2006/3/7 |
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イネが実らなくなったり、野菜が収穫できなくなるほか、アジサイやアサガオなど園芸植物の花が葉に変わったりするなどの病気を植物に引き起こす病原細菌「ファイトプラズマ (Phytoplasma asteris)」は、セミの仲間のとても小さな「ヨコバイ」によって媒介される。近縁のファイトプラズマでも、それぞれ異なる特定のヨコバイによって媒介されるメカニズムはこれまで全く分かっていなかったが、そのしくみを世界で初めて明らかにした。
ファイトプラズマは植物や昆虫の細胞内に寄生する。そして、その細胞表面は一般細菌と異なり、細胞壁が無く、通常その下にあるやわらかい細胞膜が直接宿主細胞と接触しており、重要な機能を担っていると予想される。ファイトプラズマゲノムは、一昨年我々のグループが世界で初めてその完全解読に成功しており、引き続き遺伝子の機能解析を進めていた。今回、ファイトプラズマ細胞膜の表面が、Amp (antigenic membrane protein,主要抗原タンパク質)と命名した特定の膜タンパク質が占められており、これがヨコバイの細胞骨格タンパク質と結合できる組合せのときに、そのヨコバイに媒介されることを発見した。
Ampは、これまでのどの生物のタンパク質とも似ていない。色々なファイトプラズマのAmp遺伝子を比較したところ、生物としての適応度を直接左右するような強い選択圧がかかっていることが明らかになった。このタンパク質が昆虫宿主からかかる強い選択圧に応じて※5適応進化することにより、媒介能を獲得する重要な役割を担っていると考えられる(Journal of Bacteriology印刷中)。赤痢菌やサルモネラ菌などの病原菌は、哺乳類の細胞骨格との結合の可否が感染細胞内における菌の運動性を左右し、それが感染性の可否を決定している。興味深いことに、動植物の双方に感染できるファイトプラズマは哺乳動物に感染する赤痢菌とは系統学的に離れており、宿主範囲や菌体表面の構造は大きく異なる。しかし、どちらも菌の表面タンパク質と宿主の細胞骨格との結合能が感染性を決定することが今回明らかになった。このことは、寄生菌が細胞内生活様式に適応して※6収斂進化したことを示している。
今回の成果により、Ampと細胞骨格の結合を阻害する薬剤を見つければ、ファイトプラズマ病が拡がるのを抑えることも可能となる。また、媒介昆虫が不明な菌については、その表面タンパク質と結合する昆虫の細胞骨格タンパク質を探索すれば、媒介昆虫の発見につながる。
哺乳類では病原菌の表面タンパク質と宿主の細胞骨格の間に相互作用があることは知られていたが、「感染するかどうかが組合せによって決まる重要なタンパク質を発見した」のはこれが初めてであり、ヒトや動植物の病原菌が感染に際して宿主細胞の細胞骨格を共通して利用している可能性を示唆している。この成果は、昆虫媒介性の熱帯病の対策にヒントを与えるものであり、また、病原菌が感染相手の動植物を決めるしくみの解明につながる。
ヒト、動植物に重要な病気を引き起こす昆虫媒介性の病気の多くは特定の昆虫により媒介され、近縁の病原菌であっても他の昆虫に媒介されることはない。従って、その予防には昆虫に媒介される段階でくい止めるのが最も効果的とされる。しかし、マラリアや※7トリパノソーマ病、※8ライム病、※9発疹チフス病、※10ペストなど、蚊やハエ、ダニ、シラミやノミなどの節足動物により媒介されるヒトの病気の研究はヒトへの感染メカニズムや治療薬に研究が集中し、媒介昆虫の研究は遅れている。地球温暖化により、温帯の多くの地域で脅威が増しつつあり、今回の成果はこれらの対策に貢献するものと期待される。(ダニは昆虫ではないので、昆虫とまとめて「節足動物」とすべきであるが、本資料では便宜上「昆虫」と総称している。)