東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2009/3/23

植物病原細菌から発見された植物のかたちを変える低分子ペプチド「TENGU」

発表者: 難波 成任(東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表概要

植物は病原体の感染により様々な病徴を引き起こすが、動植物を通じて知られているプログラム細胞死による病徴以外に、病原性因子は分かっていなかった。今回我々は、植物に「天狗巣病」(注1)を引き起こす全く新規の病原性因子を発見し、これを「TENGU(tengu-su inducer)」と名づけた。この因子は38個のアミノ酸からなる低分子ペプチドで、植物病原細菌の一種「ファイトプラズマ」(注2)の分泌タンパク質のなかから発見された。植物のかたちを決める因子としては、これまで植物ホルモンが知られていたが、病原体由来の因子としては「TENGU」が世界で初めての発見である。

発表内容

背景
 植物病原体は、植物に感染して、その各器官に多様な病徴を引き起こし、農作物の収量や品質に大きな影響を及ぼします。従って、病徴発現メカニズムを解明することは、農学における最重要テーマの一つとなっています。しかし、病徴の大半を占める「植物のかたち」の変化を引き起こす病原性因子は、植物ホルモンの分泌による例以外にはこれまで分かっておらず、単に病原体の感染により養分が収奪され、植物の形態分化・形態形成の経路が撹乱されるためであろうと考えられていました。

成果
 我々は、植物病原細菌「ファイトプラズマ」を用いて、「植物のかたち」を変化させる病気の病原性因子を探索しました。その結果、ファイトプラズマゲノム(注3)にコードされる分泌タンパク質の中から、「天狗巣症状 (萎縮及び叢生症状) 」(図1)を誘導する病原性因子を発見し「TENGU」と名づけました。興味深いことに、「TENGU」はわずか38アミノ酸からなる低分子ペプチドでした。
 「TENGU」遺伝子を植物体内で発現させたところ、萎縮や叢生を伴う典型的な「天狗巣症状」が現れ、ファイトプラズマの感染による病徴と一致しました(図2,3)。ファイトプラズマは篩部から出ることが出来ない病原体です。ところが、ファイトプラズマ感染植物組織における「TENGU」の動きを調べたところ、驚いたことに、植物の茎頂分裂組織(成長点)や側芽の分枝領域の細胞にまで移行していることが分かりました(図4)。
 また、シロイヌナズナを用いて、「TENGU」遺伝子をゲノムに導入した形質転換植物を作出したところ、ファイトプラズマの感染により現れる萎縮や叢生症状がやはり認められました(図3)。そこで、このシロイヌナズナの遺伝子発現をマイクロアレイを用いて解析したところ、オーキシン(注4)応答遺伝子群の発現が顕著に低下していました。オーキシンは、枝分かれを抑制するほか、植物の背丈を伸長させる作用を持った植物ホルモンです。これらの結果は、「TENGU」がファイトプラズマから分泌された後、周囲の細胞へと移行し、オーキシン関連経路を抑制して、植物のかたちに影響を与え、「天狗巣症状」を引き起こすことを示すものです。
 これまで、ファイトプラズマ以外にも植物に萎縮や叢生症状を引き起こす病原体は知られています。しかし、いずれも、枝分かれを促進したり、植物の背丈の伸長を抑制する機能を持った植物ホルモンそのものを分泌するものでした。しかし、植物の茎や枝の叢生・萎縮症状、黄化を植物に引き起こす病徴誘導因子が特定された例は無く、それらの病徴に誘導因子が存在するかどうかも分かっていませんでした。
 今回の発見は、植物に萎縮や叢生症状を引き起こしている原因が、植物に存在するホルモンではなく、病原体由来の単一タンパク質であり、これまで知られているいかなるタンパク質とも異なる低分子ペプチドからなる新規な因子である点にあります。

本研究の意義・考えられる波及効果
 ファイトプラズマには特効薬が無く、防除や予防はとりわけ困難です。本研究により、萎縮・叢生症状を引き起こす原因遺伝子が分かったので、この「TENGU」の働きを抑える新規薬剤や、「TENGU」の受容体のほか、その後の天狗巣病発現に至る経路を阻害する薬剤の探索により、治療・予防が可能となります。
 また、「TENGU」は低分子ペプチドであることから、植物体の一部で発現すれば、全身に移行し、その機能を発現することが可能となります。従って、利用する部分には遺伝子組換え技術を導入する必要がないので、農業生産やバイオマス資源生産における栄養繁殖の困難な木本植物等の種苗の大量増殖を目的とした植物生長調整剤(注5)としての実用化が期待されます。

添付資料

別紙資料(PDF)

発表雑誌

米国科学アカデミー紀要
(Proceedings of the National Academy of Sciences , USA )

注意事項

特に無し

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻
植物病理学研究室
 教授 難波成任
 Tel:03-5841-5053
 Fax:03-5841-5054
 E-mail: anamba@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1) 天狗巣症状
 植物病の中には、枝の一部から多数の小枝が発生し、ほうき状になる興味深い症状を示すものがある。この叢生および萎縮症状を示す植物は天狗が巣を作ったように見えることから、日本においては古来より「天狗巣症状」と呼ばれ、その奇妙な形態に長年興味が持たれてきた。また、「天狗巣症状」は植物の劇的な形態変化を伴うことから、その病徴誘導メカニズムの解明は、植物形態学、病理学、生理学の観点において重要である。

(注2) ファイトプラズマ
 植物の篩部に寄生し、病気を引き起こす病原細菌。ヨコバイ等の昆虫により植物から植物へと媒介される。感染した植物は黄化、萎縮、叢生症状、天狗巣症状を呈するほか、花が葉化・緑化したりするなど、特徴的な病徴を引き起こす。日常、我々の身近に頻繁に見られる病気であり、このような特徴的な病徴から、アジサイなどのように、緑色の花が咲くことから商品価値を認められ、品種登録されていた例もある。またポインセチアは、クリスマスシーズンになると欠かせないが、最近好まれる小さなポット植えの場所を取らないタイプ(枝分れが豊富で、矮性化するタイプ)がファイトプラズマの天狗巣症状によるものであることはあまり知られていない。
  黄化:養分欠乏のような葉の黄化症状
  萎縮:茎や葉の生長が害され、著しく萎縮・矮性となる症状
  叢生:側枝が異常に出現する症状
  天狗巣:側芽が異常に発達し、小枝が密生する症状
  花の葉化:花弁やがく・雌しべ・雄しべが葉に置き換わってしまうこと
  花の緑化:花弁などが緑色を帯びること

(注3) ファイトプラズマゲノム
  2004年に、ファイトプラズマ(Phytoplasma asteris;OY−M株)の全ゲノム約860kbpが決定された(Oshima et al., Nature Genet., 36, 2004)。その結果、ファイトプラズマは代謝系遺伝子を多数失っており、多くの物質を宿主に依存しているものと考えられた。特に、核酸の生合成に必須な「ペントースリン酸経路」や、生命にこれまで必須とされていたエネルギー供給システム「ATP合成酵素」の構成遺伝子が認められなかった。これは生物では初めての例であり、ファイトプラズマは究極の退行的進化を遂げた生物であることが明らかとなった。ファイトプラズマは細胞内寄生という特殊な環境に適応したため、多くの代謝系遺伝子を退化により失ったと考えられている。

(注4) オーキシン
  オーキシンは,植物の成長(伸長成長)を促す作用を持つ植物ホルモンの総称であり,例えば植物の枝分かれの抑制作用や草丈の伸長促進作用を持つインドール-3-酢酸(IAA)が知られている。

(注5) 植物成長調整剤
  植物の成長を促進(または抑制)、着果や発芽、発根促進などの成長調整作用のある薬剤をいう。植調と略したり、植物成長調整剤や植物生育調整剤ということもある。植物成長調整剤は、その性質上、植物ホルモン活性をもつ化合物群、または植物ホルモンに拮抗するような活性を持つ化合物群が多い。

 

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