ってしまった経歴を示しています。蛋白質ワールドは、このような過程を含んでRNAワールドから進化したのかも知れません。


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