東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2009/7/27

国内に発生した侵入警戒植物ウイルス「プラムポックスウイルス」
に対する高感度・迅速簡易診断キットの開発

発表者: 難波成任(東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表概要

東京大学 植物病院®は、本年3月、我が国への侵入が特に警戒されていた植物ウイルス「プラムポックスウイルス」[plum pox virus (PPV)](注1)をウメから検出しました。この病気のまん延(パンデミック)を効果的に防止するためには、早急に全国調査により発生範囲を特定し、封じ込めを行うことが重要で、そのためには、安価かつ迅速で信頼性の高い検出法が必要でした。しかし、最も利便性の高い抗体を利用したイムノクロマト法(注2)による検出キットは、今回国内に発生した系統とは異なる海外のPPV系統に対して作製された輸入品しかなく、しかも高価でした。また、高感度で精度が高いのは遺伝子による検出キットですが、実用化されていませんでした。東京大学 植物病院®では、植物病の診断技術開発を研究目的の一つとしており、PPVの発見を受け直ちに開発に取り組んだ結果、このたび抗体を利用したイムノクロマト法、ならびに、遺伝子を利用したLAMP法(注3)を原理とする2種類のPPVの検出キットの開発に成功いたしました。これら2種類のPPV検出キットからなる診断セットの完成により、信頼性の高いPPVの検出・診断が可能となりました。

発表内容

1 背景
 このたび青梅市のウメから検出されたPPVは、海外においてPrunus 属(サクラ属)の果樹生産に甚大な被害を与えており、ウメにおける自然感染の例は、世界で初めてです。PPVは、これまで我が国では発生の報告がありませんでしたが、農林水産省の「特定重要病害虫検疫要綱」において、我が国への侵入を特に警戒している植物ウイルスの一つです。農林水産省、東京都、東京大学 植物病院®は、現在、PPVの全国における発生状況の調査を開始しております。また、農水省の委託を受け、さらに独立行政法人果樹研究所、法政大学も加わり、間もなく開始予定の「緊急対応型調査研究」において、PPVの防除と封じ込めに向け、PPVの発生様態等を解明する計画です。
 PPVはPotyvirus 属の植物ウイルスで、RNAをゲノムに持った紐状のウイルスです。モモ、ネクタリン、プルーン、スモモ、アンズ、サクランボなどのサクラ属の植物に広く感染し、海外において甚大な被害を与えている重要なウイルスです。1915年にブルガリアにおいて最初に発見され、その後、欧州全域に分布が拡大し、近年では、アジアの一部、北米、南米などでも発生が確認され、世界的に流行している「パンデミック」なウイルスです。サクラ属の果樹では、感染により果実の早期落果や奇形が起こる事例が知られています。

2 成果
 この病気のまん延を効果的に防止するためには、早急に発生範囲を特定して封じ込めを行うことが重要であり、そのためには迅速かつ安価で信頼性の高い検出法の開発が不可欠です。これらの条件を満たす市販の検出キットは抗体を利用したイムノクロマト法によるものですが、使用されている抗体はW系統に対するもので、今回我が国で発見された、最も広く海外で発生しているD系統(注4)とは異なります。また、遺伝子による検出キットはまだ実用化されていません。東京大学 植物病院®はPPV発見後、直ちに我が国に発生するPPVを特異的に検出する方法の開発に着手しました。その結果、抗体を利用したイムノクロマト法、ならびに、遺伝子を利用したLAMP法を原理とするD系統に対する2種類のPPV検出キットの開発に成功しました。従って、今回開発したPPV検出キットは、我が国で発見されたPPVに最適化された検出キットと言えます。

3 本研究の意義・考えられる波及効果
 これら2種類のPPV検出キットにより、信頼性の高いPPVの検出・診断が我が国においても可能となることが期待されます。また、本キットは世界的に発生しているD系統の検出に最適化されており、今後海外においてもニーズが高まるものと予想されます。通常、生産現場においてウイルスに感染しているものと判断するには、抗体と遺伝子の両者による検定によって陽性であることが求められます。PPVについては、パンデミックなウイルスであるにもかかわらず、これまで抗体・遺伝子による検出キットが揃っておりませんでした。このたび世界で初めて両手法による高感度・迅速・簡易な検出キットが開発されたことにより、研究現場のみならず、生産現場において厳密な判断を必要とされる際に、非常に役立つものと期待されます。

4 キットの内容
(1)イムノクロマト法によるPPV検出キットについて
 今回我が国で発見されたPPVの全ゲノム解読を行いました。その情報から、遺伝子組換えにより高純度のPPVタンパク質を合成し、これに対する特異的な抗体を作出しました。そして、この抗体を利用したイムノクロマト法によるPPV検出キットの開発に成功しました。イムノクロマト法は、操作が簡便で、判定も目視で行うため、特殊な機器を必要としません。また、結果判定までに必要な時間も5〜15分程度と短く、栽培現場ですぐに結果が得られることから、スクリーニング検査に最も適した方法の一つです。このキットを用いれば、PPVに感染したウメの葉や枝から高感度かつ特異的にウイルスを検出できます。また、凍結保存した葉・枝・花などからも、従来のキットよりもより高感度で検出することが可能です。
(2)LAMP法によるPPV検出キットについて
 我が国で検出されたPPVの全ゲノム配列情報を基にLAMPプライマーを開発し、PPVの遺伝子診断キットの開発に成功いたしました。このキットは、複雑な検体処理が全く必要なく、PPVに感染しているかどうか調べたい葉・花・果実などを爪楊枝で突いたのち、反応液に入れるという極めて単純な作業で検体処理作業が終了し、反応を開始できます。このため、多サンプル処理が必要な場合には、有効な検査手段となります。また、LAMP法は、一定温度でDNA増幅反応が進行する画期的な技術で、特異性やDNA増幅効率が高いのが特徴です。RT-PCR法を利用した従来の技術では、1時間以上要していたのにくらべ、30分程度で検出が可能です。

添付資料

別紙資料(PDF)

問い合わせ先

東京大学 植物病院®
東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物病理学研究室
 教授 難波成任
 Tel:03-5841-5053
 Fax:03-5841-5054
 E-mail: anamba@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)PPV
 PPVは、これまで我が国では発生の報告がなく、農林水産省の「特定重要病害虫検疫要綱」において、同省が輸入植物を介した我が国への侵入を特に警戒している植物ウイルスの一つとなっている。農林水産省、東京都、東京大学 植物病院®は、本年3月、青梅市のウメより本ウイルスを検出し、4月8日にこの事実について発表するとともに、PPVの青梅市における発生範囲の特定と、全国における発生状況調査を開始した。農水省の委託を受け、独立行政法人果樹研究所、東京都、東京大学 植物病院®、法政大学が中心となり、間もなく開始予定の「緊急対応型調査研究」においても、PPVの防除と封じ込めに向けPPVの発生様態等を解明する計画である。
 PPVはPotyvirus 属の植物ウイルスで、RNAをゲノムに持つ紐状のウイルスである。モモ、スモモ、アンズなどのサクラ属の植物に広く感染し、海外において甚大な被害を与えている。1915年にブルガリアにおいて最初に発見された後、欧州全域に分布を拡大し、近年ではアジアの一部、北米、南米などでも発生が確認されている。サクラ属の果樹では、感染により果実の早期落果や奇形が起こる事例が知られている。なお、PPV のウメにおける自然感染の例は、これが世界で初めてである。
 PPVは果樹を枯死させることはないが、感染後、年月の経過とともに、果実の収量および品質の低下をもたらすことが知られている。ヨーロッパでは、感受性品種において80〜100%の損失が出るとされている。このウイルスの正式和名はまだ決定されていないため、ここでは正式英名である「PPV」の音訳である「プラムポックスウイルス」を用いた。

(注2)イムノクロマト法
 抗原抗体反応を利用した、特異的で扱いやすく迅速な検出方法。短冊状のテストストリップの一端を植物の粗汁液に浸すことにより、5〜15分程度で目視判定できるため、従来のELISA法などに比べはるかに有利である。また、経験や高価な機器を必要としないため、誰でも扱えるという利点がある。従って、栽培現場での使用に最適な手法のひとつである。インフルエンザウイルスや大腸菌O157などの病原体検出にも利用されるほか、妊娠検査やアレルゲン検出等にも広く用いられている信頼性の高い手法である。

(注3)LAMP法(Loop-mediated isothermal AMPlification)
 定温遺伝子増幅法の一つ。遺伝子を増幅させる際にPCR法のように反応液の温度を何度も繰り返して昇降させる必要がなく、一定温度で反応を行うことでDNAを増幅する方法である。そのため、サーマルサイクラーのような高価な機器を必要とせず、現場等での使用に適している。

(注4)D系統
 PPVの一系統。PPVにはこれまで分子系統学的に7系統あることが知られており、今回我が国で検出されたD系統は、世界的に発生が拡大している系統である。

 

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