東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2009/7/1

 カビの高精度全ゲノムワイドヌクレオソームマップを作製

発表者: 西田洋巳(アグリバイオインフォマティクス教育研究ユニット 特任准教授)

発表概要

次世代シークエンサーを用いて糸状子嚢菌Aspergillus fumigatus(Genome size: 29,384,958 bp)の単一および単二ヌクレオソームDNA(用語説明参照)の塩基配列を決定し、それらをゲノムにマップしました。その結果、5,975,567(単一)および6,995,122(単二)のヌクレオソームの位置を1塩基単位の精度をもって決定しました。それらの長さの分布を調べたところ、単一ヌクレオソームでは135および150塩基長の2つのピーク、単二では285塩基長の1つのピークがありました(図1)。単一ヌクレオソームDNAの長さの違いと遺伝子発現レベルとの関係を知る目的で、遺伝子発現解析を行い、高発現遺伝子群と低発現遺伝子群に分け、それらのプロモータ領域およびボディ領域(用語説明参照)におけるヌクレオソームの分布を比較しました。その結果、高発現遺伝子群プロモータ領域における分布だけが他の3つと異なり、そこでは150塩基長のピークが消失し、135塩基のピークのみになっていました。このことから、Micrococcal Nuclease処理(用語説明参照)後により長いDNAが巻き付いている単一ヌクレオソームの遺伝子プロモータにおける存在は遺伝子の高発現に対して抑制的に働いていると考えられます。

発表内容

Aspergillus fumigatusはアスペルギルス症の原因菌として知られており、多くの二次代謝産物を生産します。近年、ヒストン修飾を介したクロマチン構造の変化による二次代謝産物の生産調節の制御機構の存在が明らかにされつつあります。本研究では、次世代シークエンサーを用いてクロマチン構造解析の基盤となるヌクレオソームマップの作製を行いました。

まず、A. fumigatusクロマチンに対し、MNase処理を行い、その後、DNA断片をアガロースゲル電気泳動により分離し、単一、単二ヌクレオソーム由来のDNAを切り出しました。次にそれらのDNA断片をIllimina Genome Analyzerを用いて、両末端36塩基を決定し、それら塩基配列ペアをゲノムにマップしました。その際、切り出した長さを考慮し、単一ヌクレオソームDNA断片では236塩基以上、単二では436塩基以上の長さでマップされたものは除き、全く同一の位置にマップされたものは1つとしてカウントしました。

その結果、単一ヌクレオソーム5,975,567および単二ヌクレオソーム6,995,122の異なる位置を決定いたしました。これは、単一ヌクレオソームを平均4.9塩基密度、単二ヌクレオソームを平均4.2塩基密度でマップしたことになります。それらの長さの分布を調べたところ、単一ヌクレオソームでは135および150塩基長の2つのピーク、単二では285塩基長の1つのピークがありました(図1)。

次に、単一ヌクレオソームにおける2つのピークの違いを調べるため、A. fumigatusの全遺伝子発現(9,887遺伝子)を検出できるマイクロアレイを作製、それを用いて遺伝子発現レベルを評価しました。そのデータに基づき、リボソームRNAを除く遺伝子の中で、最も高発現であったものから50遺伝子、最も低発現であったものから50遺伝子を選び、それぞれを高発現遺伝子群、低発現遺伝子群としました。

これらの遺伝子領域をプロモータ領域、ボディ領域に分け、ヌクレオソームマップからのヌクレオソームDNA長の分布を調べました。その結果、高発現遺伝子群ボディ領域、低発現遺伝子群プロモータおよびボディ領域における単一ヌクレオソームの長さの分布には違いがなく、2つのピーク(135および150塩基長)を持ちましたが、高発現遺伝子群プロモータ領域においては150塩基長のピークが欠落し、134塩基長のピークのみとなっていました。

また、個々の遺伝子領域のヌクレオソームマップにおいて、150塩基長のヌクレオソームが高発現遺伝子プロモータで少ないことを確認しました(発表論文サプリメント参照)。このことは、MNase処理後により長いDNAが巻きついているヌクレオソームは遺伝子プロモータ領域において、遺伝子の高発現に対して抑制的に働いていることを示唆し、今後、ヒストンの修飾やバリアントの分布との関連を解析することにより、その機能の詳細がわかると考えています。

添付資料


図1

発表雑誌

Genome-wide maps of mono- and di-nucleosomes of Aspergillus fumigatus.
Bioinformatics, [Advance Access, doi:10.1093/bioinformatics/btp413], 1 July, 2009.
H. Nishida, T. Motoyama, S. Yamamoto, H. Aburatani, and H. Osada

注意事項

本研究は理化学研究所の長田裕之・主任研究員と本山高幸・専任研究員、本学先端科学技術研究センターの油谷浩幸・教授と山本尚吾・特任研究員との共同研究として行いました。

問い合わせ先

西田洋巳(農学生命科学研究科アグリバイオインフォマティクス教育研究ユニット,微生物インフォマティクス・フォーラム,E-mail: hnishida@iu.a.u-tokyo.ac.jp

用語解説

ヌクレオソーム:真核細胞生物のゲノムDNAはヒストンタンパク質8量体に2周弱巻きつきコンパクトに折りたたまれた構造(クロマチン構造)をとっています。その最小単位であるヒストン8量体とそれに巻きついたDNAの複合体をヌクレオソームといいます。

遺伝子プロモータとボディ領域:Aspergillus fumigatusの転写開始点については大半が不明のままです。ただ、ヒトなどと異なり、転写開始点から翻訳開始までの長さは短いため、本解析では翻訳開始より上流1000塩基を遺伝子プロモータ領域、翻訳開始から終結までを遺伝子ボディ領域として扱いました。

Micrococcal Nuclease (MNase):DNA切断酵素の一つであり、ヌクレオソームDNA(ヌクレオソームに巻き付いている状態のDNA)は切断できず、ヌクレオソーム間のリンカーDNAを切断します。その結果、アガロースゲル電気泳動を行うと、ヌクレオソームDNA単位のラダーバンドが現れます。

 

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